帰りは凛が呼んでくれていたマネージャーさんがわざわざ迎えにきてくれて、私はぺこぺこ頭を下げながら車に乗り込んだ。そして、なぜか私が助手席に座らされて、凛が後ろに乗ることになった。
凛のマネージャーはナツさんという人で、すごく優しくてなんでもできそうな人だった。
「侑希さんとルームシェアするようになってから、蒼さん本当に元気になったんですよ。笑うことも増えたし」
そうだったんだ、知らなかった。自分との生活が凛の仕事の負担になってないことが、なにより嬉しい。
「ちょ、ナツさん。要らないこと言わないでよ?」
「まだなにも言ってませんよ笑」
「もうっ…」
不満げな凛を置いて2人で色々と話していると、いつのまにか後ろが静かになったことに気がついた。信号待ちになったタイミングで後ろを振り返ると、凛は疲れていたのか窓ガラスに頭を預けて眠っていた。
「凛、寝ちゃったみたいです」
「今日ライブでしたから、だいぶ疲れてるんでしょうね」
「ナツさんはずっと凛のマネージャーをしてるんですか?」
「そうです。それより、蒼さんが凛って呼ばれてるの、なんだか不思議な感じがします笑」
「いつもは蒼ですもんね」
「はい。アイドルの星空蒼は恋人は作らない主義のはずなんですけど、凛は違うみたいですね。今日はクリスマスデートですか?」
ナツさんはニヤニヤしながらそう聞いてきて、私があたふたしながら答えに迷っていると、後ろで寝ていた凛の耳にも届いたらしく、慌てて身を乗り出してきた。
「ちょ、な、ナツさん。違うから!」
「ふふっ、私はもう黙っておきます」
「本当に、侑希とは付き合ってないよ。ね?侑希」
「う、うん」
そんな必死に否定しなくてもいいじゃん、という気持ちは無理やり心の奥に仕舞い込んで、凛の言葉にうんうんと頷く。
「はいはい、分かりました。あ、ちょうど着きましたよ」
車はいつの間にか私たちのマンションの前に着いていた。ナツさんにお礼を言って車から降りようとすると、運転席からトントンと肩を叩かれた。
「蒼さんは完璧主義だけど、凛さんは違うみたいですから。侑希さん、頑張ってくださいね」
優しい笑顔で、ナツさんにこっそりとそう耳打ちされた。それがどういう意味なのか分からず私がまたはてなマークを浮かべていると、なかなか降りてこない私に痺れを切らした凛が助手席の扉を開いた。
「ナツさんわざわざありがとね。行くよ、侑希」
「あ、ありがとうございました」
「いえいえ、2人とも楽しいクリスマスを〜」
走り出した車を見送って、私たちは自分の部屋へと向かった。
夜ご飯は、珍しくデリバリーのピザを頼んだ。よく伸びるチーズがたっぷり乗ったピザはいかにもジャンクフードといった感じで、お腹が空いていたはずなのにすぐに2人ともお腹いっぱいになってしまった。凛が買ってくれていた2人用の小さなホールケーキは流石に食べきれそうもなくて、私たちは薄く2人分を切り分けて残りは明日食べることにした。
2人で順番にお風呂に入り、私がお風呂から上がる頃には凛はもうすでにベッドに寝転んでいた。彼女が寝ているところの横が少し膨らんでいて、なんだろうと私が毛布をめくると、中には買ってもらったアザラシが入っていた。
「かわいい」
「でしょ。抱きしめて寝な?」
私はエアコンの温度を少し下げて、彼女とアザラシのいる毛布の中に潜りこんだ。
「おなかいっぱいだね〜」
「絶対食べすぎたわ。ちょっとダイエットしないとダメかも」
「え〜、全然太ってないからしなくていいよ。侑希の身体、もちもちしてて好きだよ?」
「なによ、もちもちって。太ってるってことじゃない」
「違う違う。女の子らしいモチモチ感ってこと」
スマホを置いて横を向くと、こっちを見てる凛と目が合う。
「今日、どうだった?」
「本当に楽しかったわ。ありがとう、凛」
「いえいえ。目キラキラさせて魚見てる侑希、可愛かったなぁ」
数時間前のことを思い出しているのか、優しく微笑む凛。可愛いって言われたことがなんだか恥ずかしくなって、私は胸の前で抱いていたアザラシをギュッと抱きしめた。
サイドランプだけがつけられた部屋。優しい灯りと心地いい沈黙にうとうとしていると、そっと凛に頭を撫でられた。私の方が彼女より先に眠ろうとすると、いつもこうやって寝かしつけるみたいに撫でられるのだ。
普段ならこのまま寝かせてもらえるのだが、今日の凛はまだしゃべりたいみたいだった。
「やっぱりカップル、いっぱい居たね」
「うん…」
目も開かずにそう返事をすると、凛は背後から私の髪に指を通した。
「侑希は、恋とかしてる?」
その言葉に、ドクンっと心臓が跳ねた。
私はたぶん、ずっと凛に恋をしている。でもそれを今伝えたところで前みたいに躱されるのがオチだ。
それなら、なんって答えるのが正解なんだろう。凛はどんな答えを望んでるんだろう。
しばらく時間をおいて、私は「うん」とだけ答えた。自分にも凛にも、嘘はつきたく無かった。
凛は私の返事を聞くと、のそのそ動いて私に後ろから抱きついてきた。凛のせいで眠気はとっくに消えていたから、特に驚くこともなく受け入れた。
「そっか」
うなじのあたりの微かに揺れた空気で、凛がそう呟いたのだと分かった。
「凛の方は、どうなの?」
「うーん……ひみつ」
やっぱりそうか。でも否定しないってことは、可能性があるのかもしれない。静かな部屋であれこれ考えるけど、凛の心を動かせるような言葉は何一つ浮かんでこなくて、そのうち後ろから規則正しい寝息が聞こえてきた。
ライブで疲れていたはずなのに、今日は素敵なものを見せてもらった。クリスマスという特別な日を、当たり前みたいに私のために使ってくれる凛。
くるっと体の向きを変えて、その顔を見つめる。
「分かんないよ」
ぽろっとこぼれたその言葉は、目の前の凛には届いていない。いつか届くのだろうか、そしてそれはいつなのか。
やっぱり、分かんないよ。
「蒼さんは完璧主義だけど、凛さんは違うみたいですから。侑希さん、頑張ってくださいね」
だんだんとまぶたが落ちてきて意識が途切れる直前、帰り際でナツさんに言われた言葉が頭をよぎった。その言葉の意味を考えようとしたのだけど、その前に、私は心地いい眠気に負けてしまった。