次の日、カーテンから漏れる光が顔に当たって、わたしは目を覚ました。
結局、凛に抱きしめられたまま眠ってしまったらしい。後ろからは相変わらず気持ちよさそうな寝息が聞こえる。
今何時だろう。そう思い、すぐ近くにあったスマホに手を伸ばして時間を確認する。
8時37分。
意外と早く起きてしまった。
ぐるんと凛の腕の中で身体をひっくり返して、彼女と向かい合う。近くにある彼女のほっぺが何故だかひどく魅力的に見えて、わたしは寝ぼけたまま、そのほっぺにちゅっと小さなキスを送った。
そうして、もう一度寝ようと思い目をつぶったけど、さっきやったことが頭の中をぐるぐるして、寝付けそうもない。眠気はどこかへ行ってしまったし、もういっそ起きてしまおうか。
ぐっすり眠っている凛を起こしてしまわないように、私は抱きつかれている腕からそっと抜け出して、ベッドから降りた。
抱えるものをなくした彼女の手はストンと下に落ちて、その弾みに凛はくるっと寝返りを打って、顔に光が当たらない方向を向いた。
無理に起こさず、自然に目が覚めるまでは寝かせてあげよう。私は彼女にタオルケットを掛け直してあげて、キッチンへ向かった。
冷蔵庫の中を物色して、朝ご飯になりそうなものを探す。
朝だから軽いものがいいだろう。
サンドイッチなら準備だけしておけば、凛が起きた時にすぐ食べられる。そう考えた私は、レタスとトマト、ベーコン、それから卵を取り出した。
フライパンを火にかけて、全体に油を薄くひく。手をかざして、フライパンがあったまってきたのを確認して、卵を割り入れた。前は卵を割ることすらままならなかったのに、今では黄身が破れることなく、綺麗に4つ分の卵がフライパンの中に収まった。
横の余ったスペースにベーコンを放り込むと、ジューっと気持ちのいい音が聞こえてくる。両方に塩コショウで軽く味付けした後、少し水を入れて蓋をした。
焼いてる間にトマトを切って、レタスをちょうどいい大きさにちぎる。パンにマヨネーズとマスタードを塗って、その上にレタス、薄切りしたトマトを乗せた。
フライパンの中を確認すると、ベーコンはいい焼き色がついてるし、卵はちゃんと半熟に焼けている。
それらも取り出して用意していた野菜の上に乗せて、パンで挟んだら、あっという間にサンドイッチの出来上がり。私の分も同じように作って、朝食が2人分出来上がった。
ここまでかかった時間は、わずか20分。自分の成長に感動した。
凛はまだ起きてなさそうなので作ったサンドイッチをラップで包んで、冷蔵庫の中に入れておいた。
リビングに戻り、凛が寝ているのを確認してソファーに座る。これといってすることもないから、読みかけの本に手をつけた。
12時の鐘がなってから時計が半周した頃。
読みかけの本も全部読み終えた私は、後ろにあるベッドを振り返った。
寝ているとばかり思っていたはずの凛は、こちらを向いていて、バッチリと目が合う。
「うわっ!」
「ふへっ、おはよぉ」
「い、いつから起きてたの?」
「ん。いまぁ〜」
身体を起こして、あくびをしながらぐぅーんっと背伸びをする凛。その様子から、どうやら彼女の言っていることは本当らしい。
「いまなんじ?」
「もう12時半よ。サンドイッチ作ったけど、食べる?」
「ほんとに?!食べる!!」
「今持ってくるわ」
ガバッとタオルケットから出てきた凛が顔を洗いに行ってる間に、わたしは冷蔵庫からサンドイッチを取り出して、ミルクをコップに注いだ。
「わ、美味しそう!食べていい?」
「もちろん」
「いただきまーす!」
パクッと一口頬張った凛は、目をキラキラ輝かせて、うぅーん!っと唸った。
「どう?」
「めちゃくちゃ美味しい。侑希ってもしかして天才?」
「褒めすぎよ」
「いやいや。今まで食べたサンドイッチの中で、一番美味しいもん」
凛はパクパクと食べ進めて、あっという間に結構大きめなサンドイッチを食べ終えてしまった。
「ごちそうさまでした!」
パチンっと大きな音を立てて手を合わせた凛に驚いて、思わずビクッと身体が跳ねた。
「朝から元気ね。寝起き悪いタイプかと思ってた」
「うーん。いっつもは悪いんだけど、今日は何故か良かった。いっぱい寝たからかな?」
「それなら良かったわ」
「ご飯とか、いろいろありがとね。休みだから、侑希とたくさん過ごせて良かった」
真っ直ぐに私の目を見つめて、微笑みながらそう言う凛。私だって楽しかったけど、そんな素直に言えるほど、私はまだ前みたいに彼女に心を開けていない。
彼女の言葉にうんっと、頷くだけで精一杯だった。
凛が休みなんて滅多にないから、欲を言うならどこかに2人でお出かけをしたい。そう思ってると、彼女のほうが先に口を開いた。
「まだお昼だけど、一緒にどこか出かける?」
「私も誘おうと思ってたところよ」
「へへっ、考えてることも一緒だね」
オフだからか、凛はいつもよりふにゃふにゃしてて可愛い。
「侑希はどこか行きたいとこある?」
「うーん。あんまり思いつかないわ」
「じゃあさ、カラオケ行かない?前に行けなかったから」
そんなこともあったっけ。
あれは仲良くなりたての頃だったから、もう一年以上も前のことだ。仕事があるからと、カラオケに行く約束を断った凛が遥香ちゃんと歩いてるのを見て、私が勝手に勘違いしたやつ。あの後、拗ねて連絡を返さなかった私を心配した凛が、わざわざ家まで来てくれて、泣いてる私を抱きしめてくれたんだっけ。
随分前のことだから、カラオケの件はすっかり忘れていた。
「懐かしい。よく覚えてたわね」
「忘れないよ。侑希との大事な思い出なんだから」
過去の思い出を振り返るような遠い目をして、凛はそう言った。簡単にそんなことを言えてしまう彼女が、わたしは羨ましかった。