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第25話 (凛side)

夏休みが半分くらい過ぎた頃、来週に控えているライブの全体レッスンを終えた私は、ドサっと控え室のソファーに腰を下ろした。机に置きっぱなしになっていたスマホを見ると、侑希からLINEが来ている。

[来週のライブが終わったら、仕事落ち着く?]

スケジュールを確認すると、ライブの翌日から3日ほど空きがあった。

[空いてるよ。ライブの次の日会える!]

[次の日は疲れてるんじゃない?]

[大丈夫。朝から会おうよ]

[本当に?!嬉しい]

メッセージと一緒に、もうすっかり見慣れたうさぎの喜んでいるスタンプが送られてきた。これで一週間は、なんとか頑張れそうだ。

「蒼、おつかれ〜」

ポフっと頭を撫でられる。声の主を見上げると、さっきまで一緒にレッスンをしていた颯太だった。私のスマホと私の顔を、交互に見ながら笑ってる颯太に何かを言われる前に、慌ててスマホの電源を消す。

「ち、違うって」

「俺、何も言ってないけど」

ニヤニヤしながらそう言って、ストンっと私の横に座ってきた颯太。

「最近、忙しすぎない?」

「ほんとそれ」

「俺、ほとんど高校行けてないんだけど。出席ギリギリで、担任がうるさいんだよなぁ」

「僕の学校は先生が理解してくれてるから、何も言われない」

「まじで?羨ましすぎる。こうやって有名になるのも考えものだよなぁ」

「うん。応援してくれる人が増えるのはもちろん嬉しいけどさ。毎日毎日、顔バレしないかヒヤヒヤしてる」

「え、蒼は学校でまだバレてないの?」

「うん。普段は前髪下ろしてるから」

まさか私が、前髪を下ろしてるだけじゃなくて、スカートを履いてるなんて、颯太は考えもしないだろう。

「まぁ、なんか蒼って、ちょっと女の子っぽいもんな」

「なっ、違うんですけど」

「声高めだし、背も低いし。全体的にちっこくて可愛いよな」

「もー、颯太うるさい。どっかいけ」

「はいはい、んじゃ、おつかれさーん」

なんでもないような顔でひらひらと颯太に手を振って、控え室を出ていく彼を見送った。

扉が閉まると同時に、はぁっとため息をついた。さっきの颯太の言葉には流石にヒヤッとした。今まであまり言われる事はなかったが、他のメンバーも、私のもしかすると違和感に気づいているのかもしれない。

いつか、私が女の子ということがバレる日が来るのだろうか。もしもバレてしまったら、きっとここで活動を続けることは不可能だ。アイドルでいるためには、絶対に、誰にもバレないようにしないと…。



ライブ当日。本番30分前に、舞台裏からちらっと会場を見ると、たくさんのファンの子達が自分の推しのグッズを持っているのが見えた。私のメンバーカラーの青色のペンライトもたくさん見える。鮮やかなその光景に、どうしようもなく胸が高鳴るのがわかった。

今回のチケットの倍率は20倍と聞いていたが、それにも頷けるぐらいの数のファンが会場に来ていた。日本で一番大きいと呼ばれているこのホールがあっという間に埋まってしまうくらいになったんだから、なんだかファンの数だけが一人歩きしているような気がしなくもない。

いや、そんなことを言われないように、今日は頑張らないと。パチンっと両方のほっぺを叩いて、私はみんなが待機している舞台袖の方へ歩いて行った。




「いやぁー、おつかれ!」

「「「おつかれー」」」

ライブは滞りなく進み、アンコールを終えた私たちは、ほとんどフラフラの状態で控え室に戻った。メンバーの全員がソファーにどさっと倒れ込む。2時間ぶっ通しで歌って踊ったんだから、全員の額に汗が滲んでいる。

「みなさん、お疲れ様でした!本当に、最高のライブでしたね」

マネージャーがやってきて、一人一人にドリンクを渡しながら労いの言葉をかけてくれた。その後、リーダーがみんなに声をかけると、疲れてソファーに倒れていたみんながゆっくりと体を起こした。

「おつかれさま!思ってた以上に盛り上がって、最初から最後まで、本当に最高のライブだった。誰か1人が欠けてたら、こんなに素晴らしいライブは出来なかった。みんなのおかげだ、ほんとにありがとう。ファンも増えてきて、こっからもっと忙しくなると思うけど、みんなで励まし合いながらもっと上を目指していこう。今日は本当に、お疲れ様でした」

「「「お疲れ様でしたー!!」」」

リーダーが喋り終わったと同時に、颯太が声を上げた。

「そんじゃこの後、打ち上げ行く人ー?!もちろん、リーダーの奢りで笑」

「おい、なんでだよっ」

「ダメですかー?」

「んー、まぁ。今日ぐらいは奢ってやるよ!」

「よっしゃー!」

本当はすぐにでも帰って寝たかったけど、みんなが行くと言うのでなんとなく断りきれず、私も一緒に行くことにした。


一緒に行ったマネージャー達や、すでに成人しているメンバーはお酒を飲んでいたため、打ち上げから家に帰った時には12時を過ぎていた。

ふぁ〜とあくびをしながら玄関を開けて、暗い廊下を音を立てないように歩いて、洗面所へと向かった。

さっとシャワーだけ浴びて、簡単にスキンケアを済まして自分の部屋に行くと、私はすぐにベッドに飛び込んだ。明日は久しぶりに侑希に会える。LINEでも満足に話せてなかったから、楽しみでたまらない。明日の事をいろいろ想像して、ワクワクしながら目を瞑ると、私はすぐに眠ってしまった。



目が覚めて、横に置かれたスマホをとる。ぼやけた9:30の表示が目に入る。侑希との約束は確か…10時だっけ?

ってことは、、、あと30分?!

パッとタオルケットを払って飛び起きた。スマホをつかんで、階段をダッシュで降りる。キッチンに滑り込むと、お母さんが驚いた顔をしてこちらを振り返った。

「あら、今日予定があるの?」

「うんっ。ご飯出来てる?」

「うん。今出すわね」

お母さんが冷蔵庫から出したホットサンドをレンジで温めてる間に、洗面所に行って顔を洗ってきた。

再びキッチンに戻ると、机の上に用意されたホットサンドを頬張って、ミルクと一緒に流し込む。

「どこ行くの?」

「友達と遊ぶ」

「送ろうか?」

「うん。お願い」

ご飯を食べ終えて自分の部屋に戻って、服を着替える。シンプルな服装で、身バレ防止のために帽子を深くかぶった。

玄関を出て、勢いよく車に乗り込んだ。そして、運転席に座るお母さんに駅に向かうように声をかけた。

スマホを確認すると、

[本当に今日大丈夫?疲れてない?」 

と、侑希から私を気遣うLINEが来ていた。

[全然大丈夫。会えるの楽しみ!]

そう返信して、スマホを閉じた。



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