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第23話 (侑希side)

家に帰って勉強をしていると、スマホが鳴った。誰からのLINEからは分かっている。しばらく無視してやろうと思っていたけど、やっぱり内容が気になって、すぐにトーク画面を開いてしまった。

[今夜、会えないかな?]

きっと、私が帰りに不機嫌になっていたことに、凛は気づいていたんだろう。機嫌を取ろうとしてるのは分かっているけど、それでも嬉しくなってしまう。

[うん]

それだけ返すと、やったー!とペンギンが飛び跳ねてるスタンプが送られてきて、自然と口元が緩んでいた。


凛が指定した時間は22時で、思っていたより遅いので私はお風呂に入ってから会うことにした。どうせ親はまだ帰ってこないから、わざわざ断りを入れる必要もない。


9時半ごろ。お風呂から上がってお気に入りのヘアオイルをつけて、ほんの少しだけ前髪を巻いた。何度も鏡を見て、少しだけ色のついたリップを塗って。

デートでもないのに、とは思ったけど、少しでも可愛いと思ってもらいたかったから。無意識に、そんな女の子らしい考えをするようになった自分が可笑しかった。


自分の部屋で1人、数学の問題集を広げていたけど全然集中できない。何度もスマホを確認して、10時を少しすぎた頃、インターホンが鳴った。

急いで階段を降りて、すぐに扉を開ける。そこには、半袖半ズボンという、スポーツする時みたいな服装をした凛が立っていた。

「ごめんね、ちょっと遅れちゃった」

「今日、何かあったの?」

「うん。ダンスレッスンがあって。ちょっと長引いちゃった」

知らなかった。何かのレッスンがある日に、凛が会おうと言ってくることは滅多にないから、てっきり今日も休みなんだと思っていた。

「わざわざ来てくれたの?」

「やだった?」

「そんなわけ無いじゃない。早く上がって?」


私は凛を家に入れると、一緒に2階の自分の部屋に上がった。ソファーに座った凛は少しだけ汗をかいていて、私はクーラーの温度を下げて、冷たいお茶を出した。

私がいつものように凛の横に座ると、凛はふぅっとため息をついた。

「会ってくれないかと思ってた」

「なんで?」

「今日の帰り、ふててたじゃん」

やっぱり、バレてた。私達の関係は誰にも言ってないのだから、私じゃなくて遥香ちゃんが優先されるのは当たり前だ。そうだと分かっているつもりでも、全部態度に出てしまう自分が情けない。

「子供っぽいって、思った?」

「んー、まぁ。思ったかも?」

思うわけないじゃん、っていういつもみたいな返しを期待していたのに、凛の口から出たのはまさかの言葉だった。やっぱり、面倒くさいって思われてたよね。

でも、凛にこんな風に言われると、泣きそうになってしまう。別に怒られてるわけでもないのに、嫌われたらどうしようとか、そんな不安で胸がギューっと締め付けられた。

しばらく無言になっていると、私の顔を見た凛が急に焦り始めた。

「ちょ、え?な、泣いてる?!」

「泣いでな゙い」

どうやら目が潤んでいたらしい。適当に目を擦ると、凛は慌てて私の腕を掴んで立ち上がらせた。そして自分の膝の上にひょいっと私を乗せると、私のほっぺを両手で挟んだ。

身長があんまり変わらないから、普段凛を見下ろすことは滅多にない。少し下に凛の顔があって、ほっぺを挟まれてるから顔を逸らすこともできない。どうすることもできず、ただじっと凛の目を見つめていると、私の涙が凛の親指で優しく拭われた。

「別に子供っぽいのが嫌とか思ってないよ。子供っぽくて可愛いみたいな意味だったんだけど」

「ほんと?」

「うん、ごめんね。泣かないで」

ふふっと笑った凛の顔が近付いてきて、思わず目を瞑ったけど、合わされたのは鼻先だった。

くちびるだったら、良かったのに。バクバクする心臓と一緒に、私はそんなことを考えてしまった。

「侑希、なんか不満そうだね」

「そ、そんなことない!」

「んー、ほんと?」

「もうっ、からかわないでよ…」

こんっと凛の肩を軽く小突くと、凛は全然痛くないくせに、わざとらしくイテっと声を上げた。


「もうお風呂入ったの?」

「うん」

私がそう答えると、凛がスッと顔を私の首筋に寄せてきた。

「ちょっと、」

恥ずかしくて、慌てて凛の顔を手で退かす。

「いい匂いする」

ふにゃっと笑った凛に、私はどんな顔をすればいいかわからなくなって、

「そ、そう…」

とそっけなく返して、すぐに顔を逸らした。凛は無自覚でこんなことしてるのかな。もしかしたら、遥香ちゃんにも同じことしてたりする?もしそうだったら、嫌だな…

そんな気持ちは、顔にも出てしまっていたらしい。

「ゆーきっ、また要らないこと考えてるでしょ」

「え?い、いや…」

「分かりやすすぎ笑」

凛が笑うから、私はお返しに、さっきされたみたいに彼女の首に鼻を当ててすぅーっと息を吸った。いい匂いがする。

「ちょ、やめてよ。汗かいたから」

焦って私を引き剥がそうとする凛。そう簡単に離れてやるものか。

「ううん。いい匂いする。凛の匂い」

「なにそれ、なんかやだ」

「なんかねー、爽やかな匂いする。香水してるの?」

「ううん。何もしてない」

しばらくそうして2人でじゃれあっていた時、ぐぅーっと凛のお腹がなった。

「へへっ、お腹すいちゃった」

「食べてないの?」

「うん。時間なくて」

「ちょっと待ってて」

私は凛の膝から降りると、すぐに一階へ降りてキッチンに向かった。


わたしはお盆に、レンジで温めたオムライスを乗せて再び自分の部屋へ戻った。

「はい、これ」

「オムライス?」

「うん。家政婦さんが作ってくれたやつだけど」

「え、もらっていいの?」

「うん。作りすぎたらしいから」

空になっていたコップにもう一度お茶を注いであげると、凛は勢いよく手を合わせた。

「んじゃ、いただきます!」

「はーい」

すぐにスプーンを持って、凛は一口目を口に運んだ。そして、もともと大きな目をさらに大きく開いた。どうやらお口に合ったらしい。

「んぅ〜、めっちゃ美味しい!!」

目をキラキラさせて、休む間もなくスプーンを口に運んでいく姿は、なんだか幼くて可愛らしかった。

「凛って、嫌いなものあるの?」

「?んー、とくにないかな」

口をもぐもぐさせながらそう答える凛。確かに、何を食べさせても、こんな風に嬉しそうに頬張ってくれそうな感じがする。


よっぽどお腹が空いていたのか、あっという間に凛はオムライスを平らげてしまった。

「ふぅ、ごちそうさまでした!めっちゃ美味しかった」

「こんな風に喜んでくれたら、凛のお母さんは毎回作り甲斐がありそうね」

「そうなのかな?」

「うん。もし私だったら、ご飯作るたびにこんなに美味しそうに食べてくれたら、絶対に嬉しいもん」

「ふーん。じゃあ、将来は侑希に作ってもらおっかな」

「すぐそういうこと言う」

「やだ?」

「考えといてあげるわ」

思わせぶりなことばっかりしてくる凛。こんなの、好きにならないほうがおかしいんだから。

星空蒼が女子にとてつもない人気を博している理由も、こういうところにあるんだろう。本人は何ともないことのように、スラスラと女の子が喜ぶ事をしてくる。そんな蒼くんの行動に、みんな簡単に落ちてしまうんだから、ほんっと、女の子の脳みそって単純で嫌になってしまう。

ふと、下を見ると、凛の足が目に入った。

今日は半ズボンだから、初めて見る凛の脚。細いけど、いつも動いてるからか、しっかり引き締まってる。私の細いだけで筋肉のない脚とは全然違う。

無意識のうちにじっと見つめてしまっていたらしい。私のほっぺがぷにっと人差し指で突かれて、慌てて顔を上げると、ニンマリと笑った凛と目があった。

「侑希のえっち」

「ふぇ?」

「そんな脚見られると、恥ずかしいんだけど」

「あ、ち、ちがうっ」

「ふはっ、そんな動揺しなくても」

ほら、まただ。こうやってすぐにからかってくる凛に、振り回されてばかりの私。私が彼女の上に立てる日は、果たしてくるのだろうか。

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