侑希side
私の前で凛が泣いたあの日は、どうなることかと思ったけど、次の週末うちにやってきた彼女は普段通り元気そうで私はほっと胸を撫で下ろした。
「今日は、レシピ見ながらだけど唐揚げ揚げてみたの」
「え!揚げ物まだしたことないよね。大丈夫だった?火傷とかしてない?」
「心配しすぎよ。たぶん上手くできてると思うけど、食べてみて?」
炊き立てのご飯とお味噌汁をテーブルに並べて、2人で手を合わす。
「いただきます!」
「どうぞ」
一口食べるとカリッと音が鳴って、口の中に熱々の肉汁が広がっていく。どうやら上手くできてるみたいだ。
「めっちゃおいしい!!衣がさくさくだし、中のお肉も味が染みてて美味しいよ」
「よかったわ、喜んでもらえて」
凛がたくさん食べてくれて、たくさん揚げた唐揚げはあっという間になくなった。彼女は私よりもたくさん食べてるのにあんなに細いんだから、ちょっと羨ましい。
2人でテレビの前に座っておしゃべりをして、まったりした時間を過ごす。
「明日は仕事?」
「ううん。侑希のうちに泊まりに行った次の日は、毎週休みにしてもらったんだ」
「え、いいの?」
「うん。今までずっとほとんど休みを取らなかったから、マネージャーは逆に喜んでたよ。それに、せっかく泊まらせてもらえるんだから、侑希とたくさん過ごしたいしね」
次の日バタバタして仕事へ向かう凛を見送るよりは、その方がいいだろう。彼女の話に、私まで嬉しくなった。
1人ずつお風呂を済ませていると、あっという間に日付が回りそうな時間になっていた。凛と過ごすと1人で過ごしている時の何倍ものスピードで時間が過ぎていく。
「そろそろ寝る?」
「んー、もっとしゃべろうよ」
「お布団の中でも喋れるから」
「はーい」
渋々といった様子でベッドに向かう凛。
ようやく2人でベッドに潜り込むと、私はこの前寝た時みたいに凛に背中を向けた。流石に、向き合って寝るのは心臓に悪い。
また何か言われるかと思ったけど、侑希は背中越しにクスッと笑って、静かに私のお腹に手を回しただけだった。
「侑希は一人暮らししてるけどさ、夜、1人になって寂しいとか思わないの?」
「うーん。実家にいても大体夜はひとりだったから、あんまり思わないわ」
「へぇ〜、すごいや。私だったらすぐにホームシックになっちゃいそう」
元から持ってなかったら、欲しいとは思わない。自分の家族に不満があるわけじゃないし、お父さんやお母さんに大事にされてるってことはよく分かる。
でももし、凛のように毎日顔を合わせられるようなあったかい家族に囲まれて育ったのなら、私は一人でいることを寂しがったりしてたんだろうか。
ふと頭に浮かんだそんな疑問に気を取られていると、凛が喋り始めた。
「私ね、初めて侑希の家に行って、侑希が夕ご飯とか1人で食べてるって知った時、すっごく驚いたんだ。絶対に寂しいだろうなって思って」
「そんなこと考えてたの?」
「うん。しかも侑希は、そんなの当たり前みたいです顔しててさ」
「だって本当に、いつものことだったんだもの」
「そのくせして、私が夕ご飯は家で食べるから帰るねって言ったら、侑希はすっごく寂しそうな顔してて。その時私は、ずっとこの子のそばにいてあげなきゃなって思ったんだ」
「私、そんな寂しそうな顔してたの?」
「うん。なんかね〜、あの時の侑希は置いて行かれた犬みたいだったよ笑」
カァーっとみるみるうちに顔が赤くなる。
こんな顔、凛に見られてなくてよかった。
「ねぇ侑希、もし寂しくなったら言ってね。すぐ会いにくるから」
「ならないわよ」
強がったけど、こんな幸せな時間を知ってしまったら、2人で過ごす夜に慣れてしまったら、きっと私はひとりでいるのが寂しくなってしまう。
これから凛と過ごす未来は、楽しみなはずなのにちょっぴり怖い。
そんなことを考えてるうちにどんどん頭が働かなくなってきて、私は気づいたら寝てしまっていた。
凛が来るようになって数週間経った9月の半ば。
久しぶりに、海からグループラインにメッセージが来ていた。
[そろそろ、旅行行くかー!]
そういえば、夏休みが始まる前にそんな約束をしていた。
海からは次々と、どこに行きたいかの候補が送られてきて、それを沙紀がまとめてくれたおかげで、旅行の計画は私が何かしなくてもどんどん進んでいった。
「凛、来週は会えないわ」
「どうして?」
私が声をかけると、お皿を洗ってくれていた凛が驚いた顔ですぐにこっちを振り向いた。
「旅行行くから、いないの」
「え、誰と?」
「大学の友達よ」
「それって泊まりなの?何泊?」
「木曜日から、3泊4日。だから来週の土曜日は会えないわ」
「ふぅ〜ん。わかった」
「ごめんね」
「ううん、楽しんできて」
凛は、どこか心のこもってなさそうな返事をして、すぐに皿洗いに戻った。
旅行当日。
約束の時間ぴったりに私が待ち合わせの場所に着くと、結衣と沙紀はもうすでに来ていた。
「おっ!侑希きた!」
「侑希ちゃん、会うの久しぶりだねぇ〜」
「久しぶり。遅れるかと思ったけど、間に合ってよかったわ」
2人に迎えられたあと、キョロキョロ周りを見渡すが、海の姿が見えない。
「あれ、海は?」
「あいつ、まだ来てないんだよ」
「何かあったのかしら」
「いや、たぶん普通に寝坊とかじゃない?海のことだから」
呆れたようにそう呟く沙紀。
「電車の時間までに余裕持たせといて良かったね〜」
いつも通りほわほわしてる結衣が時刻表を見ながらそう言う。しばらく3人で喋っていたが、電車が出る5分前になっても海は来なかった。
「そろそろ海、やばいんじゃない?」
「うん。電話する?」
私たちの間に緊張が生まれ始めたちょうどその時、改札から大きな荷物を持ってこちらに走ってくる海の姿が見えた。
「ごっめ〜んっ!!遅れた!!」
「あんた何してんのよ、早く電車乗るわよ!」
4人で急いで乗り込んだ数秒後に電車が出発した。ボックス席で荒い息をしているみんなと、ケロッとしている海。
あまりにも見慣れた光景に、思わず笑ってしまう。
「どの服持って行こうか悩んでたら遅れちゃったぁ」
「海ちゃん、ギリギリだったねぇ〜」
「この先が思いやられるわ…」
悪びれる様子もない海と、そんな彼女に世話を焼く沙紀の姿を見て、私と結衣は顔を見合わせて、くすっと笑った。
電車の中では、夏休みに何をしていたかの話で持ちきりだった。
「私は家にずっといるのもつまんないから、バイトやってたんだ」
「え、海が?!あんた仕事とかちゃんとできるの?」
驚いてる沙紀に、腕を組んだ海が自慢げに答える。
「できるよ!短期バイトだからもう終わったんだけどね」
「何してたの?」
「図書館の入り口で、入ってくる人に挨拶したり、ゲートに引っかかってる人に声かける仕事。人あんまり来ないから、ほとんど座って本読んでたけど」
「なにそれ、めっちゃ楽じゃん」
「そうだよ〜ん」
結衣は家族旅行で海外に行ってたみたいだし、沙紀は部活の大会があって準優勝したらしい。
「侑希は何してたの?」
「えっと、」
夏休みは、凛と一緒に過ごした思い出しかない。
「友達に料理教えてもらってた」
そう言うと、海が目をまんまるくしてこちらへ身を乗り出してきた。
「えっ、なにそれすごい!じゃあ、頼んだらなんでも作れるの?」
「ううん。今までが出来なさ過ぎただけだから。やっと人並みになったの」
「それでもすごいじゃん!えー、私も侑希の作った料理食べたい!」
「わざわざお家まで来て、教えてくれるなんて、優しい友達なんだね」
沙紀にそう言われて、私は素直にうんっと頷いた。
昼集合だったから、目的地に着く頃には外はだいぶ暗くなっていた。1日目はホテルに泊まるのだが、4人部屋が取れなかったので2人ずつで別れることになっている。
ホテルのロビーで鍵を受け取り、部屋分けをしようとしたところで、「私、海とはやだよー」とゲンナリした顔で沙紀が言った。
「なんでそんなこと言うの!」
「あんた夜、絶対寝かせてくれないじゃん」
「騒がないから!」
言い合いしてる2人を宥めて、4人で手を出す。
「ぐっちょんぱー、でわかれましょっ!」
沙紀と海がチョキを、私と侑希がパーを出した。
「海ちゃんも沙紀ちゃんも、やっぱり仲良しなんだね〜」
「まじかぁ」
「行くよ!沙紀ちゃん!!」
海に引きずられるようにして、沙紀が部屋の方へ引き摺られて行った。
「あの2人、大丈夫かしら」
「大丈夫だよ。なんだかんだ仲良しだからね〜」
「確かにそうね」
「じゃあ侑希ちゃん、お部屋行こっか〜」
「うん」
部屋で荷物を下ろし、順番にお風呂に入った。
まだそこまで遅くないから、寝るまでは時間がある。髪を乾かし終えた結衣に私は声をかけた。
「ねぇ結衣」
「んー?」
「おしゃべりしたい」
ベッドに入って充電器をスマホに繋げていた結衣は、私の声に反応してベッドを降りた。
「横いってもいい?」
「もちろん」
自分のベッドに座っていた私のすぐ横に腰掛けた結衣。その一連の行動のスマートさが、なんだか凛みたいだった。
「彼女さん、怒らなかったの?旅行で、しかも泊まりとか」
「怒らないよ〜。向こうも合宿とかよく行ってるからね」
「そうなんだ」
「うん。前日はちょっと拗ねてたけど、それが逆に可愛かったな」
「へぇー。なんか素敵ね、2人とも。結衣は彼女さんが合宿の時とか、嫌じゃないの?」
「ちょっとは寂しいかなぁ」
「やっぱりそうよね」
私だって、高校の時は凛のまわりによく嫉妬してたから気持ちはよくわかる。
「でも、お互いの行動を縛り合いたいわけじゃないからね。彼女のやりたい事は全部やらせてあげたいし、それをできるだけ応援できたら良いなって思ってるよ〜」
「そういう考えできるって、結衣は大人ね。彼女さんが羨ましいわ」
わたしがそう言うと、結衣が体を横に向けてこっちを見た。どうしたんだろう、と頭を傾げると、彼女はニヤッと笑った。
「さっき言ってた、家に来て料理教えてくれた子、もしかして好きな子?」
「な、なんで分かったの?!」
「ふふっ、なんとなくだよ〜。侑希ちゃん、分かりやすいからなぁ」
自分がそんな分かりやすいなんて自覚はないけど、顔に出てるんだろうか。いや、きっと結衣の洞察眼がすごいだけだろう。
「侑希ちゃんの方は、嫉妬とかされなかったの?」
「え、たぶん。されてないと思うけど」
「本当に?侑希ちゃん意外と鈍感だから、気づいてないだけかもよ〜」
「そうなのかな…」
思い当たる節はない、と思う。旅行に行くことを告げた時も変わった様子はなかったし、楽しんできて、と普通に送り出してくれた。
そもそも私たちは付き合ってないんだし、凛は私のことを恋愛的に好きなわけじゃない。友達には普通嫉妬なんてしないから、私が旅行に行くと言ったところで、凛が嫉妬しないのは当たり前か。
「色々あったみたいだけど、疎遠になったりしないで良かったね〜」
「そうね」
「私、ずっと侑希ちゃんのこと応援してるからね〜」
「ありがと、結衣」
それからしばらく喋りこんでいて、気づけば日付を過ぎていた。座ってるのも面倒になって、同じベッドに寝っ転がって話しているうちに、どちらからともなく眠ってしまったらしい。
電話の音で目が覚める。
「ん、っ……」
手を伸ばしてスマホを取る。スマホには海のアイコンが表示されていて、私は通話ボタンを押した。
「もし、もし……」
「あ、侑希ー!もしかして寝てた?」
「うん……」
「朝ごはんのとこ、なかなか来ないから電話したんだよー。まだ出発までは時間あるけど、せっかくだから4人で一緒に食べようよ!」
「分かった、向かうわ…」
「はーい!じゃ、あとでねー」
「はーい」
電話を切って体を起こす。横では結衣がぐっすり眠っていて、そういえば昨夜、喋りながら2人で寝て落ちてしまったことを思い出した。
「結衣、朝だよ。ご飯食べにいかなきゃ」
彼女の肩を揺すると、彼女の目がゆっくり開かれた。
「ん、っ……。ゆ、きちゃん、?」
「そうよ。おはよう」
「おはよ…。ふふっ、一緒に寝ちゃったぁ」
寝ぼけ眼で、ふにゃむと笑ってそう言う結衣に不覚にもドキッとしてしまった。寝起きの美人は心臓に悪い。
「うん。ベッド、もったいなかったわね」
「へへっ」
「さ、もう起きるわよ」
「はぁーい」
一緒にベッドから降りて、軽く身だしなみを整えて部屋を出た。エレベーターに乗って最上階まで上がり、2人が待つホールに向かう。
「あ、きたきた!」
「2人ともおはよー」
先に席についていた2人に、無事合流できた。泊まったホテルの朝食はバイキング形式で、私たちは自分の食べたいものを各々取って席に戻った。
海の前には、たくさんのプレートが置かれている。たぶん、用意されていた料理を全種類取ったんだろう。
「海、そんなに食べられるの?」
「うん!朝はいっぱい食べなきゃ、力が出ないからねっ」
みんなで手を合わせていただきますをする。口にした朝ご飯は、どれも驚くほど美味しかった。
「沙紀ちゃん、昨日は寝られた?」
結衣が沙紀に訊ねると、彼女は満足げにうんっと頷いた。
「海が騒いだけど、無視して寝たから。しっかり睡眠取れたよ」
口いっぱいに頬張って喋れない海が、不服そうに沙紀の顔を見つめる。
「結衣たちの方は?よく寝られた?」
「うん。おしゃべりしてたら、2人とも寝落ちちゃってね〜。結局同じベッドで寝ちゃった」
「そうなんだ。まぁ、それもそれでいいじゃん!」
ご飯を食べ終えた私たちは一旦部屋に戻って荷物を整えた。今日向かうのは水族館。その後はもう一度このホテルに戻って泊まって、最終日は温泉に行く予定。
この3人といると話が尽きないし、自然体でいられる。中学、高校の時は私の親が学園の理事長だからか、少しだけみんなとの壁を感じていた。声をかけてくれる友達は何人かいるけど、こんなふうに遊べる子達は、凛以外には1人もいなかった。
ここだと、誰も私の親のことを知らないから、変に気を遣われることもなくて心地いい。
そんな空間で、みんなと過ごす時間はあっという間過ぎて行った。
「いやぁー、めちゃ楽しかったね!」
「うん。また4人で来よう」
帰りの電車の中、来年の夏もこうやって旅行に行く約束をした私たち。
電車に揺られていると、おそらくこの4日間で1番エネルギーを消費してそうな海がうとうとし始めた。
「海、眠いの?」
「ううん…」
「ふふっ、眠そうじゃない。1番動いてたんだから、寝てもいいのよ?」
「ん、もっとみんなと、しゃべりたい……」
私の前に座っていた海は、そう言った後ゆっくりと目を閉じて、横に座る沙紀の肩に頭を預けた。
「電池切れみたいだね〜」
そんな彼女の姿を見て、まるでお母さんみたいに微笑む結衣。
そこからは3人で喋っていたけど疲れていたからか、みんなほとんど同時に眠ってしまった。
電車は終点の私たちが集まった駅に止まり、そこで解散となった。
「また会おうね〜」
「ばいばーい」
手を振ってみんなと別れたけど、4日間ずっと誰かといたからか、どこか寂しく感じる。こないだ凛が言ってた「1人だと寂しい」っていうのは、こういうことなんだろう。
こういう時に、凛に会えたらいいのに。
そう思ったけど、今日は普通の平日。凛が来る約束をしている土曜まではあと数日ある。連絡したら、仕事をしている彼女に迷惑をかけてしまいそうで、私はそのまま家へ向かった。
家に帰ってお風呂に入り、今日は早めに寝ようと、ベッドに入ったところで、LINEに通知が入った。
[侑希、旅行終わった?]
凛から送られてきたそれに、すぐに[うん]と返信をする。
[今日、会いに行ってもいい?]
思わず、眠くて細くなっていた目が開いた。私だってちょうど、会いたいなとは思っていたけど…。何も用意ができてない。
[ご飯とか、作ってないよ?]
[もう食べたから]
[泊まり?]
[迷惑じゃなかったら]
[分かった、待ってる]
そう返信して5分も経たないうちに、インターホンが鳴った。
「ごめんね、急に」
「早かったわね」
「今日のスタジオいつものとこじゃなくて、この辺でさ。ちょうど近く通りかかったから」
「そうだったの」
「汗かいたから、先にお風呂借りるね」
「うん」
私はクローゼットを開けて、うちに当たり前に置かれるようになった凛のパジャマや下着のセットを取り出した。そしてそれを凛に渡すと、彼女は急いでお風呂へ向かった。
眠いけど、しゃべりたいことがたくさんある。私は凛がお風呂を上がるまで、寝てしまわないようにベッドの上で身体を起こしていた。
少ししてお風呂を上がってきた凛。髪をタオルでクシャクシャと乾かしている姿がカッコよくて、私はぼんやりと彼女のことを見つめていた。
凛はそんな私に気づくなり、優しく微笑んでこちらに近づいてきた。そのまま彼女の手が私の頭に伸びて、やさしか撫でられる。いつもは強がって拒否するけど、今は眠いからそんな気も起きない。大人しく、凛の手を受け入れた。
「眠そうだね。上がるの待っててくれたの?」
「うん」
「ふはっ、かわいいなぁ。たくさん話そうね」
2人で並んでベッドに座る。
「旅行、どうだった?」
「楽しかった。温泉も気持ちよかったし、」
「温泉?!」
驚いた凛の声に私までびっくりして、ちょっぴり目が覚めた。
「3日目の夜は、温泉街のちょっと良い宿に泊まったんだけど、そこにある露天風呂、ちっちゃい滝みたいなのが流れてたの。すごいでしょ」
「うん、すごい」
「夜ご飯もすっごく美味しかったし、夜みんなで寝るのが修学旅行みたいで楽しかったわ。友達と寝落ちて、同じベッドに寝たりとか」
「ふぅーん」
凛が聞くから答えたんだけど、私が話せば話すほど、彼女は興味なさげに頷くようになった。だからこの話は辞めようとするんだけど、凛はしつこく詳細を聞いてくるから、答えるしかない。
「ホテルのお風呂も一緒に入ったの?」
「1日目は別だったわ。でも、2日目は誘われたから一緒に入った」
「誘われたって、なんって?」
「普通に、一緒に入ろって」
「なんで?」
「なんで、って?え、変なとこあった?」
「知らない」
お風呂の話をすると、凛はついにプイッと顔を背けてしまった。そんな彼女の気を引きたくて、私は声をかける。
「凛、アイス買ってあるんだけど、食べる?」
「いらない」
いつもは絶対飛びつくのに。どうして不機嫌なのか分からず1人であたふたしていると、旅行中に結衣が言っていたことがふと頭をよぎった。
そんなはずないけど、まさか…。
「もしかして凛、嫉妬してる?」
私がそう聞くと、凛はムッとした表情でこっちを見た。
「はぁー?してないんですけどっ」
「だって自分から聞いてきたくせに、お風呂の話であからさまに不機嫌になるし。どうみたって、拗ねてるでしょ」
「拗ねてなんかないし」
「そうなの?」
「……もうねる」
いよいよ布団に潜り込んでしまった凛。うーん。色々考えてみたけど、嫉妬してるんじゃないなら私にはよくわからない。
とりあえず私もベッドまで行き、凛の横に寝っ転がった。
タオルケットに包まってる凛の肩を叩くと、彼女はのそっと顔だけ出した。
「侑希は誰とでも寝ちゃうんだ」
「そんな言い方しないでよ。ただの友達なんだから、別におかしいことじゃないでしょ?」
「じゃあ、大学の友達がただの友達なら、私はなに?」
「凛も…友達でしょ」
「ふーん」
「凛がそれを聞くのはずるいわ。どんな反応をして欲しくて、そんなこと聞いてるの?逆に、なにって答えたら正解なのよ」
「知らない」
あーもう。本当に、凛はなんのつもりなんだろう。
うちにやってきたあの日、友達でいることを要求してきたのはそっちなのに。
私だって、言えるなら言いたい。私の気持ちに名前をつけて、それをあなたが迷惑だって思わないのなら、今すぐに言いたいのに。
私が何も喋らないでいると、凛がタオルケットに包まったままぎゅっと抱きついてきた。
「ごめん。やなこと言った」
「別に、気にしてないわ」
その背中を布越しにさすってやる。私の前で泣いたあの日から、ちょっとずつ弱いところを見せてくれるようになった彼女に、愛おしさは増す一方だ。
「私、ずっとキープしてて。そのくせこんなこと聞くなんて、最低だ」
キープしてるって、自覚はあったんだ。それなら、確かめたいことは一つだけ。
「凛は私のこと、好きなの?」
そう聞くと、少し間が空いた。
「友達として?」
「今聞いてるのがそういう意味じゃないってことぐらい、分かるでしょ」
「…言えない」
言えない、か。
言えないっていうその言葉に、含まれてる彼女の真意が何なのか分からない。友達としてしか好きじゃないけど、私を傷つけないために言ってるのか。それとも、恋愛として好きだけど、なにか言えない理由があるのか。
もし後者だとして、言えない理由っていったい何なんだろう。ただ私に気持ちを伝えるだけで、変わってしまうなにかがあるのか。
全く想像もつかないけど、凛のことだからふざけた理由じゃないことは確かだ。
私は凛に抱きしめられたまま、彼女の寝息が聞こえ始めるまで背中をさすっていた。