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第21話(凛side)

誰か侑希の家族が帰ってきたら、色々説明して引き継ごうと思っていたのに、8時を過ぎても誰も帰ってこなかった。ひとまずお母さんに、今日の夜は遅くなるから先に寝といていいよ、とだけ連絡しておく。

ベッドに目を向けると、侑希はまだぐっすり眠っていた。見た感じ、体調は良くなってきてるみたいで安心したが、もしも私が来ていなかったらと思うとゾッとする。

そろそろ侑希に声をかけて帰ろうか、とも思ったが、気持ちよさそうに寝ている彼女を見れば、起こすこともできずに、ベッドの脇で私はただじっと彼女の寝顔を見つめていた。

いつの間にか私は、ベッドにもたれかかって寝ていたらしい。ガチャっと、一階の玄関が開く音で目が覚めた。

トントンっと誰かが二階に上がってくる音が聞こえる。私は姿勢を直して立ち上がった。

部屋に入ってきた人は、目元が侑希にそっくりで、ビックリするほど綺麗な女の人だった。目元がはっきりしているが、一目見ただけで優しそうな感じが伝わってくる。

侑希のお母さんと思われるその人は、私を見るなり目をまんまるくした。

「わぁっ!びっくりした。侑希のお友達?」

「はい、結城凛って言います。朝から連絡取れないから心配で家に来てみたら、侑希がしんどそうで…。それでずっと、様子見てました」

「こんな遅くまでつきっきりで見てくれてたの?」

コクっと頷く。侑希はまだ、寝息を立ててベッドで眠っている。

「ありがとうね。ご飯は食べた?もしよかったら、うちで何か食べて行く?」

「たぶん家に用意されてるんで、大丈夫です。それじゃ、私は帰りますね。お邪魔しました」

そう言って荷物を持って部屋を出ようとすると、侑希のお母さんに腕を掴まれて引き止められた。

「こんな遅い時間に女の子1人で帰せないわ。おばさんが送るよ」

「家、ここから近いんで。大丈夫ですよ」

「だーめ。こんな時間まで侑希の面倒見てもらったんだし、送るくらいはさせて」

「じゃあ、、」

結局私は、侑希のお母さんの車に乗せてもらうことになった。駐車場に停められた明らかに高そうな赤い車。少し乗るのに躊躇したが、

「ふふっ、そんな緊張しなくてもいいわ」

と侑希のお母さんが声をかけてくれて、ペコペコ頭を下げながら助手席へ乗り込んだ。

エンジンをかけて、車が走り出した。

「今日は誰も家にいなかったから、凛ちゃんが来てくれてなかったら危なかったわ。本当にありがとうね」

「いえいえ。帰るの、いつもこれくらい遅いんですか?」

「うーん。お父さんは大体11時くらいだけど、私は、普段はもっと遅いわ」

「えぇ…大変ですね」

「侑希には小さい頃から、寂しい思いをさせてるの。私もお父さんも全然面倒見てやれてないから。でも私、今日すごく安心したわ」

「え?」

「侑希にも、あなたみたいな素敵な友達がいたのね」

「いえ、そんな…」

「あの子、結構、達観してる節があるじゃない?だからずっと心配だったの。学校でうまくいってるか」

「侑希は、学校の話とか、あんまりしないんですか?」

「うん、しないわね。というか、そもそも、親子で会話することがほとんどないから」

やっぱりそうだったのか。初めて会った時から、なんとなくそんな気がしていたけど。

侑希のお父さんもお母さんも、きっとすごくいい人なんだろう。それでもこうやって毎日忙しいから、侑希は小さい頃から、両親に甘えられずに育ったのかもしれない。本当は甘えんぼだけど、普段はそんな様子を見せずに、強がってる彼女の性格の理由が分かった気がした。

あっという間に家に着いて、私は車を降りた。自分の家を見上げると、妹達の寝室がある2階は電気が消えていた。もう遅いから、きっとみんな寝てしまったんだろう。

「わざわざありがとうございました」

「いいえ、こちらこそ。ありがとね、こんな遅くまで」

「いえ。それでは、おやすみなさい」

「おやすみ」

私は手を振って、車を見送った。そして、バッグから取り出した鍵を差し込んで、なるべく音を立てないように玄関を開ける。廊下には電気がついてなかったけど、キッチンには灯りが灯っている。

廊下を進んで奥のキッチンへと、忍び足で歩いた。電気がついているそこには、誰もいなくて、ラップのかけられた夜ご飯が机の上に置かれていた。今日、侑希の家で見た光景と重なる。侑希は小さい頃から、毎日この光景を見ているのだと考えると、少しだけ胸が痛くなった。

スマホを取り出して、侑希にLINEを送る。

[しっかり休みなよ?]

送信ボタンを押して少し待ってみたけど、既読はつかなかった。ちゃんと眠れてるみたいだ。安心して、私はスマホの電源を切った。

次の日。日曜日で午前中は何も予定の入ってなかった私は、お昼前に目を覚ました。午後からはボイトレとミーティングがあるので、のそのと一階に降りて事務所に向かう準備をする。

顔を洗ってリビングに行くと、家族みんながいた。妹と弟は一緒にテレビを見ていて、お母さんは洗濯物を畳んでいる。私はソファーに腰を下ろして、キッチンから持ってきた、お母さんが朝ご飯に作ってくれたサンドイッチを頬張る。

「凛、昨日は何時に帰ったの?」

「んー、12時くらい?」

「あら。それで、友達は大丈夫だった?」

「あ、そうだ。今聞いてみる」

スマホを取り出してみると、侑希から連絡が来ていた。

[昨日はありがと。だいぶ良くなった]

その文字を見た途端に、私はほっと胸を撫で下ろした。食べかけのサンドイッチを牛乳で流し込んで、お母さんに声をかける。

「大丈夫だったみたい」

「良かったわ。その子は、最近よく遊んでる子?」

「うん」

そういえば今までお母さんに、侑希のことを詳しく話したことはなかった。

「名前はなんていうの?」

「ゆき。月宮侑希」

お母さんが洗濯物を折る手を止めて、こっちを見た。

「え、月宮って…」

「ん?」

「あなたが通ってる月宮学園の、、?」

「え、あ、うん。そういえば、そうだった」

「ちょっと、凛。変なことしないでね?」

ふざけながら、そう言ったお母さん。変なことって、脅されてたのは私の方なんですけど。そう思ったけど、もちろんそんなこと言えるはずはなく、私はお母さんに苦笑いをして「わかってるよ」と返事をした。

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