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第20話(凛side)

遥香に告白されてから一週間が経った。遥香は今まで通りに変わらず接してくるし、私も気にしないことにしている。でも、やはり告白された相手とずっと一緒にいるのは気まずいものがある。

遥香は、以前のように腕を組んできたり、過度なスキンシップを一切してこなくなった。別に私だって、四六時中ベタベタしていたいわけじゃないし、それは構わないのだが、彼女の気持ちを知ったからか、なんだか我慢させてるような気持ちになって、申し訳なさを感じてしまう。

数学の時間。モヤモヤした気持ちのままじゃ、先生の話を聞く気になんてなれなくて、私は窓の外でしとしと降り続いている雨をじっと見つめていた。窓際の1番後ろのこの席は、よそ見をしていなくてもバレにくい。

ふと気になって、斜め前にいる遥香の方を見た。遥香の頭が、黒板とノートを行ったり来たりして動く。彼女は真面目だから、きっと私と違って、集中して授業を受けているんだろう。遥香の後ろでひとつ結びにされた髪の毛が、侑希の後ろ姿と重なった。

もし私が侑希に告白をしたら、こんな風に気まずくなってしまうんだろうか。

私の頭をよぎったひとつの疑問。まだ彼女を好きだと認めたわけじゃないし、告白するつもりなんて全くない。ただ、もしどちらかが好意を持っていたとして、それを伝えてしまえば私達の関係は、あっという間に崩れてしまうのだろう。侑希と今みたいに過ごせなくなる未来を想像すると、どうしようもなく寂しくて、怖くなった。

色んなことを考えて、遥香に気を遣って過ごした一週間。私は気づかないうちに、疲れていたんだと思う。

いつもはワクワクしていた侑希とのLINEでの会話も、なんだか億劫に感じられた。木曜の夜、侑希からのLINEが来ていたことには気づいていたが、返信する気力が湧かず結局土曜の朝まで無視してしまった。こんなことは初めてだった。

土曜日の朝になり、ようやく返信したメッセージは昼過ぎに既読がついた。それでも返信は来なかった。もしかしたら、私の返信が遅かったから、怒ってるのかもしれない。侑希は意外と拗ねるし、そうなると少し面倒なところがある。こういう時は早めに謝るのが良いことは分かっていたが、かと言って今日の私に、侑希の機嫌を取るような元気はなかった。

既読がついて、数時間が経った。何度も通知を確認して、LINEのトーク画面を開くけど、やっぱり侑希からの返信はない。だんだんと不安が押し寄せてきて、私はスマホを手放せずにいた。自分がはじめに無視したくせに、侑希から数時間返信が来ないだけで、嫌われてしまったんじゃないかと怖くなる。

今日はたまたま配信もないし、LINEで謝るのもなんだか違う気がして、私は直接、侑希の家まで行くことにした。

いつものようにインターホンを鳴らすが、侑希は出てこない。毎週土曜日は私と過ごしてるから、今日に限って用事があるなんてことはないはずだ。駐車場に車は停められていないし、誰も出てこないということは、家の中は侑希しかいないということだろう。

ピンポーン。

インターホンを鳴らす。私が家に行くことは言ってないから、もし侑希が家にいるなら出てくれるはずだ。そう思って、ボタンを押してから玄関の前ですこし待ったけど、誰かが出てくる気配はない。私はもう一度、インターホンを鳴らした。が、やっぱり誰も出てこない。失礼だとは思うけど、念のためにもう一回。

人がいる気配がしないので、私はくるっと後ろを向いた。きっと、どこかに出かけているんだろう。そうは思うけど、どうしても、既読のつかなかったメッセージが気になった。あと一回鳴らして出なかったら、大人しく帰ってLINEで謝ろう。

私はもう一度玄関の前に立ち、インターホンを鳴らそうとした。その時、

ガチャ

扉が開く音がした。それと同時に、ドアノブを掴んだままの侑希がこちらに倒れ込んできた。

「侑希?!」

声をかけるけど、侑希の反応は鈍い。抱き止めるために触れた彼女の体は、驚くほど熱かった。

「どうしたの?大丈夫?」

「うん…ごめ、」

「大丈夫じゃないな。ごめん、家入るよ」

立つこともままならない彼女の体を自分の方へ引き寄せて、自分の首に手を回させた。そして、すこし屈んで彼女の体に腕を回し、そのまま持ち上げる。抱き上げた彼女の体は、思っていたより軽かった。

「おじゃまします」

誰もいない家にそう声をかけて、靴を脱ぐ。侑希を抱っこしたまま、もう見慣れた廊下を抜けて、階段を上がり、侑希の部屋へ入った。

ベッドに彼女を寝かせて、おでこに手を当てる。体温計で測らなくても分かるくらい、すごい熱だ。私は机の上に置いてあったリモコンをとると、ひとまずクーラーを弱めにつけた。そして、ベッドの上で荒い息をしている侑希に話しかける。

「家族はいつ帰ってくる?」

「たぶん、おそい…」

「ご飯は食べた?」

弱々しく首を横に振る侑希。

「キッチン借りてもいい?」

「うん…」

「ちょっと待っててね」

彼女の頭を撫でながらそう声をかけたあと、私は階段を駆け降りて、すぐ近くのコンビニまで走った。スポーツ飲料とゼリー、それから薬を買って、またすぐに侑希の家まで戻る。

玄関から、まっすぐ行ったところがおそらくキッチンだ。人の家のキッチンに勝手にお邪魔するのは若干気が引けるが、今は緊急時なんだからしょうがない。そう自分に言い聞かせてレジ袋を持ったまま、私は廊下を真っ直ぐに進んだ。

扉を開けると、そこは想像通りキッチンがあった。机の上には手のつけられてないご飯が1人分置かれている。きっと、今日の朝、侑希が食べられなかったものだろう。

奥の方に大きい冷蔵庫がある。冷凍庫を開けると氷枕があって、私はそれを取り出すと、洗面所に置かれていたタオルを巻いた。さっき買ったスポーツ飲料と薬も一緒に持って、侑希のいる2階へ上がる。

私が部屋を出た時と同じ格好で、侑希は目をつぶったままベッドに横になっていた。

「侑希、大丈夫?」

私が声をかけると、うっすらと目が開いてすぐに閉じてしまった。相当しんどいらしい。私は彼女の頭をすこし上げさせて、氷枕を挟んだ。

「ポカリ買ってきたから、飲める?」

「うう、ん…」

「しんどいけど、水分取っとこう」

ベッドに乗って、彼女の体を起こしてやる。すっかり力が抜けていて、少し気を抜けば倒れてしまいそうだ。私は彼女の背後に回り込んで座り、自分の体に彼女の背中を預けさせた。

スポーツドリンクの蓋を開けて、彼女の口もとへ飲み口を差し出してやる。彼女がゆっくりと口を開けたのを確認して、少しだけペットボトルを傾ける。

こくっ、こくっ。

ちゃんと飲んでくれた事に安心する。少しして、彼女が私の太ももをポンポンっと叩いて、もう要らないの合図をしたので、私はペットボトルの蓋を閉めた。

そっと彼女の体を支えながらもう一度寝かせて、私はベッドから降りた。部屋を出て再びキッチンへ戻る。

以前は妹達がよく風邪をひいていたから、お粥くらいならレシピを見なくたって作れる。私はコンロの上に置いてあった空っぽの小さな鍋に、水と、炊飯器の中に保温してあったお米、それから引き出しの調味料入れにあった鶏がらスープの粉を入れて火にかけた。

しばらくして水が減ってきたところで、溶いた卵を回し入れる。いい匂いが漂ってきて、私までお腹がすいてくる。グツグツしてきたところで鍋を火から下ろして、小さめのどんぶりにおかゆをよそったら、冷蔵庫に入れていたコンビニで買ったゼリーと一緒にお盆に乗せて、侑希の部屋へ向かった。

お盆をサイドテーブルに置いて、眠っている侑希の肩を揺する。

「侑希、おかゆ。食べられそう?」

「ん、」

侑希が体を起こすのを手伝って、今度はベッドボードに体を預けさせた。私はベッドサイドテーブルに置かれたおかゆをとって、一口分、スプーンですくう。おかゆは作りたてだからか、まだ湯気が立っていて熱そうだった。

「ふー、ふー。ほら、あーん」

スプーンを口に近づけてやると、ぼんやりと目を開いた侑希が、口を開けて、ぱくっと私が差し出したスプーンを咥える。

「どう?」

「ん、おいし…」

「よかったぁ。まだ食べられそう?」

「うん」

結局侑希は、私の作ったおかゆを全部食べて、おまけにゼリーまで完食した。最後に薬を飲ませてやって、またベッドに寝かせる。ご飯を食べたからか、最初に見た時より、いくらか顔色が良くなっているように見えた。

「ありがと、りん…」

「いいよ。しっかり寝な?」

「ん…」

侑希が眠るのを見届けたあと、私は一階に降りてお皿やら鍋やらの洗い物を済ませた。全部終わってまた部屋に戻ると侑希はすーっ、すーっと、規則正しい寝息を立てていた。おでこに手を当てると、薬が効いたのか大分熱は下がったみたいだった。ふとスマホを取り出すと、時刻は6時を過ぎている。この家に来てから、もう2時間が経った。

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