年末を迎え、私は去年よりも早く実家に帰った。用があったわけじゃないけど、凛と一緒に過ごしたくなかったからだ。あの日から、私は極力あの夜のことには触れないようにしている。凛も特に何かを聞いてくる様子はないし、このまま無かったことになるんだろう。
あの夜、私の中で凛に対する想いはだいぶ変わった。今までは、いつかはわたしのことを迎えに来てくれるからと、ずっと信じて好きでいようとしていたのだが、あの日の凛の雰囲気から、きっと自分のことはもう好きじゃないんだと分かったからだ。優しく微笑みかけてくれるのも、疲れて帰ってきても、1番にわたしのことを気遣ってくれるおもいやりも、全部他の人にもやってることだったのだろう。それを自分だけにやってくれてると勘違いして、勝手に舞い上がって、いつかは凛も同じ気持ちになってくれるんだと信じて。そんな自分がバカらしくてしょうがなかった。凛とキスをして、その後こちらから誘ったのに断られた時は、本当に死んだ方がマシだと思った。したいという感覚はないけど、凛に触れたいとは漠然と思っていたし、凛の方もそうだと思っていた。きっと凛は本当に誰でもいいんだろう。わたしでも、わたしじゃなくても。
この年末は、グルグルとそんなことばかり考えていた。不思議と、前振られた時みたいな悲しさはなかった。むしろ、これからやっと凛のことを忘れて新しい一歩が踏み出せるんだと、晴れ晴れしたような気持ちだった。いっそ彼氏かなんかでも作ってみようか。そうしたら、凛はどんな反応をするんだろうか。おめでとうと言って笑ってくれるのか、はたまたそんなの許さないと言って怒るのか。想像はつかないが、もしも嫉妬されるなら辻褄が合わない。わたしと付き合ってくれなかったのは凛の方なのだから。
「侑希、将来はどうするんだい?」
年末、久しぶりに家族揃ったところで、ついにお父さんにそう聞かれた。いつかは聞かれるとは思っていたし、私も未来のことをしっかり考え始めた頃だったからちょうど良いタイミングだった。
「学校の先生、目指そうかなって」
食卓で食べていたお兄ちゃんは「ふぅん、いいじゃん」と案外興味のなさそうな声でそう呟いた。お父さんとお母さんは嬉しそうに笑っていた。きっと私が何になりたいと言っても、快く背中を押してくれてたんだと思う。そう考えると、いつも少し後ろから自分のことを応援してくれる家族がひどくありがたく感じられた。
初詣も終え、数日経ってから凛の住む家に戻った。凛は年末年始は関係なく忙しいようで、実家に帰ったのは2日間だけだと、嬉しそうなため息をつきながらそう話していた。アイドルという仕事は大変だ。横から見ているだけであまりの過密スケジュールに反吐が出てしまいそうなほどに。それをこんなに完璧にやり切ってしまうんだから、凛はきっとアイドル向きなんだろう。そのためにどれだけのものを切り捨てて来たのか、凛が目指す将来の形はなんなのか、私にはまだわからない。
あんなことがあって、ルームシェアを解消しようかとも何度か考えたけど、凛にそれを提案することはできなかった。また実家に戻るとなると、凛は事務所に通うのが大変になるだろうし、手続きも少なくない。そうなると、これ以上に彼女の負担を増やしてしまうことになる。凛の会社の業績は右肩上がりで、少し人気が落ち着いたという期間がほとんどない。ファンを増やし続ける様子を見るに、今そんなことを言うのは酷に思えたからだ。
かといって今までの距離感で過ごすのは無理だった。シングルサイズのベッドで2人で寝ていたのはやめて、私はもう一台ベッドを買った。それを提案した時に凛が少しだけ寂しそうな顔をしたが、すぐに「分かったよ」と言って、私が新しくベッドを選ぶ前に自分で自分の分を買ってしまった。本当にこれでいいんだろうかと思ったが、一種のけじめだと思っていた。ルームシェア自体、私が卒業するまで、のこり2年で終わってしまうのだから。
私はいつの間にか、完全に蒼くんの配信を見ないようになっていた。大学生活が忙しいというのもあるし、興味も少しずつ薄れているように感じていた。わたし自身結構飽き性なところもあるから、逆にここまで何年も続いた方が不思議なくらいだ。グッズは売れるものは大体売って、凛がふざけて描いてくれたサインがついたCDとかだけは流石に残しておいた。たくさんのグッズで溢れていた棚はいつの間にか綺麗に整頓され、勉強用の参考書が多く並ぶようになっていった。少しずつ減らしていったので凛がそれに気づいているのかは分からないが、なんとなく申し訳ない気がしてわたしは棚にカーテンをつけた。参考書を取り出そうとするたびに、少なくなったグッズが手に当たるのでそのうちグッズは全部処分した。袋に入れられたそれらはどこか寂しそうに見えた。