凛が誕生日の計画を全部立ててくれるというので楽しみにしていたのだが、映画を見ている途中あたりから彼女の様子は少し変だった。普通に会話もできるし、いつもと変わらないと言えばそうなのだが、どこかよそよそしさというか、引っ掛かる感時がしていた。反応が悪いと言った方がいいんだろうか。でも、凛自身はそんな感じじゃないし、たまに愛おしそうにこちらを見つめる目には曇りがないので、そこまで気にしていなかったのだが、ご飯に行ったあたりからおかしな様子は顕著になっていった。
ご飯を終えて家に着くと、明らかに凛の元気がない。私は心配になって思わず声をかけた。
「凛、大丈夫?なんか昼くらいから様子がおかしいし、もしかして体調悪い?」
「いや、ううん。大丈夫。ごめんね」
「謝ることじゃないわ」
「本当に体調は大丈夫。ただ、ちょっと、ね」
「そうなの…」
もしかしたらこないだのエゴサしていた時のことで、なにか進展があったのかもしれない。そう思ったけど、凛にだって深入りされたくないこともあるのかもしれないから、私はあえて深くは聞かなかった。
順番にお風呂に入って、私がベッドの中でスマホをいじっていると、キッチンに行って水を飲んでいたリンが戻ってきて私の肩をたたいた。
「ん?どうしたの?」
「あのさ、一応誕生日プレゼント用意してるんだけどさ、」
「え、ほんとに?」
「その、もしかしたら、えーっと」
歯切れの悪い凛。目をキョロキョロさせているし何か後ろめたいことでもあるのかもしれないけど、正直さっぱり想像もつかない。
「どうしたの?」
「そのさ、何もらっても、侑希は嬉しい?」
「もちろんよ。凛が用意してくれたんだから」
「あの、これなんだけど」
そう言って侑希がポッケから取り出したのは小さな長方形の箱だった。外側から見ても、中に入ってるのがそれなりに値段のするいいものだってわかる。
「え、いいの?」
「うん、気に入ってもらえるかわかんないけど…」
凛から箱を受け取ってあけると、中に入っていたのはキラキラと宝石の輝くネックレスだった。ゆっくりと手に取って光にかざす。シンプルなデザインだけど、凛が私のためにいっぱい考えてくれたのがわかる。胸がギュッとあったかくなっていくのが分かった。
「すごく綺麗ね…。凛、ありがとう」
「いや、もしかしたら、ネックレスあげるのって重いかなとか思って…」
「そんなことないわ。すごく嬉しい。つけてくれる?」
「もちろん」
凛にネックレスを手渡しして、くるっと後ろを向いた。手が首に回ってきてそのまま首元に冷たい感覚があった。
「つけたよ。鏡で見てごらんよ」
「うん」
机に置いてあった鏡を見ると、胸元で輝く小さな宝石。自分で言うのもなんだけど、よく似合ってる。
「すごく可愛いわ。買ってきてくれたの?」
「うん。初めてアクセサリー屋さんなんて入ったから、緊張したよ」
「忙しいのに、わざわざありがとね」
「いえいえ」
少し落ち着きを取り戻した凛。どうやらこれが喜んでもらえるか不安だったみたいだけど、喜ばないわけないじゃない。
凛からもらったネックレスに何度も触れてから、私たちは同じベッドで眠りについた。いつもは夢を見るのだがその日は朝までぐっすり眠れた。
大学生は時間が有り余ってるはずなのに、一年が過ぎるは驚くほどに早い。私は2年生になり、いよいよ自分の将来を決める時期に差し掛かっていた。大学では一応、教員免許を取れるような単位は取っている。自分の意思ではなく、お父さんに一応取っといた方がいいと言われたからだ。
実家の人のほとんどが教員関係だからか、なんとなく教師という職業に自分がつくことに対して抵抗があったのだが、最近たまたま海に頼まれて日雇いでやったバイトで小学生と交流する機会があり、こうやって子どもたちと触れ合う仕事も悪くないかもと思い始めていた。
そのバイトは、夏休みの子どもたちと山で遊んだり、学童に連れていって簡単に勉強を教えたりするものだった。帰ってきた時にはヘトヘトになっているし、いうことを聞かない子どもがいたりすると結構大変なのだが、それでもそれなりにやりがいがあるので、私は2年生の夏休みの半分ほどをそのバイトに費やしていた。
凛と久しぶりに休みが被った日、前日がそのバイトだったので昼近くまで寝ていると、凛が朝ごはんを用意してくれて、昼前にそっと肩を譲って起こしてくれた。
「侑希、もうちょっと寝る?」
「ん、んんっ…」
「もうすぐお昼になるけど、まだ寝ててもいいよ。ご飯はできてるからね」
「ん、おきるっ…」
「よしっ。じゃあ起きようか」
凛が作ってくれたご飯を2人でもぐもぐ食べていると、凛がバイトのことを聞いてきた。
「侑希、最近バイトはどう?やっぱり大変?」
「うん、結構大変だよ。今は低学年の子達を見てるから、すぐ泣いちゃうし、喧嘩もするし」
「そうなんだ。私もちっちゃい頃はよく喧嘩してた覚えがあるなぁ。その度、若い先生に怒られてたっけ」
「凛にもそんな時代があったのね」
「うん。でもさ、最近の侑希、なんかイキイキしてる気がするよ。バイト、楽しいでしょ」
「うん。楽しいかも。今まで知らなかったけど、子どもたちと触れ合うのも、そんなに苦じゃないし」
「侑希は案外、学校の先生とかが向いてるのかもしれないね」
凛になんとはなしにそう言われて、私はハッとした。今までなんとなく教師は避けていたが、もしかするとこの職業は私にあってるのかもしれない。教員免許も取れるような単位を取っているし、今から目指したって全然遅くはないはずだ。
「確かに、考えてみようかしら」
「うん。いいと思うよ」
優しく背中を押してくれる凛をありがたく思いながら、私は箸を口に運んだ。