ご飯を食べて、夜遅くまでおしゃべりして、一緒に寝て、私だけ特別だと思ってたこの関係は、侑希にとってはそうじゃなかったらしい。
当たり前みたいな顔をして、旅行中の内容をつらつらと話す侑希に対して芽生えたこの感情は、嫉妬なんて可愛い言葉で言い表せるようなものじゃなかった。
「侑希は誰とでも寝ちゃうんだ」
気づいたらそんなことを口に出していた。
「そんな言い方しないでよ。ただの友達なんだから、別におかしいことじゃないでしょ?」
困った様子でそう答える侑希を見て、苛立ちに近いような気持ちが湧き上がってくるのを感じた。
「じゃあ、大学の友達がただの友達なら、私はなに?」
「凛も…友達でしょ」
「ふーん」
そうだ。別に私は侑希の彼女じゃない。家族でもない。他の人たちと一緒で、ただの親しい友達でしかない。
「凛がそれを聞くのはずるいわ。どんな反応をして欲しくて、そんなこと聞いてるの?逆に、なにって答えたら正解なのよ」
「知らない」
会話する気にはなれなかった。全部、自分が悪いから反論できない。こうやって言い負かせないと分かった途端に逃げるなんて、どれだけ子供っぽいんだ。つくづく自分が嫌になる。
でも、こんなわがままな私を見捨てることなく、いつも侑希は私を追いかけてくれる。そう思うと、急に横にいてくれる彼女に申し訳なくなって、同時に彼女が離れていくのが怖くなった。
ベッドまで来て話を聞いてくれていた侑希に、タオルケットに包まったまま抱きつく。
「ごめん。やなこと言った」
「別に、気にしてないわ」
「私、ずっとキープしてて。そのくせこんなこと聞くなんて、最低だ」
初めて、こういうことを自分から口に出した。あの日から、恋愛の話はお互いに何となくしないようにしていた。
自分がやってることが、侑希をキープしてるだけで、自分の元から離れないように縛り付けてるだけだっていう自覚があったから。
そっと背中に回された腕に、どうしようもなく縋りたくなる。
「凛は私のこと、好きなの?」
そう言われて、頭が真っ白になった。一度振ったから、侑希にこの質問をされることは無いものだと思ってた。バクバクしている心臓を落ち着かせながら、必死に逃げ道を探す。
「友達として?」
「今聞いてるのがそういう意味じゃないってことぐらい、分かるでしょ」
あまりにも情けない私の質問は、侑希に淡々と返された。
「…言えない」
それ以上、私から侑希に言えることはなかった。彼女も深く聞いてくることはなかった。
進んでるようで全く進んでない関係値。侑希はいつまで、わがままな私に振り回されてくれるんだろう。
2週間後。
「明日から学校が始まるわ」
ご飯の時そう言っていた侑希は、私の前でバッグにプリントやらパソコンやらを詰め込んでいる。高校の時みたいに教科書はないのかと聞くと、資料は全部データかプリントで配られるんだと言われた。
なんだか別の世界で生きているような気持ちになって、私は静かに自分のスマホに視線を移動させた。
「明日の授業は大変なの?」
「前期とは違う教科だから、まだ分からないの。一応、出席だけちゃんとしてたらテストは楽らしいんだけど」
「そうなんだ。大学始まったら、やっぱり忙しくなるかな?」
「サークルも入ってないしバイトもしてないから、きっと今とそんなに変わらないわ」
「そっか。よかった」
スマホに目を戻す。しばらく画面をスクロールしてエゴサをしていると、「よしっ」と声が聞こえて、準備を終えたらしい侑希が横に座ってきた。ソファーに預けていた体が少し沈む。
こんな日常に、もうすっかり慣れてしまった。
変わらずスマホを覗き続けていると、気になる投稿が目に入る。
[星空蒼って、なんか声高くね」
ひやっと背中に汗が伝うのが分かった。
慌ててコメントしたアカウントのプロフィールを開く。そいつの投稿は、どれもスターセーバーに批判的なものばかり。いわゆる、アンチというやつだ。
根も葉もない嘘や殺害予告など、あんまり悪質なものは見つけ次第事務所に報告するように言われている。今回のは、いいねもあまりついてないし返信も数件。ナツさんに報告するほどのものでもないだろう。
そう思ってなんとなく返信欄をタップした瞬間、私の動きが止まった。
[星空蒼って、本当は女らしいよ。ファンもいつまで騙されてんだか」
うそ、でしょ…。文面を見ただけで、指先が震える。
「どうしたの、凛。何かあった?」
横にいた侑希も、そんな私の様子に気がついたらしく声をかけてきた。
「え、えっと…」
これが、勘で適当に言ってることなら何も問題はない。ちょっと顔が女の子っぽいとか、体つきが男らしくないとか言われることは今までもよくあったから。
でも、そうじゃなかった時。私が女の子だってことがバレたら、うちのグループは一発で終わる。
一体どこからバレたんだ。広まる前に、消さなきゃ。
はてなマークを浮かべてる侑希を置いて、私はソファーから立ち上がった。
「ごめん、ちょっと廊下出る」
「え?ど、どうぞ」
私は部屋を出ると、すぐにナツさんに電話をかけた。
「もしもし」
「あ、ナツさん。ごめん夜に」
「いえ、どうされました?」
「今から送るスクショ、見て欲しいんだけど」
さっき撮ったコメントのスクショをナツさんに送る。彼女がハッと息を呑むのが分かった。
「どうしよう、ナツさん」
「女らしい。って、断定なのが気になりますね。蒼さんがアイドルをしてて、しかも女の子だってことを知ってるのは、周りで家族以外に誰かいますか?」
「えっと…。リーダーと、」
今、扉一枚挟んで向こう側にいる侑希だ。
それを言うべきか、それとも言わないべきか迷う。言えば彼女に何かしらの迷惑がかかることは容易に想像がつく。それに、彼女がこのことを言いふらすはずがない。
それなら、わざわざ言わなくてもいいんじゃないか?
「リーダーの駿さんだけですか?」
追い打ちをかけるように、ナツさんに焦った口調で確認される。
「1人、高校の時の友達も知ってる子がいる…」
言って、しまった。
「なるほど…。これから、事務所の方に連絡します。広まらないうちに消せたらいいのですが」
「うん」
「何か分かり次第連絡しますね」
「分かった。ありがとう」
「失礼します」
電話が切れた。真っ暗になったスマホの画面を見ながら、私は侑希を信じ切れなかった自分に絶望していた。