昼集合だったから、目的地に着く頃には外はだいぶ暗くなっていた。1日目はホテルに泊まるのだが、4人部屋が取れなかったので2人ずつで別れることになっている。
ホテルのロビーで鍵を受け取り、部屋分けをしようとしたところで、「私、海とはやだよー」とゲンナリした顔で沙紀が言った。
「なんでそんなこと言うの!」
「あんた夜、絶対寝かせてくれないじゃん」
「騒がないから!」
言い合いしてる2人を宥めて、4人で手を出す。
「ぐっちょんぱー、でわかれましょっ!」
沙紀と海がチョキを、私と侑希がパーを出した。
「海ちゃんも沙紀ちゃんも、やっぱり仲良しなんだね〜」
「まじかぁ」
「行くよ!沙紀ちゃん!!」
海に引きずられるようにして、沙紀が部屋の方へ引き摺られて行った。
「あの2人、大丈夫かしら」
「大丈夫だよ。なんだかんだ仲良しだからね〜」
「確かにそうね」
「じゃあ侑希ちゃん、お部屋行こっか〜」
「うん」
部屋で荷物を下ろし、順番にお風呂に入った。
まだそこまで遅くないから、寝るまでは時間がある。髪を乾かし終えた結衣に私は声をかけた。
「ねぇ結衣」
「んー?」
「おしゃべりしたい」
ベッドに入って充電器をスマホに繋げていた結衣は、私の声に反応してベッドを降りた。
「横いってもいい?」
「もちろん」
自分のベッドに座っていた私のすぐ横に腰掛けた結衣。その一連の行動のスマートさが、なんだか凛みたいだった。
「彼女さん、怒らなかったの?旅行で、しかも泊まりとか」
「怒らないよ〜。向こうも合宿とかよく行ってるからね」
「そうなんだ」
「うん。前日はちょっと拗ねてたけど、それが逆に可愛かったな」
「へぇー。なんか素敵ね、2人とも。結衣は彼女さんが合宿の時とか、嫌じゃないの?」
「ちょっとは寂しいかなぁ」
「やっぱりそうよね」
私だって、高校の時は凛のまわりによく嫉妬してたから気持ちはよくわかる。
「でも、お互いの行動を縛り合いたいわけじゃないからね。彼女のやりたい事は全部やらせてあげたいし、それをできるだけ応援できたら良いなって思ってるよ〜」
「そういう考えできるって、結衣は大人ね。彼女さんが羨ましいわ」
わたしがそう言うと、結衣が体を横に向けてこっちを見た。どうしたんだろう、と頭を傾げると、彼女はニヤッと笑った。
「さっき言ってた、家に来て料理教えてくれた子、もしかして好きな子?」
「な、なんで分かったの?!」
「ふふっ、なんとなくだよ〜。侑希ちゃん、分かりやすいからなぁ」
自分がそんな分かりやすいなんて自覚はないけど、顔に出てるんだろうか。いや、きっと結衣の洞察眼がすごいだけだろう。
「侑希ちゃんの方は、嫉妬とかされなかったの?」
「え、たぶん。されてないと思うけど」
「本当に?侑希ちゃん意外と鈍感だから、気づいてないだけかもよ〜」
「そうなのかな…」
思い当たる節はない、と思う。旅行に行くことを告げた時も変わった様子はなかったし、楽しんできて、と普通に送り出してくれた。
そもそも私たちは付き合ってないんだし、凛は私のことを恋愛的に好きなわけじゃない。友達には普通嫉妬なんてしないから、私が旅行に行くと言ったところで、凛が嫉妬しないのは当たり前か。
「色々あったみたいだけど、疎遠になったりしないで良かったね〜」
「そうね」
「私、ずっと侑希ちゃんのこと応援してるからね〜」
「ありがと、結衣」
それからしばらく喋りこんでいて、気づけば日付を過ぎていた。座ってるのも面倒になって、同じベッドに寝っ転がって話しているうちに、どちらからともなく眠ってしまったらしい。
電話の音で目が覚める。
「ん、っ……」
手を伸ばしてスマホを取る。スマホには海のアイコンが表示されていて、私は通話ボタンを押した。
「もし、もし……」
「あ、侑希ー!もしかして寝てた?」
「うん……」
「朝ごはんのとこ、なかなか来ないから電話したんだよー。まだ出発までは時間あるけど、せっかくだから4人で一緒に食べようよ!」
「分かった、向かうわ…」
「はーい!じゃ、あとでねー」
「はーい」
電話を切って体を起こす。横では結衣がぐっすり眠っていて、そういえば昨夜、喋りながら2人で寝て落ちてしまったことを思い出した。
「結衣、朝だよ。ご飯食べにいかなきゃ」
彼女の肩を揺すると、彼女の目がゆっくり開かれた。
「ん、っ……。ゆ、きちゃん、?」
「そうよ。おはよう」
「おはよ…。ふふっ、一緒に寝ちゃったぁ」
寝ぼけ眼で、ふにゃむと笑ってそう言う結衣に不覚にもドキッとしてしまった。寝起きの美人は心臓に悪い。
「うん。ベッド、もったいなかったわね」
「へへっ」
「さ、もう起きるわよ」
「はぁーい」
一緒にベッドから降りて、軽く身だしなみを整えて部屋を出た。エレベーターに乗って最上階まで上がり、2人が待つホールに向かう。
「あ、きたきた!」
「2人ともおはよー」
先に席についていた2人に、無事合流できた。泊まったホテルの朝食はバイキング形式で、私たちは自分の食べたいものを各々取って席に戻った。
海の前には、たくさんのプレートが置かれている。たぶん、用意されていた料理を全種類取ったんだろう。
「海、そんなに食べられるの?」
「うん!朝はいっぱい食べなきゃ、力が出ないからねっ」
みんなで手を合わせていただきますをする。口にした朝ご飯は、どれも驚くほど美味しかった。
「沙紀ちゃん、昨日は寝られた?」
結衣が沙紀に訊ねると、彼女は満足げにうんっと頷いた。
「海が騒いだけど、無視して寝たから。しっかり睡眠取れたよ」
口いっぱいに頬張って喋れない海が、不服そうに沙紀の顔を見つめる。
「結衣たちの方は?よく寝られた?」
「うん。おしゃべりしてたら、2人とも寝落ちちゃってね〜。結局同じベッドで寝ちゃった」
「そうなんだ。まぁ、それもそれでいいじゃん!」
ご飯を食べ終えた私たちは一旦部屋に戻って荷物を整えた。今日向かうのは水族館。その後はもう一度このホテルに戻って泊まって、最終日は温泉に行く予定。
この3人といると話が尽きないし、自然体でいられる。中学、高校の時は私の親が学園の理事長だからか、少しだけみんなとの壁を感じていた。声をかけてくれる友達は何人かいるけど、こんなふうに遊べる子達は、凛以外には1人もいなかった。
ここだと、誰も私の親のことを知らないから、変に気を遣われることもなくて心地いい。
そんな空間で、みんなと過ごす時間はあっという間過ぎて行った。
「いやぁー、めちゃ楽しかったね!」
「うん。また4人で来よう」
帰りの電車の中、来年の夏もこうやって旅行に行く約束をした私たち。
電車に揺られていると、おそらくこの4日間で1番エネルギーを消費してそうな海がうとうとし始めた。
「海、眠いの?」
「ううん…」
「ふふっ、眠そうじゃない。1番動いてたんだから、寝てもいいのよ?」
「ん、もっとみんなと、しゃべりたい……」
私の前に座っていた海は、そう言った後ゆっくりと目を閉じて、横に座る沙紀の肩に頭を預けた。
「電池切れみたいだね〜」
そんな彼女の姿を見て、まるでお母さんみたいに微笑む結衣。
そこからは3人で喋っていたけど疲れていたからか、みんなほとんど同時に眠ってしまった。
電車は終点の私たちが集まった駅に止まり、そこで解散となった。
「また会おうね〜」
「ばいばーい」
手を振ってみんなと別れたけど、4日間ずっと誰かといたからか、どこか寂しく感じる。こないだ凛が言ってた「1人だと寂しい」っていうのは、こういうことなんだろう。
こういう時に、凛に会えたらいいのに。
そう思ったけど、今日は普通の平日。凛が来る約束をしている土曜まではあと数日ある。連絡したら、仕事をしている彼女に迷惑をかけてしまいそうで、私はそのまま家へ向かった。