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第12話(侑希side)

クリスマス当日。お昼ご飯を早めに食べると、私はすぐに自分の部屋に上がってタブレットを開いた。

数分後にスターセーバーのライブ配信が始まる。

いつもこう言うライブの時はワクワクしていたけど、今回は段違いだった。だって私は、この数ヶ月で「星空蒼」と友達になったんだから。まるで、友達のステージを見守ると同じような気持ちで、私は待機画面をじっと眺めていた。

待機画面から真っ暗な画面に変わる。次の瞬間、パッとライトで照らされたステージ。

一曲目のセンターは、蒼くんだ。

曲が始まって、蒼くんの歌声が聞こえた瞬間に、身体中鳥肌がたったのが分かった。前回のライブより、格段に上手くなっている。歌だけじゃない、ダンスもだ。

しかも、蒼くんとリーダーの駿くんを筆頭に、全体のレベルも上がっている。画面の少し下を見れば、同接は今まで見たことないくらいの数字に跳ね上がっていた。

駿くんを絶賛するコメントで埋め尽くされる。やはり、スターセーバーでリーダーを務める駿くんの人気は、とてつもないものだった。

もちろん、駿くんの歌は並外れてうまい。でも蒼くんの歌声は、私にとって特別だった。普段の蒼くんの配信の声とも、凛の声とも、全く違う。透き通っていて、優しくて、力強い声だ。

そんな彼らのステージに、私はあっという間に引き込まれてしまっていた。

ラスト2曲を残して、トークタイムが始まった。なぜだか知らないけど、蒼くんはリーダーの駿くんの方をじっと見つめていて、話が入ってないみたいだった。

そのうち、駿くんが次の曲紹介のためにマイクを蒼くんの方に向けると、さっきまでぼーっとしていた蒼くんがテンパり始めた。

何してんだ、凛。

蒼くんが動揺している姿に、私まで心臓がバクバクしてきたが、突然横から現れた颯太くんがすぐに機転を効かせて話を繋いでくれた。そんなフォローを受けても、蒼くんはまだ飛んでしまったセリフが出てこないみたいで、珍しくあたふたしていた。

[がんばれ、蒼]

気づけばタブレットに手が伸びて、そんなコメントを打っていた。こんなにたくさんの人がコメントしていて、ありえないスピードで流れていくたくさんの文字。しかも、確か凛は前に、流れるコメントを読むのが苦手だと話していた。

だから、私が打ったこの文章が、蒼くんに届くことは絶対にないと、そう思っていたのに。

私が打ったコメントが流れていったその時、蒼くんはじっとコメントのモニターを見て、スッと顔色を変えた。そしてすぐにマイクを受け取ると、いつもの蒼くんが戻ってきた。

「もしかして、私のコメント……よめたの?」

口に出してみるけど、もちろん返事は返ってこない。だけど、急に息を吹き返したように喋り出した蒼くんの姿を見て、なんとなく、私の言葉はちゃんと彼に届いたような気がしていた。

スターセーバーのクリスマスライブは、今までで1番良かった。特に、ラスト2曲は本当に最高だった。

横から出てきたサンタ達。その1番後ろに、1人だけトナカイの格好をさせられた蒼くん。

ちょっと恥ずかしいのか、いつもみたいな自信ありげな姿勢が崩れて、猫背になりながらステージにやってきた。

[蒼くん、可愛いっ!]

[蒼くん?笑]

[蒼だけトナカイなのおもろすぎる笑]

コメント欄は大盛り上がり。普段、蒼くんはクールキャラで、なかなかこういうことをしないから尚更だ。

でも、ラストの新曲はアイドル衣装でバッチリ決めて、ステージで歌う蒼くんは、本物の王子様みたいだった。このギャップで、新しく蒼くんを推し始めた人は少なくないはずだ。

これからもっと人気になって、たくさんのファンをつけていくであろうスターセーバー。そして蒼くん。彼らが有名になっていくのはもちろん嬉しいが、その一方で少しだけ寂しい気持ちもある。でもアイドルをしてる時の蒼くんの目は、どんな時よりも輝いているから。私はそんな蒼くんを、好きになったんだ。

今こうやって、凛と友達になるという、奇跡みたいな機会を強引に掴み取ったんだから、その分わたしは、蒼くんと凛のことを一番近くで支えていこうと、目をキラキラさせてステージで輝く蒼くんを見ながら改めて思った。

ライブ後の振り返り配信が終わった頃に、凛から連絡があった。

[6時に間に合いそう!]

配信後すぐにメッセージをくれる凛に、自分がどれだけ大切にされているか分かる。メッセージを返して、私はクローゼットを開ける。こないだ新しく買ったあったかいニットに、お気に入りのコート。今日はなんてったってクリスマスだから、普段よりも気合いが入る。

確か雪予報だったから、ブーツで行こうか。手袋もあったほうがいいかもしれない。

考え出せば止まらなくて、あと2時間もあるけど一瞬で時間が過ぎてしまう気がする。ワクワクしながら、私は夜のイルミネーションに向けて着替えを始めた。

[今から家出る]

集合の30分前に送った私のメッセージ。いつもなら大体10分くらいで既読がつくのに、今日はつかなかった。でも、凛は配信の後の色々な業務がまだ残っているかもしれないし。それに、駅は事務所から結構近いから、きっと大丈夫だろう。

そう思って、私は1人で電車に乗り込んで既読のつかないメッセージ画面を閉じた。

[ついたよ]

集合の5分前。なかなか既読のつかないトーク画面に、ほんの少しだけ、嫌な予感がしてきていた。

結局、時間から30分経っても、凛は来ないどころか連絡も一切なかった。何度か電話をかけてみるが反応がない。急に入ったミーティングや、色々な可能性を考えるけど、それでも連絡がつかない理由にはならない。外はさっきから雪が降り出しているし、たくさんの幸せそうなカップルが私の周りを通り過ぎていく。

そんな中でただ1人、スマホを見つけながら改札の前で待つ私。凛は時間にルーズな人じゃないし、怒りよりも、連絡がつかないことへの心配の方が勝つ。

あと何分くらい待とうか。どのタイミングで諦めるべきか。待ったところで、凛は今日来てくれるのか。

分からないことだらけだけど、今日はクリスマスという特別な日。誰もが大切な誰かと過ごすこの日に、凛と過ごせるってことを私はずっと楽しみにしていた。だからなかなか諦めることができず、私は不安な気持ちのまま改札前で立ち尽くしていた。

スマホをみると、もう7時になろうとしていた。流石にこんな寒い日に1時間も立っていれば疲れてくる。でもあと少しだけ、あと数分待っていたら、もしかしたら凛が来てくれるかもしれない。手袋をつけていてもすっかり冷え切ってしまった手を温めるために、私は駅の中にあるコンビニに向かった。

「カフェラテ、ひとつください」

クリスマスなのにシフトを入れられたことに不満そうな、レジの若い男の人にカフェラテを注文する。

「170円になります」

やる気のなさそうな彼に、今だけは同情してしまう。差し出されたカップを受け取って、機械にセットする。少し待てば機械から音が鳴って、カフェラテが出てきた。

蓋をつけて両手で持てば、じんわりと冷え切った手が温められていく。これでもうしばらくは待てそうだ。

コンビニの脇にあったベンチに座ってスマホを見る。もう7時になったけど、送ったメッセージにはまだ既読はついてない。

何してんだろ、凛。

カフェラテを一口だけ飲んで、ふと遠くの改札の方に目をやると、明らかにびしょびしょに濡れてる男の子が周りをキョロキョロしているのが見えた。

この雪の中、ずっと走っていたんだろうか。そうだとしても、ズボンもコートもあまりにも濡れすぎな気がする。かわいそうに思いながら、また、カフェラテに口をつけようとした時、その子が一瞬だけこちらを向いた。

遠くてはっきりは見えないが、もしかして……。

私はバックだけ持つと、駆け足でそっちに向かった。近づけば近づくほど、確信に変わる。後ろ姿しか見えないけど、あれは絶対に凛だ。

多分、ライブの後から、メイクも髪型もそのままで来てくれたんだろう。その気持ちは嬉しいけど、この環境だとあなたは目立ちすぎる。もう自分が有名になってしまったってことを、全然自覚してない。近くにいた女の子が明らかにガン見しているのに、凛は全く気づいていないし。

スピードを上げていって、私は凛の後ろまでくると、フードを持ち上げて勢いよく頭にかぶせた。ここにいるとあの子達に声をかけられかねない。その前に逃げないと。

そのまま凛の手を引っ張って外まで歩かせる。

「な、なに?!だれ?!」

ちょっとしたイタズラ心も芽生えてきて、無言で凛のことを引っ張る。私は1人で1時間も待たされたんだから、少しぐらい怖い思いしたって文句は言えないはず。

そのままうまく外まで歩かせて、周りに人がいないのを確認すると、私は凛の前に立ってかぶせていたフードを取ってあげた。

「あなた、そんな格好で歩いてたらファンに見つかるわよ」

凛は目を見開いて、驚いた顔をしていた。

「ずっと、待っててくれた、の?」

「そうよ」

「だってもう、7時…」

時計を確認しながらそう呟いた凛。

「ライブ疲れてるだろうなって思ってたし。それより、返信が来ない方が心配だったわ」

「配信が終わったあと仮眠してたら、もう約束の時間過ぎてて…。急いで連絡しようと思ったけど、スマホの充電切れちゃってるし、雪で渋滞もすごかったから走った方が早いと思って」

「それで大雪の中走ってきたと。にしても濡れすぎじゃない?ズボンまで色変わってるし」

「走ってる途中で、こけちゃった」

「ほんっと、バカ」

私は冗談でそう言ったのに、凛は怒っていると思ったのかしゅんとしてしまった。

「ごめん、侑希。ほんとにごめん」

申し訳なさそうにして顔を俯けたまま、目を合わせてくれない凛。

「別に大丈夫よ。それに今から行けば、まだ間に合うわ」

「え?本当に?!」

「遅くまでやってるって言ったじゃない。さ、行きましょ」

身バレ防止のためにもう一度凛にフードを被せる。そして凛の手を掴むと、改札の方に向かって歩き出した。

「侑希、手めっちゃ冷たい…。ごめん、いっぱい待たせたから…」

「そんなびしょ濡れなのに、なんであなたはこんなにあったかいのよ」

子供体温の凛。そのあったかい手を握ったまま、私達は電車に乗り込んだ。

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