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第13話(凛side)

侑希と一緒に電車に乗り込むと、私はトイレで、びしょ濡れになってしまった下のズボンを、レッスンウェアに履き替えた。

今日の侑希は、可愛いニットに大人っぽいコートを羽織っていた。今日のために、いつもよりおしゃれをして来てくれているのに、こんな格好で並ぶのは恥ずかしいな。

そんなことを思いながら、侑希が座っているところまで戻った。こっちを見るなり、分かりやすく口角を上げた侑希。私はそんな彼女の横に並んで座った。

「ふふっ。なんか可愛いわね」

「バカにしてるでしょ。今日の侑希、めちゃくちゃ可愛いからこれで横に立つの恥ずかしいよ」

「いいじゃない。逆に味があって」

「適当すぎるなぁ笑」

2人で笑い合っている間に、電車はどんどん街外れへと向かっていく。今日のイルミネーションは、いつも住んでいるところから電車で一時間くらいの距離の場所。降りる駅を間違えないようにしないと。

「どの駅で降りるの?」

「えーっとね」

侑希がバッグからスマホを取り出したから、私も一緒になって彼女が持ってるスマホを覗き込むと、その待ち受けが、今日のライブの、トナカイ衣装を着た私になっていた。

「ちょ、スクショしたのー?!」

「当たり前じゃない。蒼くんのこんな珍しい姿、滅多に見られないんだから」

「やだやだ。消して!」

「私が消したって、ネット上からは消えないわよ。ほら」

侑希がこちらに向けたスマホの画面には、私のトナカイ写真が上げられたツイートが、たくさん表示されていた。

「こんなの、デジタルタトゥーだよ…」

「似合うんだからいいじゃない」

「とりあえず、待ち受けは消せよ!!」

「やだもーん」

侑希のスマホを取り上げて消そうと思ったけど、パスワードがわからない。適当な数字を打つけど、どれもハズレ。4桁の数字なんて、適当に打って当たるはずがないんだけど。

「わかんなーい」

「はい、諦めましょうね」

スマホは没収されて、私は泣き寝入りすることになった。

「凛、ここで降りるわよ」

侑希の声で目が覚めた。どうやら私は、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。寝ぼけたまま手を引かれ、私達は電車を降りた。

駅を出ると、外ではしんしんと雪が降っていた。私が事務所を出た時は大雪だったのに、収まってくれて本当に良かった。それでもやっぱり、冬の夜はどうしようもなく寒い。

「凛、手袋持ってない?」

「うん。忘れちゃった」

「ん。じゃあこれ」

侑希は片方だけ私に手袋をくれた。私はそれを左手にはめて、もう片方の手を侑希へ差し出す。彼女が手を握ってくれて、私はその手をそのまま自分のコートのポケットに入れた。

暗いし、2人でくっついて歩いていればバレないだろう。それに、友達同士で手を繋ぐくらい、別に変なことじゃないし…。誰かに聞かれたわけでもないのに、そんな言い訳を、ひとり頭の中で考える。

少し歩けば、だんだんと見えて来たたくさんの光。

「あ!」

2人同時に声をあげて、光の方に向かって早足で向かった。広い道の両サイドに並んだ木が、鮮やかなライトに彩られている。まるで光のトンネルみたいだ。手を繋いだまま2人でその道を進んでいけば、奥には大きなクリスマスツリーがあった。様々な飾り付けがライトに照らされて、ゆっくりと降る雪も相まって本当に、息を呑むほどに綺麗だった。私達は立ち止まったまま、ずっとその光に見惚れていた。

「めっちゃ綺麗だね」

「うん、すごく綺麗ね」

横を見れば、目の前のイルミネーションに目を奪われている侑希。その頬は、寒さで少しだけ赤くなっていて、吐いた息が白くて。そんな彼女の姿は、イルミネーションよりずっとずっと綺麗で。何かの映画のワンシーンみたいな光景に、あっという間に私の心は奪われてしまった。

愛おしさが溢れると同時に、この笑顔を他の誰にも見せたくないと思った。自分の中で経験ことのない気持ちがどんどん溢れてくるのを感じる。胸がギュッと締め付けられるようなこの感じは、一体なんなんだろう。

「なに?どうしたの?」

私がずっと侑希の方を見つめているから、それに気づいた彼女が不思議そうな顔でこっちを見てきた。

「な、なんでもない」

「ふふっ。なによ、それ」

笑った顔も、やっぱり可愛い。どこかに、この笑顔を形にして残しておきたい。私はスマホを取り出して、カメラを起動させた。

「あのさ、写真撮らない?」

「写真?」

「うん。2人で撮ろ」

そういえば今まで、侑希と写真を撮ったことは一度もなかった。だからもちろん、わたしのカメラロールには侑希が写ってる写真は一枚もない。それなら今日のこれを、一枚目にしよう。

「こっち来て」

バックにイルミネーションが映るところに移動して、内カメにする。そして、横に来た侑希の腰をこちらへ引き寄せた。

「ちょ、ち、近いっ」

「いいから。笑って?」

私が笑顔を作ると、侑希もそれに倣って口角を上げる。でも、侑希は写真を撮り慣れてないからか、なんだかぎこちない感じがする。

 カシャッ

シャッターを切った。

「どう?ちゃんと撮れてる?」

侑希が私のスマホを覗き込む。写真に映し出された侑希は、なんだか緊張してるみたいな顔をしていて私は思わず吹き出した。

「ちょ、私の顔変じゃない!撮り直してよ!」

侑希がそういうから何枚か撮ってあげたけど、やっぱりカメラを向けられると上手く笑えないみたい。

「凛は全部写りいいのに…」

「撮られ慣れてますからねぇ」

まだ、ぶつぶつと不満げに文句を垂れている侑希を慰めながら写真のフォルダを開く。映った侑希の顔は、どれもぎこちないかもしれないけど、それでも私はひどく満足していた。

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