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第55話 (侑希side)

凛がうちに来て、もう2ヶ月になる。

その日は一緒にベッドに入ってすぐに、横から心地よい寝息が聞こえてきたものの、私はなかなか寝付くことができなかった。

そっとベッドを抜け出してキッチンに向かう。あんまり大きな音を立てないように冷蔵庫をあけて、中から取り出した水を一口だけ飲んだ。

もうすぐ12月になるからか、スリッパを履いていても足元がひんやりと冷えている。冷たい水も相まってから身体が寒さでぶるっと震えて、私は、綺麗に畳まれてカゴの中に入れられていたブランケットを羽織った。

今日は早く帰れたからと、私がご飯を作ってる間に凛が洗濯物を畳んでくれたのだが、ものの数分で全部終えて、おまけにリビングの掃除までしてくれた。

私なんかよりずっと疲れてるんだから、ちょっとくらい休んで欲しいのに。そう思いながら引き出しを開けると、タオルもTシャツも角が綺麗に揃っていて、なんでも完璧にこなしてしまう彼女にすっかり感心してしまったのだ。


そういえば最初は、凛に下着を見られるのが恥ずかしくって、洗濯は全部私がやっていた。やったらやったで、凛の下着を見ることになるのだから、それも少し気恥ずかしくて、あの頃はいつも、凛がいない時間に洗濯物を干して、帰ってくるまでに慌てて畳んでたんだっけ。今では凛に下着を見られることへの抵抗感も、凛の下着を見ることへの罪悪感もすっかりなくなってしまったなと思うと、そんなちょっとした成長に勝手に頬が緩んでいた。


私は今まで凛しか好きになったことがないから、本当の好きはもっと他にあるのかもしれない。

先月、凛との生活に慣れ、そんなことを考え始めていた私は、彼女がいる結衣に話を聞くために、カフェに誘った。


そこで彼女に、「結衣にとっての好きってなに?」と聞くと、彼女は笑顔で微笑んだまま、んー、と困り眉になった。

「その質問しちゃう時点で、侑希ちゃんはもう十分、凛ちゃんのこと好きだと思うんだけどなぁ〜」

「だって最近、あんまりドキドキしなくなったの。もしかして、友達の好きに戻ったのかなって思って」

「え〜、絶対そんなことないと思うけどなぁ〜」

ニヤニヤしながら目の前のカフェオレに口をつけた結衣につられて、私もミルクティーをひとくち飲んだ。ほんのりした甘みが広がっていく。

「好きってなんなのかしら。結衣はどういう時に彼女さんのこと好きだって思う?」

「そうだねぇ。んー、難しい質問」

「彼女さんといると、やっぱりドキドキするの?」

「あんまりしないねぇ〜」

「そうなの?」

「うん。私がこの人好きだなって思うのは、感覚を共有したいって思った時かも」

「感覚を、共有?それってどういうこと?」

「たとえばね〜、私が今飲んだカフェオレが美味しくて、今度ふたりで一緒に飲みたいなって思ったりとか」

「それが結衣の好き、なの?」

思った回答とはまるっきり違って、私が不思議そうに彼女に訊ねると、彼女はクスッと笑った。

「そうだよ。他にはね〜、1人きりの帰り道で見た夕焼けが綺麗だったら、横に彼女が居て一緒に見れたらもっといいのにって思ったり」

ストローで中の氷をクルクルと回しながら、結衣はどこかここじゃない遠くを見ていた。その目線の先に誰がいるのかは、聞かなくてもわかった。

「彼女が居ないところで何かに心を揺さぶられたり、幸せな気持ちになるたびに、彼女にこの気持ちを共有したいって、横にいて一緒に感じたいって、そう思うの」

「んー、なるほど」

「侑希ちゃんもそういう経験、いっぱいあるんじゃない?」

「私は…」

すぐには思いつかなくて、んーっと頭を傾げていると、結衣は満面の笑みでこちらを見ていた。彼女は顔が整ってる上によく笑うから、美人に拍車がかかるのだ。


ふと、椅子に座ったまま、あの日結衣が言っていたことを考えていた。顔を上げて時計を見ると、新しい日付になってから長い針が2回も回ったところだった。

明日は休みでお互いに予定もないから、きっと家でダラダラ過ごすことになりそうだ。

結衣が教えてくれた駅前に新しく出来たカフェは、オムライスが美味しいらしい。凛は連日のライブ練習で疲れているだろうから昼前まで寝かせてあげて、起きたら2人で遅めの朝ご飯を食べに出かけるのもいいかもしれない。

ちょうど先週、新しいマフラーを買ったからそれも見せたいし。

そこまで考えて、やっぱり結衣が言う通り、私は凛のことが好きなんだなと思った。

私の見たいもの、やりたいこと、行きたい場所は全部、「凛と一緒に」だ。

どれだけ彼女のことで頭がいっぱいなんだ、私は。

彼女と出かける時は、友達とのお出かけよりもずっと気合が入るし、だれよりも可愛いところを見て欲しいって思う。期待してないなんて言ったけど、心の奥底ではもしかしたらって気持ちを捨てきれずにいるのかもしれない。


そんなことをダラダラ考えてるうちに、時計の針はどんどん進んでいく。明日のことを考えると、そろそろ寝なきゃとは思うけど、今戻っても寝付けなくて彼女を起こしてしまいそうで、ベッドに戻る気にはなれなかった。


棚に並ぶのは凛がうちに来た時に買い足したお揃いの食器。洗面所に置かれたコップには色違いの歯ブラシ。セミダブルのベッドに並んでる2つの枕。

すっかり馴染んでしまったこの光景。いつか手放さなきゃいけないときが来るかもしれないのが、なにより怖い。


眠れないまま家の中でじっとしてると、なんとなく気持ちが暗くなる気がして、私はコートを羽織って外に出ることにした。スマホはベッドの方に置き忘れていたので、玄関に置いてあったコンビニ用の小さい財布と鍵だけをポケットに入れて、スニーカーに足を入れた。

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