好きな子に自分の弱った姿なんて、絶対見せたくなかったのに。
カラオケに行ってスターセーバーの曲を歌った私を、侑希は文字通り、キラキラした目でわたしを見つめてくれた。彼女の期待に応えられたのも、アイドルの自分をまだ好きでいてくれたのも、本当に嬉しかった。
だから明日からの仕事もなんだって頑張れそうだって、その時はそう思ってた。
それなのに、帰り際になって急に侑希から「もう、うちに来なくてもいい」と言われ、私の頭は真っ白になった。もともと、いつか終わりが来ることは分かっていたけど、心の準備ができていたわけじゃない。
その後、彼女が私のことを心配してくれての発言だと分かった後も、グサッと胸に刺さった何かが、どうしてかなかなか消えてくれなかった。
悲しいことなんて何もないはずなのに、侑希はいつだって私のことを考えてくれてるのに。
何が悲しくて、本当はどうしたいのか。ごちゃごちゃになった頭では何も考えられなかった。
胸がよく分からないものでいっぱいになっていく。こんなにたくさんの人に応援されて、満たされてるはずなのに、一番大事な何かがずっと空っぽのままだった。
路地でずっと手を握ってくれた侑希の前で、私は久しぶりに声を上げて泣いた。
コトンっと、テーブルにあったかいココアが置かれた。
ありがとう、と呟いて侑希の方を見上げると、彼女はハッとした顔をしてキッチンの方へ行ってしまった。
ココアに口をつけて戻ってくるのを待っていると、ハンカチに包んだ保冷剤を持った侑希がやってきた。
「目冷やさないと、明日大変なことになっちゃうわ」
優しく押さえるように目に当てられた保冷剤が、ひんやりと冷たくて気持ちよかった。
「ごめん…」
「なにが?」
「いろいろ、してもらっちゃって」
「ううん。弱ってる凛なんて珍しいから、ちょっと新鮮で可愛いわ」
「優しいね、侑希は」
私の言葉に侑希はフルフルと首を振った。
「優しくなんてないわ。もしそうだとしたら、凛のおかげよ」
「そうなの?」
「ええ。私がこんなになっちゃうのは、凛の前だから」
普段は素直じゃないくせに、こんな時だけ照れる事なく私が欲しい言葉をくれる。そういうところがやっぱり優しいんだよ、侑希は。
「スターセーバーの仕事、しんどいの?」
「ううん。アイドルの仕事は楽しいんだ。ステージに立ってたくさんの歓声を浴びながらキラキラしてる自分も、観客席で私に夢中になってるファンのみんなも、大好きだから」
レッスンは大変だけど嫌だなって思うことはない。今以上にもっと大きなグループになりたいし、まだ叶えてない夢だってたくさんある。それを叶えるまでは、私はこの仕事に飽きることはないんだと思う。
「じゃあ、どうして」
「なんだろう。なんか、分かんなくなっちゃった」
「分かんない?」
「うん、分かんない」
「そっか…」
自分の気持ちがよく分からない。考えたって、足りないピースがなんなのかを当てることができない。
私の気持ちは、これ以上に何を望んでいるんだろう。
「侑希、ハグしていい?」
気がつけばそんなことを口に出していた。私の言葉に侑希は小さく頷いて腕を広げてくれた。
モゾモゾと近づけば、身体ごと腕の中に収められる。
好きって言葉は、もうお互いに口には出せない。それならそれに代わるぴったりな言葉があればいいのに。いや、言葉なんてなくても、この気持ちがそのまま直接侑希に伝わってくれたらいいのに。
そう思いながら彼女の肩に顔を埋めた。優しくさすられる背中があったかかった。
「もう大丈夫だよ。ありがとね、侑希」
「ううん」
「明日からどうする?」
「凛が良かったら、週に一回うちに来て泊まるとか、そういう感じにするのはどう?その日のご飯は私が作るし」
「嬉しいけど、そんなに頼っちゃって本当にいいの?」
「もちろん。会える頻度が減るのは寂しいけど、今日みたいに泊まりに来てくれるのは嬉しいわ」
優しく微笑んでくれた侑希にもう一度だけ甘えたくなったけど、グッと堪えた。
帰り際、玄関までわざわざ見送りに来てくれた侑希を振り返る。
「ねぇ侑希」
「ん?」
「これからも、私のこと応援してくれる?」
「当たり前じゃない。友達なんだから」
侑希ははっきりと口にだして、そう言った。私もその笑顔に答えるようにうんっ、大きく頷いた。
友達。それはきっと呪いの言葉だ。
自分でかけたこの呪いは、私がアイドルを辞めるまで、絶対に解けてくれない。そして、侑希がそれまでずっと私のことを待ち続けてくれる保証はどこにもないんだ。