凛をそばで支えられるのは自分しかいない。そう思えば自然に身体が動いて、項垂れる彼女の頬にキスを落としていた。100%下心がないとは言い切れないが、その時私の中にあったのは応援の気持ちがほとんど。
自分のキスが凛にとって応援になると思うなんて、ちょっと自意識過剰かもしれないけど。
それからほんの少しだけ、凛に一発喰らわせてやりたいという気持ちもあった。凛のことだから何か大切な理由があるのかもしれないけど、ずっとキープ状態でやられっぱなしなんて、なんだか気に食わない。
「な、なんで…」
そう言いながら恐る恐るこっちを見上げてきた彼女のあの
驚いた顔は、多分一生忘れないだろう。
ルームシェアの話はずっと前から考えていて、でも言い出すタイミングが見つけられなかった。凛とはもっと一緒にいたいけど、前みたいに負担をかけるような事がないようにしないと。色々とぼかしながらそんなことを結衣に通話で相談していると、それならいっそのこと一緒に住んだらいいんじゃないかと彼女が提案してくれた。
凛は快諾してくれて、その笑顔をみて私は内心、ホッとため息をついた。
凛の寝息が後ろから聞こえ始めて、私は背中を向けていた身体をくるっと回転させて彼女の方を向いた。横で眠る彼女の寝顔を見られるのは、こうやって彼女が先に寝てくれた時だけ。
暗がりでカーテンから溢れた月の光に照らされるのは、あまりにも整った顔と、まだあどけなさを残す目元。
彼女と一緒に居られるのは幸せだが、たまに、これからの将来が不安になることがある。どこに行き着くか分からない私たちの関係は、きっと自分が思っている以上に脆い。
夜になると暗い考えばかりが頭に浮かぶ。そんなことより今は、凛の情報が漏れてることを心配しないと。
「どこから漏れたんだろ…」
枕元にあったスマホを音を立てないように取って、検索画面を開く。
[星空蒼 女]
打ち込む手が少し震えているのが自分でもわかった。
検索ボタンを押すと、凛がさっき言っていたツイートが出てくる。あまり拡散されている様子はなくてホッとしたが、それ以外にも、女の子っぽいとか、声が高いとか、そういったファンからのコメントがたくさんあった。
それはそうだ。凛は女の子なんだから。
夢中になって調べていると、横で凛がくるっと寝返りを打った。
「ん……。ゆ、き…?」
「ごめん、起こしちゃった?」
「なに、してるの?」
「ちょっと調べもの」
「ん、」
寝ぼけてるのか、そのままぎゅっと抱きつかれた。せっかく気持ちよく寝てるんだから起こさないようにしようと、私はスマホを置いて大人しく抱きつかれたまま目をつぶった。こんなことを許してしまうあたり、私はこの数ヶ月ですっかり凛に絆されているんだろう。
凛の親がいいと言ってくれて、私の親もすぐにルームシェアを許可してくれた。むしろ、友達と住んだほうがちゃんとした生活が送れそうで安心したと言われ、私はちょっと複雑な気持ちになった。
大学が始まって1週間後から、凛とのルームシェアが始まった。今までも週一で泊まっていたんだから、そこまで驚くようなことはないけど、帰ってきたら凛がいたり、洗濯を一緒にしたりするのはなかなか慣れなくて、やっぱり最初は少し緊張した。
家賃や食費はちょうど半分ずつ。ご飯は私の担当で、皿洗いや洗濯は曜日で分担することになった。
凛は「ご飯を作ってもらうんだから、お金は多めに出すよ」と言ってくれたけど、私は好きでやってるんだからと断った。
凛は何を作っても本当に美味しそうに食べてくれるし、食べ終わった後はいつも幸せそうな顔をしてお礼を言ってくれる。本当に、作りがいがあるのだ。
一緒にいる時間が増えると、自然と今までよりスキンシップも増えていった。
前みたいにキスしたりすることは無いものの、休日に2人で映画を見ている時にそっと手を重ねられたり、ご飯を作っていると後ろから抱きついてきて肩からひょこっと顔を出してきたり。
そんなスキンシップにもいつのまにか慣れてしまったのか、高校生の時みたいなドキドキは少しずつ薄れていった。だからといって凛のことが好きじゃなくなったわけじゃ無い。
ふとした瞬間に見せる、アイドルモードとはかけ離れたゆるっゆるの笑顔や、恥ずかしげもなく彼女の口から綴られる優しくて甘い言葉には、いつまで経っても慣れそうもない。
ルームシェアが始まって変わったことといえば、凛に自分と同じ気持ちを求めなくなったということ。悪くいえば、もう彼女になにかを期待するのをやめた。
私だって、あの頃みたいに思い通りにならなくて泣くような子供じゃない。もう、理解できないことがあったって、一歩譲って大人にならなくちゃいけない歳なんだ。