「どうするのがいいのかな」
「これからですか…」
「うん。もうさ、公表しちゃうのもいいのかなって」
「え?蒼さんが女の子ってことをですか?」
ナツさんは驚いてこっちを見てきた。私は外に向けていた視線をそっと前に戻した。
「このままずっとファンのみんなに黙ってるのもなんだか、嘘ついてる気がして」
「はい」
「でも、今までそういう申し訳ない気持ちは全部飲み込んでやってきたから。いまさら出すのも違う気がして。」
このことは、私の中でずっと大きな問題だった。騙しているなんて認識は一切ないが、ファンのみんなからしたら私が女の子だと知らないわけだから、本当のことを知ったら騙されてると思われてもおかしくない。
そういうことは覚悟してやってきたつもりだったし、引退する最後の最後までずっと黙っておくつもりだった。
しかし最近、自分のアイドルとしてのあり方がよく分からなくなってきていたのだ。アイドルとしてキラキラの王子様を演じてきたが、まっすぐな性格や努力を惜しまない姿は蒼くんというよりは自分自身のものだった。だから演じるキャラクターというよりは、自分の魅力で戦いたいと思うようになってきたのだ。
我ながら勝手な話だとは思うが、侑希がアイドルの私も普段の私も、どっちも凛だって言ってくれたから。
「ナツさんは、言うことに対してどう思う?」
「私ですか…。私個人の意見としては、蒼さんがアイドルという仕事を楽しみながら頑張れるなら、どちらでもやりやすい方でいいと思います。ただ、事務所の方針としては大事にしたくないので、今まで通り隠し続けたいと思うでしょう。男の子しかいないグループですしもちろんファンも女の子が多いですから、グループに女の子が1人だけいるとわかったらどれだけ炎上するかは、正直予想できません」
「やっぱりそうだよね。分かってる、けど…」
「いくら事務所の方針がそうだとはいえ、結局は蒼さんがやりたい方でいいと思います。今まで通り黙っておくのならそれでもいいですし、もしも公表するというなら私たちは全力でサポートしますよ」
「ありがとう、ナツさん…」
街を抜けて海に向かっていたはずの車は一体どこでUターンをしたのか、いつのまにか家の近くまで戻ってきていた。スマホを確認すると、家を出てからもう2時間近くになろうとしていた。きっと侑希はもう寝てしまっているだろう。帰る時に起こしてしまわなければいいけど。
「もうすぐ着きます。こんな夜遅くに突然家に押しかけてしまって申し訳ありませんでした。」
「ううん。むしろごめんね。ナツさんがいなきゃ私、きっと今みたいにアイドル続けられてないから。いつもありがとう」
「いえいえ。それでは侑希さんにもよろしくお伝えください」
「うん。おやすみなさい」
車を出てエレベーターのほうに向かう時まで、ナツさんはずっと私の方に手を振ってくれていた。ナツさんに彼氏がいるのかどうかは知らないが、この後家に帰ってご飯を食べてお風呂に入って。また明日も何事もなかったように私より早く出勤するんだろう。そう考えると、ナツさんには頭が上がらない。こんなにお世話になってるんだからできる限り迷惑はかけたくないと思ってるんだけど、今回ばかりは長引きそうだ。わたしが女の子であることを公表するのならなおさら。