クリスマスが終わり、仕事は一段落ついた。そしてあっという間に年末になり、私も侑希も久しぶりに実家に帰ることになった。
2人で数日分の荷物をリュックに詰めていく。
「ルームシェアし始めてからなんだかんだ毎日一緒にいたから、一週間も会えないのは寂しいな」
「それもそうね。凛は寂しがり屋さんだから、夜泣きするんじゃない?」
「私のこと、赤ちゃんかなんかだと思ってる?」
「ふふっ、冗談よ。」
荷物がまとまった後、ふたりで軽く家の掃除をした。でも、侑希が普段からある程度綺麗にしてくれているから、家はすぐに片付いてしまった。
「凛はどうやって帰るの?」
「お母さんが迎えに来るから、侑希も一緒に送ってくよ?」
「それは悪いわ。電車で帰るから大丈夫よ」
「いやいや。家近いんだから気にしないで。私だって、前に侑希のお母さんに家まで送ってもらったことあるし」
「んー、じゃあ……。お願いしようかしら」
お母さんを待つ間に、侑希はベッドに寝かせられていたアザラシを手に取って、ソファーにいる私の方に差し出してきた。
「アザラシくんはどうするの?」
「え?ふつうに置いていくつもりだけど。どうしたの?」
「いや、結構家空けるから、寂しくないかなって」
深刻そうな顔をしながらぬいぐるみをベッドに戻して、寂しそうにその頭を撫でている侑希。
「侑希ってさ、素でそういうこと言っちゃうの、ほんと可愛いよね」
「なによ、なんか文句ある?」
「照れると分かりやすくツンツンしちゃうとこも、かわいいよ」
「……」
顔を真っ赤にしてふいっと目を逸らされ、少し揶揄いすぎたかと反省する。でも、私が買ったぬいぐるみを大切にしてくれるとことか、ちょっと不器用でツンデレなところは、本当に可愛いと思ってる。
お母さんからもうすぐ着くと連絡があって、私達は2人で部屋を出て下に降りた。大きな荷物を持って外をチラチラ確認しながら、マンションのエントランスのソファーに座った。
「侑希は、うちのお母さんに会うの初めてだよね」
「うん。弟さんには一回だけ会ったことあるけど」
「あー、あの時か。そういえばそんなこともあったっけ。もう懐かしいや」
しばらくそうやっていつもみたいに話をしていたのだが、侑希は私の横で頻繁に手を擦り合わせて、どこかソワソワした様子。
寒いのかと思いその手を取ると、「なにすんのよ」と言いたげな目でこちらを見つめられた。
「寒そうにしてたから」
嫌だったかなと思い、慌てて手を離して言い訳を口にする。
「違うわ。緊張してるの」
「え、なにに?」
「凛のお母さんに会うの」
神妙な面持ちでそんなことを言われるのだから、思わず吹き出してしまった。
「ふはっ、なんで?」
「いろいろあるの!」
「そんな、結婚の挨拶するわけじゃないんだからさ。気楽にしてよ」
私はふざけてそんなことを言った。バカなこと言わないでよって、いつもみたいに返されると思ったのに、彼女の怒る声は返ってこなかった。
「私にとったら、そんな感じなの」
やけに冷静な侑希のその言葉にハッとして、私はすぐに彼女の方を向いた。どういう意味なのか聞く前に、侑希は立ち上がって外を指差した。
「お母さん、来たみたいね。あの車?」
「え…あ、う、うん」
「行くわよ」
「うん…」
私は手元の荷物を持つと、先を行くその背中を追いかけた。
外に出ると、もうすでに、侑希は車から出てきたお母さんに挨拶をしていた。
「はじめまして、よろしくお願いします」
「はじめまして、あなたがゆきちゃん?」
「はい、お世話になってます」
「凛から可愛いっていうのは聞いてたけど、こんなに可愛い子だなんて知らなかったわ。ほんとにモデルさんみたいで」
「ちょ、お母さん!やめてよ!」
追いついた私が慌てて2人の間に入る。
「えー。だって凛ったら、家にいた時は、口を開けば侑希ちゃんのことばっかりで」
「侑希!お母さんが言ってるのは違うから!なんでもないから!」
いらないことまで言ってしまいそうなお母さんの口を閉じさせようとするけど、そんな私の必死な様子を見て、侑希はクスクスと笑っていた。
楽しそうな2人をなんとか無理やり車に押し込んで、私たちを乗せた車は無事出発した。
「ゆきちゃん、凛はどう?ちゃんとやってる?」
「はい。いいって言ってるのに、仕事から帰ってきてからも家事とかしてくれて」
侑希の返事に心から安心する。「いっつもハグとかしてきて、たまにキスとかされるんです」なんて言われたら、私はきっと死んでいた。
「ほんとに?よかったぁ。急に凛が友達とルームシェアしたいなんて言い出すから、迷惑かけてないかと思ってヒヤヒヤしてたの」
「ちょ、お母さん。迷惑とかかけてないから!」
「2人とも楽しくやれてそうでよかったわ。ありがとね、ゆきちゃん」
「いえ、こちらこそです」
こうやって私以外の2人の話が弾んでる光景、つい最近どっかで見たことあるなぁ。なんて思いながら車に揺られていると、いつの間にか私は後部座席で1人眠っていた。
「凛、ゆきちゃんちについたよ。バイバイして」
「ん…。え、もう?」
目を覚ますと前の座席に座っていたはずの侑希の姿がなくなっていた。
「わざわざ送っていただきありがとうございました」
「いえいえ。ゆきちゃん、それじゃあ良いお年を」
「ま、まって」
私はパッと車から飛び出した。
そして玄関に立ってる侑希のところまで走り、その勢いで抱きつきそうになったのだが、ギリギリのところで踏みとどまって出していた手をしまった。
そういえば今は、お母さんがいる。
ハグはできないけど、代わりに握った手をブンブン上下に振ってやった。
「バイバイ」
「ふふっ、それじゃあ。良いお年を」
侑希は律儀に、私たちの車が角を曲がるまでずっとこちらに手を振っていた。
帰りの車の中、侑希が座っていた助手席に移動して座ると微かに侑希の優しい匂いが残っていて、胸が熱くなった。
「ゆきちゃん、礼儀正しくて本当にいい子ね。」
「でしょ」
「顔もかわいいし家事もできるってなったら、引く手数多よね。いいお嫁さんになりそうだわ」
「そうかな」
侑希が誰かのお嫁さんになることを認めるのはなんだか癪で、私は適当に返事をした。
「彼氏さんはいないの?」
「多分いないと思うけど…。知らない」
「あら、じゃあうちに貰っちゃいたいくらいね」
そう言って、ふふっと笑ったお母さん。冗談で言ってるんだろうけど、それが本当になったらどれだけ幸せなことだろうか。
侑希が他の誰かのものになるなんて考えたくもないけど、今の私は彼女を選ぶことができない。そうなると、いつか彼女は私じゃない誰かと一緒に…。考えるだけで嫉妬でおかしくなりそうだ。
気を紛らわせるために窓の外を眺めていると、お母さんに声をかけられた。
「仕事の方はどう?困ったこととかない?」
「順調だよ」
「あんまり無理しないでね」
「うん、分かってるよ」
お母さん、ライブとか配信とかを、今も欠かさず見てくれてるんだろうな。
「凛は、凛だからね」
ふと、お母さんがこぼしたその言葉の意味は、その時の私にはまだ分からなかった。