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第58話

クリスマスを迎えた街はイルミネーションで彩られ、どこを見回してもカップルばかり。私はどこか肩身の狭い思いをしながら、駅前のカフェに1人で入った。

店員さんのお一人ですか?という言葉すら今はなんだか悲しく聞こえて、私は「後で連れが来ます」とだけ返事をして案内された席に急足で向かった。

通されたのは、運悪く窓際の席。

いつもは外の様子が見えるから嫌いじゃないのだけど、今日は別。手を繋ぎながら幸せそうに微笑みあってる人を見るたび、心が何か黒いもので覆われていく気がして、私はスマホに目を移した。

今いるカフェの場所を連絡したが、既読はつかなかった。まぁ、当たり前か。

足をぶらぶらさせながら、空いている前の席を見る。今日は雪予報と聞いていたからわざわざしまっていたブーツを出したのに、雪は降らなかった。


このお店に入ってから、2時間くらい経った。時刻は夜の8時。このお店が開いてるのはたしか9時までだった。

どうせならもっと遅くまでやってる店に入ればよかった。こんなふうにクリスマスの日に待たされたことが前にもあった気がする。

手持ち無沙汰になり、空になりそうなカフェオレのカップを持ってまた置いた。中身はもう冷め切ってるから、口をつける気にはなれなかった。

こうなることは分かっていたからイラついてるわけじゃないけど、寂しくなってスマホの写真フォルダを開こうとしたところで、背後から息を切らした声が聞こえた。

「ごめ、っはぁ、はぁっ、」

「だ、大丈夫?」

思っていたよりは早くやってきた彼女は、この季節にしては薄いパーカーにフード被っているだけの軽装だった。一方私は2年前のクリスマスをなぞってるかのような今日の流れに、少し笑ってしまいそうになる。

「はぁっ、走ってきたから、息、っん、切れてるだけ」

「座って」

「はぁっ、ありがと」

向かい側に座るなんて考えは一切ないのか、当たり前みたいに私の横に座ってきた凛。いつも凛は向かい側じゃなくて横に座りたがる。私も慣れているからすぐに席を詰めると、店員さんがやってきて凛の前にコーヒーを置いた。

「待った?よね。ごめん。思ったよりも片付けとかがだいぶ長引いちゃって、道も混んでたし」

「別に構わないわ、分かってたし。それより、なんでここに呼んだの?クリスマスは別に家でも」

「見せたいものがあったんだ。これ飲んだらすぐに出よう」

凛はワクワクした様子でそう言って、湯気が出てるカップに口を付けた。その直後、「あちっっ!」と言ってカップをソーサーに戻した。ほんと、忙しい人なんだから。


舌を火傷した凛がコーヒーを飲み終わるまで、私はじっと横顔を見つめていた。ライブ終わりでキラキラしたメイクが目元に残ってる彼女は、いつもより何倍もかっこよく見えた。いつもは甘えたがりでゆるゆるのくせに、ステージに立つとちゃんとアイドルになっちゃうんだから、やっぱりアイドルっていうのはすごい生きものだ。

世の中の有名人やアイドルと付き合ってる人はこういうギャップに何度も恋するんだろうな、と思う。

私だってその1人。付き合ってはないんだけど。

「よしっ、じゃあ行こう」

席を立った凛に置いていかれないように、私も慌てて席を立った。2人で店を出ると、フードを被り直した凛に手をとられた。私もすぐに、その手を握り返す。

「どこにいくの?」

「着いてからのお楽しみ」

凛は慣れた様子でタクシーを捕まえて、私は言われるがままに乗せられた。移動中、心地いい振動に私の意識は吸い込まれていった。


「侑希、着いたよ」

肩をゆすられて目が覚め、私は慌ててタクシーを降りた。目の前は、あたり一面クリスマスらしいライトアップがされている。

「すいぞく、かん?」

「うん。入ったらきっと驚くよ」

自信満々にそう言った凛にチケットを手渡され、一緒に建物の中に入った。水族館自体、小さい頃に数回行っただけでほとんど行ったことがないし、夜に行くのは初めてだった。

小さい水槽が並んでいる薄暗い廊下を抜けると、私の目に前に現れたのは群をなして泳ぐたくさんの魚たち。そして

「星?」

「うん。綺麗でしょ」

少し照れながらふへっと笑った凛。

水槽の周りを本当は見えるはずのないたくさんの星が照らしている。プラネタリウムと水族館が一緒になったようなその空間は、思わず息を呑むほどに綺麗だった。

「気に入ってくれた?」

「うん…。今まで見たものの中で一番綺麗」

「よかった」

周りには人がたくさんいたけど、この瞬間だけは凛と2人きりでいるような気持ちになった。

しばらく星と魚たちに見とれていると横から視線を感じて、私はそっと目線を横に移した。愛おしそうにこちらを見つめる凛と目が合う。その目は、見慣れてるはずなのにどこか寂しそうだった。

「凛?」

「あっちも見ようか」

もしかして、キスしたかったのかな。先を行く凛を見て、なんとなくそんな気がした。


いろんな展示に夢中になってるうちに、いつの間にか出口に近いところまで来ていた。凛はフードとマスクをしているからか、たまにチラチラとこちらを見ているカップルがいる。いくら身バレ防止のためとはいえ、こんな場所でフードをかぶってマスクまでしてたら、逆に目立っちゃいそうだ。

「フード取らないの?」

「髪固めててライブと同じ髪型だから、流石にやばいかなって」

「大丈夫よ。暗いし分からないわ。フードつけてるほうが不審者みたいよ」

「なら、せっかくだし取ろうかな」

凛はフードを取ると、ふるふると頭を振った。いつもはサラサラと流れる髪の毛が今日はしっかり固められていて流れない。あれっ?という顔をした凛の顔を見て、私はくすっと笑った。

最後はクラゲの展示だった。水槽に入れられたたくさんのクラゲたちが、星と一緒にゆらゆらと泳いでいる。

その光景を見て、隣にいた凛がぼそっと呟いた。

「星っていいよね。ちっちゃい頃からずっと好きだったんだ」

星が好きだなんて、初めて聞いた。配信でも聞いたことがない。星といえば、もしかして…。

「蒼くんの名前も?」

私がそう聞くと、凛はうんっと微笑みながら頷いた。

「そうだよ。オーディション合格したときにね、私が付けさせてもらったんだ」

「そうだったの。知らなかった」

「星空蒼。アイドルとして星みたいに輝けたらいいなぁ、なんて。なんかベタな話ではずかしいんだけどね」

頭をかきながら、珍しく恥ずかしそうに目を逸らした凛。

「素敵だと思うわ」

「ふふっ、ありがとね」

繋がれた手は、最後まで離れることはなかった。今日はクリスマスだから、ちょっとくらい恋人らしいことも許してあげよう。私だって、別に嫌じゃないし。


出口の前には小さなお土産ショップがあって、私たちはそこに入った。いろんなぬいぐるみやキーホルダー、お土産用のクッキーが売ってある。

せっかくだし、海たちのお土産に買っていってあげようかな。そう思い、海の生き物が印刷されたクッキーを見ていると、後ろから凛が顔を覗かせてきた。

「クッキー食べたいの?」

「いや、大学の友達にって思って」

「ふーん、いいじゃん。私ぬいぐるみの方いるから、迷子にならないでね笑」

「こんな狭いところでならないわよ」

ひらひらと手を振って、向こう側へ消えていった凛。子供扱いしないでほしい。私が夜に出歩いたあの日から、凛は少しだけ過保護になった。

ぬいぐるみがみたいなんて、凛の方がよっぽど子供じゃない。口の中でモゴモゴと言葉を転がしながら、私は目の前にあったクッキーのセットを手に取った。

レジの方へ行くと、凛は先に会計を済ましていたらしく、手には大きめの袋が握られていた。ラッピングしてもらったクッキーをもって凛のところへ駆け寄る。

「ぬいぐるみ。買ったの?」

「うん」

「どんなやつ?」

「みてごらん」

ヒョイっと渡された袋を覗き込むと、中に入っていたのはふわふわの真っ白なアザラシだった。

「かわいい…」

「でしょ?それ、侑希にあげる」

「え?なんで?」

「クリスマスプレゼント」

「そんな、悪いわ。私、何も用意してないし…」

「どうせ家に置いておくんだから一緒でしょ?」

ニコニコした笑顔でそう言いくるめられて、私は大人しく受け取ることにした。私の腕の中にすっぽりおさまるくらいのサイズ感のアザラシくんは、晴れてうちの家族の仲間入りを果たした。

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