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第15話(侑希side)

年末になって、勉強するやる気が起きるわけもなく、私はダラダラしながら凛にLINEを送った。向こうも今日は休みなのか、すぐに既読がつく。明日は凛の仕事が空いてるらしく、2人で会う約束をした。こうやってやりとりするのも、予定を合わせて遊ぶのも、いつの間にか当たり前になってしまった。

スマホで動画でも見ようとするけど、ほとんどのサムネが年末関連のもので、今年ももう終わってしまうことを実感する。小さい頃は1年がものすごく長かったのに、今ではあっという間に終わってしまうようになった。中身はあの頃と全然変わってない気がするけど、私は少しでも成長できているんだろうか。将来のことなんてまだ想像もつかないし、何になりたいかも決まっていない。来年には受験を控えているし、そろそろちゃんと考えないといけないのは分かってるけど、全く想像できない未来の自分。今まで親に言われた通りに生きてきたから、何かを自分で決めたことはほとんどなかった。

私にも、なりたいものがあったら良かったのに。

私はスマホを放り投げると、ふぅーっとため息をついて目を瞑った。どんな未来が待ってるかなんて分からないけど、将来私が送る人生のそばに凛がいてくれたらな、なんて、限りなく可能性の低い未来を、どうしても想像してしまう。アイドルとして生きていく凛と、一般人の私じゃ、住む世界が違うのに。

この一年は、私にとっては本当に夢みたいな一年だった。弱みを握って脅すという、我ながら最悪な始まり方だったのに、凛とここまで仲良くなれたのは本当に奇跡だと思う。もしあの時、階段でぶつからなかったら、凛のショルダーバッグから衣装が飛び出なかったら、凛の腕に巻かれたブレスレットが袖に隠れていたら。きっと今の凛との関係は存在しなかったはずだ。本当に、私は運に恵まれすぎてる。

凛と仲良くなってから分かったことはたくさんある。蒼くんとしてアイドルをしてる時はクールでかっこよくて、なんでも簡単にこなしてしまうイケメンキャラなのに、普段は少し抜けててまっすぐで、結構人たらし。でも、そんな私にしか見せてくれない一面も結構好きなんだと思う。

いつも自然にそっと手を握ってくれたり、私が泣いてる時にはハグしてくれたり。そういう何気ない行動に、私はすごくドキドキしてしまう。

そこまできて、私はあれっ、と思った。星空蒼はもちろん好きだけど、凛は別に普段はクールじゃないし、かっこいいメイクも髪のセットもしてない。それなのに、私はいつも凛の行動に、心を振り回されている。

もしかして、私が好きなのって、星空蒼じゃなくて結城凛なの…?

違うって言いたいはずなのに、否定できない自分がいる。推しだったはずの「星空蒼」は実は女の子で、しかもその女の子と仲良くなった挙句、私は彼女を好きになってしまった、ってこと?

ごちゃごちゃの頭の中で色々考えるけど、頭に浮かぶのは「えー、蒼くんじゃなくて、私のこと好きになっちゃったのー?」ってニヤニヤしながら笑ってる凛の顔。生意気なら彼女が調子に乗ってる姿が嫌というほど目に浮かんでくるもんだから、やっぱり認めたくない。

モヤモヤした気持ちのまま、スマホを掴んだ私は、凛とのトーク画面を開く。

[次来る時、収録の後にそのまま来て]

大晦日の2日前。私の部屋には、配信が終わってすぐに、そのままうちに来た凛がいた。ゆったりめの普段着のパーカーを着てフードを被っている。

衣装を着て、星空蒼をやってほしいとお願いすると、露骨に嫌そうな顔をする凛。

「まじでやんの?なんか、改めてやるの恥ずかしいんだけど」

「あなた、現役アイドルなんでしょ。ちょっとぐらいファンサして」

「なんで急に…」

「いいから、早く着替えて」

「はいはい」

嫌そうな顔で、凛はショルダーバッグから、さっきまで着ていた蒼くんの衣装を取り出す。取り出し終わった後、こっちを見てニヤっと笑ってくる。

「なによ」

「今から着替えるんだけど、そんなに見たい?笑」

「な、なわけないでしょ!!」

私は、凛からすぐに目を逸らした。凛に背を向けると、服を脱ぐ音がして、それからしばらくガサガサと衣装を着る音が聞こえてきた。これで蒼くんにドキドキしたら、私は凛じゃなくて、蒼くんのことが好きだという証明になるんだ。少し緊張しながら、じっと目を瞑って着替え終わるのを待つ。

「よし、おっけい」

「もう、見てもいい?」

「うん。いいよ」

後ろを振り返ると、今日の朝、配信で見たとおりの蒼くんの姿があった。アイドル衣装を身に纏っただけで、雰囲気がガラッと変わってイケメンに拍車がかかる。

「……」

「なに、ちょっと。なんか言ってよ」

「かっこいい…」

「ふはっ、改めて面と向かってそう言われると、なんか変な感じがする笑」

人懐っこい笑顔を見せた凛に、どきっと心臓が跳ねるのを感じた。よく考えれば、蒼くんをしてるのは凛なんだから、蒼くんが好きってことは凛が好きって事になるじゃん。じゃあやっぱり私は…

目の前に立つ蒼くんに心を奪われていると、急に手を掴まれて立ち上がらされた。

「ちょ、な、なに」

そのまま無言で手を引かれて、ベッドの方に連れて行かれる。完璧な蒼くんスマイルを全く崩さない凛。

「凛?なに、どうしたの?」

いつの間にか、私の後ろにベッドが迫ってきていて、ふくらはぎにベッドのふちが当たるところまで来ると、肩を軽く押された。足がガクッと曲がってベッドに腰をつく形になる。

「ちょ、凛?ねぇ、」

ベッドに腰掛けていると、凛が私の足にまたがるようにベッドに上がってきて、バランスを崩した私の体は後ろに倒れた。

「ひゃっ、」

自分のものとは思えないくらいにか弱い声が出た。凛は私の上に覆い被さってきて、にっこり笑ったまま、私の両手をがっしりとベッドに押し付けるように握った。

「ほら、侑希が会いたかった蒼くんだよ」

あり得ないくらいに近づいてきた凛の顔。何が起きてるのか、どうしてこんなことになってるのか全く分からない。声は出ないし、握りしめられた手では抵抗もできない。もうどちらかがちょっとでも動けば唇が当たりそうな距離まで来て、私はギュッと目をつぶった。

しばらくそうしていたけど、思っていたようなことは何も起きなくて、私はゆっくりと目を開いた。目の前にいる凛は、死ぬほど笑いを堪えている。

「え?」

「っ、っ、ぶっ、あははっ!!」

両手が開放されたと思ったら、凛はお腹を抑えて大笑いし始めた。私は頭が真っ白になって何が起きてるのかさっぱり分からないけど、とりあえず凛に揶揄われているということだけは確かだった。

ずっと笑ってる侑希をみて、ようやく状況を理解する。こいつ、人の心を弄びやがって。

「凛のばか!!」

「ふはっ。侑希、私にキスされると思った?笑」

「ばかばかばか!びっくりしたじゃん!」

「ごめんごめん。いやぁ、面白いなぁ笑」

まだ笑ってる凛の肩を何度も叩く。まだ、心臓がバクバク鳴っている。

キスされるって思って、なんで私は目をつぶったんだろう。手は掴まれてたけど、自由な足で凛のことを蹴るなり、逃げるための方法はいくらでもあったはずだ。

「なに?して欲しかった?笑」

「なわけないでしょ!!」

あんまり凛が調子に乗るもんだから、思いっきり足で蹴ってやると流石に反省して謝ってきた。私はプイッとそっぽを向く。慌てて機嫌を取ろうと、私に縋りついてくる凛。

「ごめん、嫌だったね。ごめんね、侑希」

「凛なんてもう知らない!」

「侑希、ごめんって〜」

もしキスされたら、私は嫌だったんだろうか。凛とキスするなんて想像したことがない。けど、別に嫌じゃない、かも…?

必死に謝る凛に背を向けながら、私は気づいてしまった。やっぱり、私は凛のことが好きなんだ、と。

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