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リアルダンジョンには、カネも名誉も何もねえ!
Xnos
現代ファンタジー現代ダンジョン
2024年07月20日
公開日
78,402文字
連載中
 世界各国の至る所に「ダンジョン」が発生する現象が始まって数十年、欧米では「ダンジョン」は突如やって来る災厄の象徴でしかなかった。
 ところが世界でただ一国、好きでダンジョンに入って危険に身をさらして遊ぶ狂った国民がいた。そう、それはもちろん日本! 政府も警察も「管轄外だもーん!」と知らんぷりを続ける中、ボランティア団体の「ダンジョン保安管理協力会」(略して「ダンボ」)がダンジョン入出の管理からロスト(ダンジョン内遭難者)の救出を引き受けて、日本のダンジョン文化(?)守っていた。
 そんな中で日本のダンジョン遊びは「冒険」「探検」から営利目的の「配信」「ライブ」が増え始め、当然それに伴って犠牲者の発生も増えまくる事態に……。
 ガラス工芸店の長男である空吹圭太(そらふきけいだ)は、父親がダンジョンへガラス材料を取りに行ったまま行方不明。ダンボの強力で父親の捜索を続けるうちに『モンスターガラス化』スキルを会得する。それで始めたスライム原料ガラスが売れたのは良いけど、ダンボには「ロスト者回収」「ダンジョン清掃」を任されてしまう。
 ある日圭太はロスト者捜索で出会った訳ありな美人「御崎エリカ」をダンジョンに巣くう怪しげな男たちの手から救出してしまう。その男たちはどうやら危険な第13層で何かを行っているらしい。圭太の父が消息を絶ったのも恐らく第13層、そして訳あり美女のエリカも第13層を調べたいと言う。
 何となくエロエロ色仕掛けでパートナーにされてしまったような気がするけど、いろいろ考えたら圭太にはこれしか選択肢はない。目下高校休学彼女なしだけど、美人パートナーと組んで……いや冒険どころじゃなく、俺ガラスの納期迫ってるんだけど。

1話「災厄のダンジョン、日常のダンジョン」

 赤と青のストロボライトを点滅させて、パトロールカーがとある民家の前で停まった。家の前には近所の住民らしい人々が集まっているが、誰も声ひとつ出さないのが不気味であった。

 大柄な警官が二人パトロールカーから下りてくると、住宅の玄関前に詰めかけていた人々が道を空けた。

「家の中に声はかけたのか?」

 警官が誰にともなく声をかけた。

「悲鳴が聞こえたけど、玄関には鍵がかかっていた。返事はなかった」

 誰かが答えた。

警官はグロック22を挿したホルスターに手をかけながら庭にまわり、窓から慎重に中の様子を伺った。

「侵入された形跡はない。中に人間はいない、動く物はない……だが、灯りがないな」

 まだ薄暗い早朝のことで、住人が起きていれば照明を点けるはずだった。

一人が、こん棒にもなるような大型マグライトで家の中を照らした。リビングの中は何もかもがベールのような白い膜で覆われていて、まるで度を超したハロウィーンパーティの飾り付けをやったような有様だった。

突然、窓の内側に黒い巨大な何かが覆い被さった。マグライトの光を反射して、いくつもの眼が赤く光る。二人の警官は呻き声を上げて後じさった。片方はホルスターから銃を抜き出してしまった。

「マイゴッド! ダンジョンだ!」

「みんな! すぐ家に帰れ! 許可があるまでドアを開けるな!」

 集まっていた人々が悲鳴を上げて逃げ出した。

「州兵に来てもらおう。この一角は封鎖だ」

 一人がパトロールカーに走って戻り、無線で方面本部長を呼び出した。

「キャナル6A4よりスタッフ・ツー、緊急連絡! ハイランド通り1243番地、住宅内でダンジョン発生。生存者は不明。周囲を封鎖する、州兵の出動を要請する」

 ドライバーの警官がパトロールカーに戻って来て、シートに座ると大きなため息をついて胸の前で十字を切った。

「あそこは両親と女の子二人、男の子が一人だったはずだ」

 通話を終えてマイクを戻した警官は、悲しそうに顔をしかめて首を振った。

「あれじゃ……ダメだな」

 カーテンの隙間から見えたリビングは、人間が生きていられる光景ではなかった。恐らく全ての部屋がダンジョンに飲まれてしまっただろう。

「これで、二つ目だな……今月に入って」

 ドライバーが帽子を取り、額に浮いた汗を拭いながら言った。薄ら寒いほどの気温であるのに、二人の警官は汗にまみれていた。

 ある日突然、所構わずダンジョンは出現するのだった。道路がいきなり陥没したり、今日のように建物の中に出現することもある。埋めたり爆破すれば、またすぐに別の場所に出現するので手も出せない。付近を封鎖するしかないのだった。

「知ってるか? ニホンじゃわざわざダンジョンに入って行ってモンスターを狩るそうだ」

「何てこった。それじゃ逆じゃないか!」

 アメリカを初めとする多くの国では、ダンジョンから出現するモンスターに怯えているのに。

「モンスターを殺して、ポイント争いをユーチューブで配信までしているらしい」

「……狂ってる」

「ニホンだからな」


 その『狂っている日本』では、今日も一人の少年がダンジョンに向かっていた。


 俺はチェーンがたるんだ自転車をこいで、今日もダンジョンへ向かう。今日も西3丁目公園にある出入り口から、お昼に出てこられる深度まで。

「おはようございまーす」

 入口脇にあるダンボのテント……ああ、ダンボってのは『ダンジョン保安管理協力会』の略だ。そこが出している受付所にいるおっさんに挨拶する。

ダンボはNPO法人で、ダンジョン探検にやってくる人間の出入り記録とかダンジョン内Wi-Fiの管理とかレスキューをボランティアでやっているところ。

 ボランティアではあるけど、テントには『ダンジョン用ポケットWi-Fiレンタル』の幟が立っている。レンタル代千円と保証金5千円で借りられて、その何パーセントかがダンボに入ってくる。まあ、そう言うことだ。

「おはよう空吹くん。昨日ね、一人で入った田口って人が出てきてないんだ。もし見つけたらよろしくね」

 そう言って管理のおっさんは、俺に濃い緑色をした重いゴム引き袋を押しつけた。死体収納袋だ、朝から気が滅入る。これの中身入りをカーゴに乗せたら、肝心の『砂』が入らなくなるのだ。

「これって……高校休学中の、ボランティアでもない未成年のオレにやらせることですか?」

 行方不明者が出るとこうしていつも頼まれるのだが、文句だけは言っておかなくてはならない。本来は自分の仕事なのに、このおっさんは何でもオレに押しつけようとするのだ。

「頼むよー」

 おっさんが手を合わせる。でもオレは仏様じゃない。

「見つけたらですよ、回収やってる余裕があるかどうかも判らないんだから」

 実は、俺はこのおっさんには恩義がある。ダンジョンの歩き方を教えてくれたし、レスキュー作業のことを事務局に交渉してくれて、本来は無償のけが人や死体の回収作業を1件あたり2万円の手当てをつけてくれたのだ。

「その人、目標書いてます?」

 ダンジョンへ入るには住所氏名年齢緊急連絡先と到達目標階層なんかを用紙に書いて、ドックタグを受け取って行かなくてはならない。ドックタグは首から提げる2枚の小さなステンレス板で、2枚に同じ通し番号が打たれている。

 死体が回収できればいいが、原形を留めていなくて回収できない状態だったり回収する余裕がないときはタグを一枚だけ外して持って行く。『ダンジョンスター』ってスマホのアプリでその位置を記録して、後で誰かが回収に来るのだ。

「田口さんはねー」

 おっさんは入構記録用紙を覗きこんだ。

「第15から20まで生配信」

「あれ? 20層って、回線繋がったんですか?」

「先週工事ドローンでアンテナ運んで行って、25まで設置したって」

「そんなサービスするから、バカが配信やりに入って死ぬんじゃないですか」

「通信会社が商売でやってることだからねー、ウチらは何も言えないよ」

 俺も一応入構記録用紙に名前なんかを書き込む、おっさんの手元にある記入済みの用紙に目が留まった。

「もう入ってる人いるんだ」

「ああ……何だか国土交通省から来た人たちが、視察したいって入った。ガイド無しで大丈夫かって聞いたんだけど、詳しい人がいるからなんて言ってたけどねぇ……」

 ダンジョンの中に詳しいガイド役は、ダンボに登録しておいて紹介してもらう。潜る深度によって一日5万とか高いと10万。その何パーセントかは、ガイドからダンボに手数料として支払われる。まあ……すべてカネなのだ。

 俺はため息をついてドックタグを受け取り、でかいキャンプ用カーゴに嫌な袋を乗せてダンジョンの入口に向かう。15層から先に行かなければいいだけのことだ。

 みんなにダンジョンの掃除屋と言われているけど、オレの本職はガラス職人だ。ダンジョンに出現するモンスターを砂に変えて、ガラスの工芸品を作るのが本来の仕事なのだ。

 ダンジョンに入ると、俺はLEDのヘッドランプで天井を照らしながら歩く。通信と電気のケーブルに、時々スライムがまとわりつくことがあるのだ。保護カバーの隙間から中に入るとやっかいなので、見つけたら必ず取り除いておく。

 黒っぽいケーブルカバーの一部分がてらてら光っているのがスライムで、俺はそいつをハンマーで「ちょん」と軽くたたく。スライムがびっくりしたように縮んで、叩いたところから細かいヒビが走る。俺のスキル『ガラス化』だ。

 そうやってスライムの全体をガラスに変えたら、真下の地面にビニールのシートを敷いておく。それからスライムの真ん中あたりを一発、強く叩く。『パン』と音がして、ガラスの塊になったスライムが粉々になって地面に降り注ぐ。

「なんだ、少ねーな……」

 もう半分ほど保護管の中に入っていたのかも知れない。そっちは俺じゃどうにもできない。俺はスライム砂をでかいクラフト袋に納めて、カーゴに放り込んで先へ進む。

 二匹目のスライムを砂に変えて掃き集めていると、何か声が聞こえた。洞窟の中に反響するほど不用心な声を出してやってくるのは、たぶんダンジョン配信だ。

「おい掃除屋、邪魔だ。どけどけ」

 バイク用のプロテクターにヘルメット、迷彩のカーゴパンツ。斧や木刀を手にした三人組だった。斧を持ち歩くのは軽犯罪だけど、手斧程度なら鞄に隠すことはできるだろう。

「お前、こんなとこ掃除してないでさ。もっと奧行けよ。死体ゴロゴロしてるぜ」

 プロテクターの背中には『The Immortal Three』(不死身の3人)とマジックか何かで書いてあった。20だか30あるダンジョン配信グループのひとつだ。最初の頃は一人で入って配信をやっていた奴も多かったけど、危ないのでほとんどがグループになった。

 何しろゲームの世界じゃ必殺の武器や魔法や回復ポーションがあるけれど、リアルのダンジョンにはそんな都合のいいものはない。あるのは「〇〇は禁止」「〇〇はするな」の規制ばかりだ。単独で入って行って無双できると考える方がおかしいのだ。

「すみませーん」

 今度は2人組が俺の横を通って奧へ向かう。不死身の3人組に比べると呆れるほどの軽装備だ、自転車用のヘルメットだけでプロテクターはない。武器らしい物も持っていない。ダンジョンを心霊スポットのように探検する配信だろう。

 人気のある配信は同時に何万人も視ているらしいけど、そいつらが本当に見たいのは配信者の活躍じゃなくて、配信者が『喰われる』シーンだ。手に負えないモンスターに出くわして、絶叫とともに配信が途切れるところを見たいのだ。

「俺の仕事、増やすなよ」

 ダンジョンの奥へ消えていく名前も知らない配信者の背中に、俺はそう声をかけた。イヤホンを付けているからどうせ聞こえない。


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