しばらくそうしていたんだと思う。どれくらい時間が経ったかは分からないけど、腕の中でぐったりしている彼女の様子から見るに、数秒のことじゃないんだと思う。そうやって唇を離した後で、わたしは自分がやってしまった事に気付いた。
「凛」
熱を帯びた声で、そう名前を呼ばれた。
「ん?」
「わたしたちって、なに?」
「なにって…」
わたしは何も答えられなかった。
なんって言ったら正解なのか、私には分からなかった。どんなに言葉を選んでも、それはきっと侑希を傷つけることにしかならない。
「わたし、分かんない。もう、わかんない、よ…」
そう言って、彼女は私の隣で静かに泣き出した。当たり前だ、キスだけして好きかどうか分からないなんて。私は何回同じ間違いを繰り返すんだろう。何回彼女のことを傷つけるんだろう。積み重なった後悔がドサっと私の上に押しかかって、アルコールと一緒にごちゃ混ぜになった。
「ごめん、侑希…」
いま言える言葉はそれだけだった。私がそう呟くと、両肩に彼女の手が置かれていて、ぐいっと力を込められた。
あまりに一瞬のことで呆気に取られていて、私が彼女にベッドに押し倒されたのだと気付いたのは、それから数秒遅れてからだった。
私の上に跨るように座った侑希の頬には、涙が伝っていた。その涙を拭おうと伸ばした手は、彼女によってベッドに縫い付けられた。
「……て」
彼女が私の上で何かを呟いた。聞き取れなくてもう一度聞き返そうとしたところで、侑希は私の耳元へ顔を寄せてもう一度囁くように言った。
「抱いて」
言わせて、しまった。
その一言を言うのに、彼女がどれだけの勇気を振り絞ってくれたのか、私には分からない。
拒否することを許さないような熱い視線を浴びながらも、私の頭の中は仕事のことでいっぱいだった。ここで流されてやってしまえば、アイドル失格だ。酒に酔って一晩だけやっちゃいましたなんて、そんなのこの世界では絶対に許されない。
「ごめん…」
自分から手を出しておきながら、私は彼女のお願いを断った。
「凛。気づいてたと思うけど私ね、今も凛のこと好きなの」
泣きながら、彼女はそうこぼした。胸をグッと掴まれる気がした。そんなの言われなくたって、わたしが一番分かってた。時々感じる熱い視線も、わたしが隣にいるといつも嬉しそうなのも、全部私の時だけだって知ってる。それをわたしに悟られないように、必死に無表情を装ってるのも。
「好きなのよ、あなたのことが」
「うん…」
「凛が私のうちに来てくれるのも、友達の話をしたら嫉妬してくれるのも、それから、さっきキスしてきたのも、全部、私のことが好きなようにしか見えないの」
「……」
「前に私のことが好きか聞いた時、凛は分からないって言った。それは、今も?」
全部全部言ってしまいたかった。わたしは侑希のことが好きで、侑希が思ってるよりずっと侑希のことが大好きで。でもそれを伝えてしまえば、わたしが目指すアイドルではいられない。アイドルは推してくれてるファン全員のもので、誰か1人のものになっちゃいけないから。わたしが憧れてきたアイドルは、そう言うものだから。
「……うん」
わたしがそう答えると、侑希は泣きながらうんうんと頷いた。何に納得したのか、はたまた納得なんてしていないのか。私には何もわからない。
そのまま彼女は私の腕を抜け出すとベッドに入った。壁の方を向く彼女に声をかけることもできず、私もベッドに入って目を閉じた。そして回ってきたアルコールに支配されてすぐに眠ってしまった。