その夜私は、隣のベッドに眠る彼女の寝息が聞こえ始めたのを確認してからそっとベッドを出た。夏の夜だったので外は寒くないから少し散歩をしようと思ったのだが、起きて心配した侑希が追いかけていつだかの冬みたいになっては困ると、ベランダにしておいた。キッチンに向かい冷蔵庫から取り出したお茶をカップに注いで持つと、できるだけ音を立てないようにベランダの扉を開けて外に出た。部屋の中はクーラーを効かせていたのでいい感じに涼しかったが、外も案外涼しくて、これならクーラーをつけずに窓を開けて寝てもよかったかなと思った。
月がぼんやりと光っていて、遠くがはっきり見えるくらい明るい夜だった。夏の夜はみじかい。夜明けまでそんなに時間がないのだろう。ベランダの欄干に腕を置いて、わたしはコップに注いだお茶に口をつけた。冷たいお茶が口の中から喉を通るのが気持ちよかった。最近は台風が近づいていて雨が降ってジトジトしていたのだが、今日は面白いくらいに気持ちのいい夜だった。こんな夜に空に輝く星を侑希と見られたらいいのだけど、ぐっすり眠ってる侑希を起こす気にもなれなかったので、わたしは1人でぼーっと空に満遍なく広がる星空を眺めていた。
小さい頃から星が好きだった。幼稚園で友達がお父さんの話をよくしていて、自分にはお父さんがいないと気がついたのはその時だった。寂しさや悲しさはなかったが、どうして自分にはいないのかと、お母さんに問い詰めて困らせたことは一度や二度ではない。
そうやってわがままを言ってごねるわたしを、お母さんは決まって抱きしめるとそのまま抱っこしてベランダに出てくれた。弟や妹が生まれるずっと前、まだお母さんと2人きりだった頃の話だ。
ベランダに出るとお母さんは星の方にわたしを抱き上げて掲げてくれた。そして、「お父さんはね、星になったんだよ」と言った。当時は意味が分からなくて、わたしもみんなと同じようにお父さんが欲しくて、「やだ!お父さんがいい!」と暴れていたのだが、お母さんはそんな私をぎゅっと胸に抱きしめると、「ごめんね」と寂しそうにつぶやいていた。そんなことが何度かあった。
いつのまにか私は大きくなり、自分のお父さんはずっと前に亡くなっていることを知った。仏壇に飾られている男の人がお父さんの顔だと知ったのは、それほど大きくなってない頃だったと思う。お母さんは、お父さんの多くを語ることはなかったが、私はどうしてか星空が好きになった。嫌なことがあると、弟や妹、お母さんが寝静まったのを確認してベランダに出た。そうやって出た日には、夜空の星は決まってキラキラと輝いていて、もしかしたらお父さんが見てくれてるのかもしれないな、なんて勝手に考えては1人で笑った。そんなこと、あるはずないのに、と。
侑希を好きになったと気づいた日の夜も、私は外に出た。一日中心臓がバクバクして、でも、星空を見ると気持ちが落ち着いて、あぁ、私はやっぱりあの子が好きなんだと、そう思ったのをよく覚えている。
今も同じ気持ちだ。私はやっぱりどこまでいっても侑希のことが好きで、離したくなくて。でも、アイドルでいたい。欲張りな気持ちをそっと自分の中に吐き出して、私はふぅっとため息をついた。もしお父さんがいたら、私にどんな言葉をかけてくれるんだろうか。想像もつかないが、きっと今、空いっぱいに広がる星に背中を押してもらっているというのは間違いないんだろう。