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第6話(凛side)

次の日、私は朝からお母さんに送ってもらい、いつもの事務所へと向かった。控え室でメイクとヘアセット、それから着替えを済まして、マネージャーと一緒に配信部屋に入る。今日は雑談と少し歌うくらいで、1時間くらいの短い配信だが、この前のライブの影響か、待機画面の時点で、既に随分多くの人が集まっていた。 

「それじゃあ蒼さーん、配信始めまーす。3、2、1」

マネージャーが配信のボタンを押した音がした。それと同時に私は背筋を伸ばして、スッと息を吸う。もうこの活動を始めて一年以上経つが、この瞬間だけはどうしても慣れない。

「みんなー、おはよう!スターセーバー所属、星空蒼です!」

いつもの口上で配信が始まった。

「じゃ、今日はここまでー。みんな、またね〜」

笑顔で手を振ると同時に、画面から私が消えて配信のエンディング画面が流れる。

「はーい、配信切れましたー」

「お疲れさまですー」

椅子から立ち上がって、ふぅーっと息を吐きながら体を伸ばす。機材を片付けたマネージャーがこっちまで歩いて来ると、紙パックのぶどうジュースを渡してくれた。

「蒼さん、お疲れ様です。これ、どうぞ」

「わ!好きなやつ!ありがと〜」

私は椅子に座って、紙パックにストローを挿した。一口飲めば、乾いた喉がジュースで潤されていく。私の隣に座ったマネージャーは、嬉しそうにこっちを見て話しかけて来る。

「今日の同接、だいぶ増えてましたね」

「うん。コメントも知らない名前多くて、ちょっと緊張しちゃった」

「ですね。この勢いでどんどんファンを増やしていきましょう」

「はーい」

その後、次のライブのミーティングやらダンスレッスンやら色々あって、全部終わったのは16時くらいだった。その後、身バレ防止のためにメイクを落として、シャワーを浴びて。結局事務所を出たのは17時前。

お母さんが車で迎えに来てくれて、私は助手席に座るとすぐにバッグからスマホを取り出して、侑希に連絡を送った。

[ごめん、遅くなって。今仕事終わった]

お母さんに今日の配信のことを話していると、すぐにスマホが鳴った。

[お疲れ様。約束のとこ、来れそう?]

[うん。今から向かう]

そう打ち込んで、お母さんに約束のコンビニまで送ってもらった。

「本当にここでいいの?」

「うん、友達と約束してるから」

「じゃあ、また連絡してね。夜ご飯は?」

「んー、多分いる」

「わかったわ。じゃあ、楽しんでね〜」

「はーい、ありがとー」

しばらくコンビニの前でスマホをつつきながら待っていると、トントンっと誰かに肩を叩かれた。顔を上げると、私の横に信じられないくらい綺麗な人が立っている。よく見ると、見覚えのある顔だ。

「え、侑希?」

「そうよ。なに?」

私の反応に怪訝な顔をしている侑希。一瞬、誰だか分からなかった。だって、普段と全然雰囲気が違うんだもん。

いつもは綺麗に結ばれている髪の毛が下ろされていて、顔だってうっすらと派手すぎないメイクをしているし、服もすごく大人っぽい。こうやって改めて見てみれば、侑希は本当に整った顔をしている事に気付く。

「いやなんか、その。いつもと雰囲気違うなって…」

「え、変だった?」

途端にしょぼんとして、不安そうな顔になる侑希。お前は犬かって、思わず突っ込みそうになるのを引っ込めて、私は大きく首を横に振った。

「ちがうちがう。めちゃくちゃ可愛くてびっくりしたの」

侑希は私の言葉を聞くと、すぐに、ボワっと音が鳴りそうなくらい顔を赤くして俯いてしまった。

「もぅ、簡単にそういうこと言う…」

「ん、なんか言った?」

「なんでもないわ。早く行きましょ」

小さい声で何か呟いた侑希は、聞き返した私を置いてスタスタと1人で歩き始めた。私も遅れないように、慌てて彼女の後を追いかける。下ろされている髪の間からまだ赤いままの耳が見えるのがなんだか可愛くて、可笑しかった。

待ち合わせのコンビニから5分くらい歩いたところで、彼女はようやく私の方を振り返った。

「あそこに見える白い屋根が、私の家よ」

彼女が指差した方を見ると、お城とまでは行かないが、普通の家の2倍くらいはありそうな立派な家が目に入った。

「へぇ〜、おっきいね」

「そうかしら」

「友達とかによく言われない?」

「今までうちに誰かを呼んだことがないから、分からないわ」

家の前まで来ると、彼女は鍵を差し込んでドアを開いた。私も続いて中に入る。大理石の玄関には靴が置かれておらず、どうやら今は家の中には誰もいないみたいだ。

靴を脱ぎながらふと横を見ると、横に大きな水槽が置かれていて、名前も知らない鮮やかな色の魚たちが泳いでいた。なんというか、いかにもお金持ちの家って感じがする。

長い廊下を奥まで進んでいき、そこから彼女の部屋がある2階へと上がった。

「ここよ」

「おじゃましまーす」

彼女の部屋は白を基調とした、可愛くて高校生らしい部屋だった。ベッドの上にはクマのぬいぐるみが置いてあるし、部屋は甘くて優しい、落ち着く匂いがする。

彼女に促されるままに、荷物を置いてふかふかのカーペットの上に座ると、ちょうど目の前の棚に、たくさんの私のグッズが飾られているのが目に入った。

「えー、すごっ。あれ、めっちゃ初期のやつじゃない?」

「そうよ」

「そんな時から見てくれてたの?」

「デビューの配信で一目惚れして、それからずっと推してるわ」

まさかここまでとは思っていなかった。よく見れば、トークイベントのツーショットや私のライブの時の写真が、額縁に大切に飾られている。

「自分の写真が誰かの家に飾られてるのってさ、こうやって実際見てみると、なんか恥ずかしいね笑」

「ふふっ、確かにそうかも」

侑希はそう言うと、口元を押さえて小さく笑った。そういえば、彼女の笑った顔を見るのはこれが初めてだ。美人が笑うと、想像以上に破壊力がすごい。

「侑希、いっつも笑ってたほうがいいよ」

「え?」

「笑ってるほうが可愛いから」

私の言葉に侑希はひどく驚いた顔をした後、私の肩を思いっきり叩いてきた。

「いっ、てぇ…な、なに急に?」

「この、人たらしめ…」

さっきまでの笑顔が消えて、なんだか難しい顔をしてる彼女。色々話が逸れまくっているけど、そういえば今日は、侑希の言うことを聞きにきたんだった。

「それでさ、なにして欲しい?」

「えっと…今日は普通に、おしゃべり、とか?」

「えっ?そんなことでいいの?」

「うん」

それから2人で学校のことや、活動のことを喋ったり、彼女の部屋にあった漫画を一緒に読んだりして過ごした。侑希とは音楽の趣味も漫画の趣味も全然違うけど、会話のテンポが合うのか、話が途切れることはなかった。

「侑希って、ひとりっこなの?」

「お兄ちゃんがいるけど、大学で県外に行ってるわ」

「家族はいつ帰って来るの?」

「お母さんは10時くらいで、お父さんはたぶん私が寝た後ね」

「マジ?今日の夕ご飯はどうするの?」

「お昼のうちに家政婦さんが来て、作ってくれてるわ」

「うぉっ、まじか。すげー」

もしかしていつも1人でご飯を食べてるんだろうか。もしそうだったら、寂しいとか思わないのかな。そう思ったけど、流石に聞けなかった。

2時間くらい彼女の部屋でダラダラした頃、ぐーっと私のお腹が大きな音で鳴った。

「ふはっ、お腹鳴っちゃった」

「夜、よかったらうちで食べてく?」

「んー、お母さんにご飯いるって言っちゃったから」

「あら、そうなの」

私の返事に、少し残念そうな顔をしてるように見えたのは、きっと気のせいじゃないのだろう。

「もう30分くらいしたら帰ろうかな」

「分かったわ」

「てか、こんなの、普通の友達とやることと変わんないけどさ。これでいいの?」

「じゃあ逆に、何やってくれるの?」

「えー。例えばー、ハグとかお願いされると思ってた」

「は、はぐ?!」

また、侑希の顔がみるみるうちに赤くなっていった。

「うん、ハグ。したくない?」  

「えっ、と、、その、」

分かりやすく戸惑って口をモゴモゴさせている侑希。今日はちょっと、からかいすぎたかな。侑希は何を言っても反応がいいから、すぐにイタズラしたくなってしまう。

「ふふっ。じゃあ、次会ったときにしよっか」

「バカっ…」

俯いてしまった彼女はそう言って、私はまた肩を強めに叩かれてしまった。

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