あの日気まずくなると思われた侑希との関係は思っていた以上に今まで通りで、ルームシェアの解消を言い渡されると考えていたわたしは正直面食らっていた。しかし侑希は私のグッズを捨てて、ファンを辞めたみたいだった。隠すように紙袋の中に入れられてビニール袋に包まれた自分のグッズを見た時には流石に心が痛んだけど、自分がしたことを考えるとこの程度で済んでよかったと考えるべきなのかもしれない。仕事は相変わらず忙しくて、企業とのコラボや案件など、あらゆる仕事が増えていった。私たちのグループは国民的アイドルと呼ばれてもいいくらいの立ち位置まで来ていた。わずか数年でここまで人気になりそして、その勢いは止まること知らないようだった。私も毎日ダンスと歌のレッスンをこなした。辛かったし体力的にしんどいこともたくさんあったが、それでも仲間と支え合ってここまで来たのだった。
侑希が新しいベッドを買おうとなんとなく言ってきた時、いつからそう言われる日が来るんだろうなと思っていたから、わたしは特に反論することなく彼女の言葉に頷いた。本当はすごく寂しかった。侑希に自然に触れられるのはその夜の時間だけだったから。彼女が眠たそうにしてる時におでこの前髪を退けてやったり、寝相が悪くいときにはずれた布団を直してやったり。そういう時間が減ってしまうのだと思うと、胸がギュッとなった。でもどれも、しょうがないことだった。侑希とわたしは恋人じゃない。付き合ってもないし、そんなことは許されていないのだ。
わたしは侑希が新しいベッドを買う前に、自分で購入した。これ以上彼女の負担を増やすのは申し訳なく思ったからだった。
そうして季節はどんどん過ぎていき、侑希は家で勉強する時間が増えていった。大学では卒業のために必要なテストが何個かあるらしく、私が帰ってきてからもずっと勉強していた。一緒にご飯を食べることはほとんどなくなり、それでも侑希からの手作りのご飯が途絶えたことは一度もなかった。「忙しいんだから、買ってくるよ」と提案しても「楽しいからいいの」と返されてしまう。そう言われると私も返す言葉がなくて、いつも健康に考えられて作られた侑希の手料理を1人でもぐもぐと食べた。
そして侑希は、もうすぐ卒業を迎える時期が迫ってきていた。
侑希が4年生になった夏のある日、彼女は珍しく「今日はちょっと予定があるから遅くなるわ」と、それだけ言って家をでていった。友達と遊ぶ時はこっちが聞かなくても誰とどこに遊びに行くか教えてくれたのに、今回はなかったから私はなんとなく相手が気になっていた。でも、聞く資格もないから「気をつけてね」とだけ言って彼女を送り出した。
送り出した時の彼女の格好は明らかに気合が入っていて、わたしは嫌な予感がしていた。最近はスマホを見ている時間が増えていたようだったし、なんとなく色気付いている気がしたからだ。それでも侑希が自分から教えてくれるのを待とうと思っていた。わたしから聞くのも、なんだか気持ち悪いと思ったからだ。
その夜、結局侑希は帰ってこなかった。心配になってLINEを送ろうと思ったけど、結局最後まで送信ボタンは押せないまま、私はレッスンの疲れで寝落ちてしまったのだ。そして次の日のお昼前、私が味のしないコーンフレークに牛乳と切ったバナナを入れて口に運んでいると、がちゃっととびらの開く音が聞こえた。私はすぐさま玄関に向かうと、そこに経っていたのは昨日よりもやつれた侑希の姿だった。
察しの悪い人でも何があったかは分かるだろう。何があったかは聞かないまま、わたしは彼女にお風呂に入るように促した。彼女は力無く頷くと、洗面所の方に消えていった。泣いてる様子はなくて、そこには安心した。
侑希の男の趣味は絶望的だった。なんでそんなやつと付き合ったんだというくらいチャラくて、誠実さのなさそうな人だった。侑希曰く、彼に告白されたからだという。それなら誰でもよかったのかと聞くと、侑希は気まずそうに頷いてわたしは1人でため息をついた。あの日から、もうわたしのことは好きじゃなくなったんだろうということはなんとなく分かっていた。私が触れるたびに恥ずかしがりながらも嬉しそうにしていた彼女の姿は、もうどこにもなかった。それでもしょうがないと思った。私じゃ彼女を幸せにしてあげられないのだから、別の人に幸せにしてもらいたい。いつしかそんなことを考えるようになっていた。だからと言って、こんなどこの馬の骨かも分からないようなやつと付き合うとは思っていなかった。わたしは落ち込んでる彼女の背中をさすりながら、夜になるまでそばにいた。別れた方がいいよ、とはなかなか言えなかった。
数日後、家に帰ると侑希は珍しく料理を作ってる最中でその料理はだいぶ凝っていた。「美味しそうだね」と呟くと彼女は笑って、「うん。彼とは別れたから。記念に」とどこか自身ありげにそう言った。わたしは驚いて、「あ、そうなんだ。うん」と返すことしかできなかった。こんなに早く別れるならなんで付き合ったの?と問いたかったが、辞めておいた。きっとなんでそんなことをしたのかは、本人も分かっていないんだろうから。