大学生でいた時間は、想像以上に短かったように思える。今日で小学校教師になって2年目になるのだが、やることは多いし毎日が驚きと喜びの連続で、この仕事に飽きることはないんだろうなぁと、なんとなくそう思っている。大学に附属している小学校に勤めることになったので、凛とのルームシェアは結局まだ解消していない。そのほうが楽というのも正直などころではある。1人で全部やろうとなるとなかなか大変なことが多いのだが、2人で暮らしていればいくら相手が忙しいと言っても支え合える。特に凛は、私より何倍も忙しいはずなのに家事も必ず半分はしてくれるのだから、こんな人と付き合えたらいいなと、もう考えないようにしていたことを思ったりもした。
なんとなく彼氏を作ってみれば凛のことを忘れられるかもしれないと思って、大学4年生の時に告白された相手にOKをしたことがあったが、正直言って最悪な経験だった。男の人とそこまで絡んだことがなかったので、当時の私はどんな人が普通の男なのか全く分からなかったのだ。そうして付き合って初めて迎えたデートの日、それなりにオシャレをして行ったのに彼は全く気づくことなくそのままホテルに直行した。凛ならたくさん褒めてくれるのに、なんてすこしむしゃくしゃした気持ちで彼の後を何も考えずについて行ったのだが、そこで無理やりやられそうになって、でもどうしてもできなくて彼から逃げるように帰ったのは、今でも嫌な夢に見るくらいには引きずっている。顔がいいだけでやれなかったと噂されてるのを海がこっそり教えてくれて、すぐに私は彼を振った。友達みんなが私を心配して連れ出してくれたり、話をしてくれたのだが、わたしは大丈夫だよ。そんな、大したことじゃないからといって誤魔化した。結衣も突然のことに心配して、わざわざ家まで来てくれたりしたのだが、実際そこまで傷は深くなかった。私だって彼のことが好きだったわけじゃないし、付き合おうと言われたから付き合ったにすぎない。経験だと思えばその程度のことだった。ただあの夜から、男の人のことが途端に気持ちが悪くなって仕方なかった。それからは無理やり誰かと付き合おうとするのは辞めた。
そうして順調に大学生活を終えて、必死に勉強して、ようやく小学校の先生になることができたのだった。
たまに実家に帰ると、お父さんは「彼氏はできたのか?」と聞いてくる。わたしはううんと首を横に振ってそうするとお父さんは少し寂しそうに「そうかそうか」と頷く。お父さんの気持ちはよく分かる。それなりに大切に育てられてきたという自負はあるし、わたしに早く幸せになってほしいのだろう。
本当にどこまでも愛されてるな、と思う。愛されすぎているな、とも思う。
もうそろそろ、結婚を考える時期だというのはわかっている。いつまでも凛とルームシェアを続けて、死ぬまで2人で暮らすことなんて、絶対に無理だとわかっている。でも、どこで辞めればいいのか分からない。どうやって辞めればいいのかも、何も分からないのだ。
そんなある日、実家にちょっとした用事があって週末に久しぶりに実家を訪れた。珍しくお父さんもお母さんも昼間なのに家にいて、わたし達は一緒にご飯を食べた。午後は久しぶりの家族揃っての休日をのんびりと過ごしていたのが、そんな時にお父さんが「侑希、お見合いの話があってな」とつぶやいた。えっ、と驚いてお父さんの方を見ると、お父さんは申し訳なさそうに言った。「いや、侑希が嫌だというのなら全然いいのだが。もしかして出会いがないのかと思って。そんな時にちょうど友達の知り合いに持ちかけられたから、侑希に黙って断るのもなんだかな、と思ったんだ」頭をかきながらそういったお父さんのの顔を見て、続いてわたしはお母さんの顔を見た。お母さんは「もし侑希がよかったら、って話よ。嫌だったら全然断ればいいんだから」と言って、わたしの背中をさすった。なんとなくその時、会ってみてもいいかもしれないなと思った。別に今誰かと付き合ってるわけじゃないし、好きな人は一生わたしの手に入らない。それなら少しくらい、好き勝手してもいいのかもしれない。もしかしたら、運命の相手に出会えるのかもしれないし。
そうやって適当に自分の中で言い訳を考えて、私はお父さんの言葉に「じゃあ、会ってみようかしら」と返した。お父さんもお母さんも、まさか本当にオッケーされると思っていなかったのか驚いていて、それから嬉しそうに「よかった」とつぶやいた。2人とも本当に、とんだ親バカだ。