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第10話 (凛side)

侑希に弱みを握られてから半年くらい経った。彼女と出会ってからの毎日は、本当にあっという間だった。どんな無茶なことを要求されるんだろうと怯えていたあの頃は嘘みたいに、侑希とは毎日連絡を取り合って、休日になれば遊んで、週末の夜には通話もするようになった。

侑希は相変わらず普段はツンツンしているが、2人きりでいる時は、ほんのちょっとずつだけど私に甘えてきてくれるようになった。友達からされるスキンシップはあまり得意じゃなかったのだが、侑希が私の肩に頭を預けてくれたり、歩いていると控えめに服の袖を引っ張ってくるのは、どういうわけか可愛くてたまらなかった。

侑希は「星空蒼」としての私を求めていたはずなのに、私はいつからか、侑希の前で「星空蒼」を演じることは無くなっていた。かっこいい言葉遣いも、スマートな振る舞いもどんどん無くなっていき、残ったのはただの地味で目立たない女子高生である、結城凛だけ。

それでも侑希はずっと仲良くしてくれたし、私の行動に、いちいち頬を赤く染めてくれた。星空蒼の人気が異常なスピードで高まっていく一方で、普段の自分に自信が持てなくなっていた私を支えてくれたのは、間違いなく侑希だった。

あまり誰かとそこまで深く関わってこなかった私にとって、こんなに横にいて心地がいい存在は、侑希が初めてだった。

だんだん寒くなってきて、来週には雪が降るらしい。街は2週間後のクリスマスに向けて、陽気な音楽とキラキラ輝くライトで彩られていた。

いつものように配信を終えた土曜日の夕方。私は侑希の部屋のベッドに寝っ転がって、最近彼女におすすめされた漫画を読んでいた。本当はおしゃべりしたいのに、横では侑希が、パソコンをいじりながら、明日提出の課題をしている。

「ゆきー、課題まだ終わんないのー?」

「遅くて悪かったわねっ」

「うん。はやくしろ〜」

「そもそもあなた、勉強してないくせになんでそんなに賢いのよ」

「えー、授業聞いてたら大体分かるくない?」

 私が漫画を閉じてそういうと、侑希はこっちを振り返って信じられないって顔でほっぺを膨らました。

「あー、もういいわ。あなたに聞いた私が間違いだった」

「侑希だって、いっつもテストじゃ上位じゃん」

「いつもあなたの次の、「2番」ですけどね」

すぐにパソコンに視線を戻してしまった侑希。ベッドの上で足をバタバタさせたり、侑希が1番好きだと言っていた「スターセーバー」のデビュー曲を口ずさんでみる。それでも、こちらには目もくれずキーボードを叩き続ける侑希。せっかく遊びにきてるのに、正直つまんない。

「ゆーきー、かまってー」

ベッドの上から腕を伸ばして、侑希の背後からほっぺをつまむ。一瞬ビクッとしたものの、私にこんな風にちょっかいをかけられることにすっかり慣れてしまった彼女は、すぐに課題に戻ってしまった。

前はちょっと顔近づけただけで、顔を真っ赤にしてたくせに。無視されるなんて、こっちとしては全然面白くない。

もうこうなったら、反応するまでやってやる。謎の対抗心が生まれた私は、侑希のほっぺをしばらくぷにぷにし続けた。

「ちょっと、凛。やめなさい」

そうは言うけど、やっぱり画面から目を離してくれない。私はお構いなしにほっぺを引っ張る。侑希のもちもちのほっぺは、皮膚が薄いのか面白いくらいによく伸びる。

「こら、凛。凛ってば、」

「すげー、もちもちだよ」

飽きることなく絡んでくる私に痺れを切らしたのか、侑希の手がパソコンから離れたと思った次の瞬間、私の手はガブっと噛まれていた。

「いっだ、い゛っ!!」

「凛、しつこい」

「だからって、噛むことないじゃん!」

噛まれた手をさすってると、侑希がこっちを睨んできた。あれ、これ結構怒ってるな。

「次やったら、本当に怒るからね」

「ぶー」

「課題終わったら構ってあげるから、ちょっとくらい待ってなさい」

私は返事をせず、閉じた漫画をまた開いた。内容はあんまり入ってこなかった。

30分後。

「ふー、課題終わった」

侑希の声が聞こえるけど、私は布団をかぶって無視を決め込む。これは今まで私を待たせたお返し。

一応、私はお前の推しなんだぞ。ファンとして、態度がなってないんだ!

「おーい、凛さーんっ」

「…」

「もぅ、そんなことで拗ねないの」

ずっと無視していると、しばらくしてため息が聞こえて、突然強引に布団が捲られた。

「みーっけ」

「もっ!やめろよ!」

「これ私の布団なんですけど」

「うぐっ…」

それを言われてしまえば、私が返せる言葉はない。今回は大人しく彼女の言うことに従うことにする。

「おしゃべりしてくれる?」

「ん、してやる…」

「ふふっ、ありがとね」

こういう時だけ急にお姉さんっぽくなるんだから、侑希はずるい。そういえば、ちょっとわがままで強引だった侑希は、この数ヶ月で随分丸くなった気がする。

侑希は机の上を片付けると、ベッドに上がってきて私の横に座った。

「そういえば、もうすぐクリスマスだねー」

「そうね。凛はクリスマス、配信するの?」

「んー、一応そのつもりだけど」

「それ終わったら、空いてる?」

「うん。なんかある?」

「これ」

侑希はこちらにスマホを差し出した。表示される画面を見ると、イルミネーションの写真が目に入る。

「めっちゃ綺麗じゃん」

「クリスマス、結構夜までやってるらしいから…一緒に行かない?」

「え、行きたい!」

「じゃあ夜、空けといて」

もっと写真を見たかったのに、すぐに別の画面にされてしまった。私は自分のスマホを取り出して、カレンダーのクリスマスのところに、イルミネーションの予定を打ち込む。2週間後の約束に、今からワクワクしていた。

天気の悪い日が続いて、でもなかなか雪は降ってくれない。クリスマスの日に雪が降らないことを祈りながら天気の予報と睨めっこしている間に、2週間はあっという間に過ぎていった。


終業式を終えたあと、事務所に行って明日のクリスマス配信の準備をする。クリスマス配信は、メンバー全員で集まってちょっとしたライブをすることになっている。

本番では何度か着替えないといけないため、用意された衣装を確認していると、一個だけ明らかにふざけたものがある。この茶色い衣装と、赤いポンポン。それに、ツノ。

これ、もしかして、トナカイ??

すぐに、横にいるリーダーに話しかける。

「ちょ、これなんすか」

「え?あーそれ。トナカイだよ」

「いや、それは分かってますよ!なんでトナカイなんすか」

「なんか、可愛い蒼って需要結構あるかなって思って。一応みんなはサンタ衣装だから」

「えー、僕だけー?」

「一曲だけだし、絶対ウケるから。安心してトナカイになりな」

「うげぇー」

カッコいいでやってる蒼のブランディング的に、のれはないだろぉと思いながら、サイズ合わせのために一応袖を通す。赤い鼻をつけてツノのカチューシャも取り付ければ、あっという間に間抜け面のトナカイの出来上がり。

その格好で鏡の前に立っていれば、後ろからリーダーがやってきた。

「ぶはっ」

「ちょ、やっぱ笑ってるじゃないですか!!」

「似合うっ。ふはっ、似合いすぎ笑」

腹が立ったので、肩を一発殴ってやった。こんなヘニャヘニャトナカイの何がおもろいんだ、このやろう。

「着たくない〜」

「最後の新曲はちゃんとアイドル衣装着せてやるから、一曲だけ耐えてくれ笑」

「はぁい」

私はしょうがなく、そう返事をした。

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