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第3話(侑希side)

「あなた、星空蒼、でしょ?」

無理やりかき上げたサラサラの前髪から覗いた目で私は確信した。普段の配信の時みたいなメイクはしてないと言えど、このぱっちり二重とすらっと整った鼻筋。それに少し丸みを帯びた輪郭は、間違いなく私がずっと推してきた「星空蒼」だった。

「な、なんでその名前を…」

彼女は大きな目をさらに見開いた後、怯えた顔と震える声でそうつぶやいた。

見たことないような不安げな様子に、流石に可哀想に思えてきて、私は壁についていた手を一旦戻してやった。その瞬間、彼女は力が抜けてしまったのかストンとお尻から床に崩れ落ちた。

すぐに私も屈んで、絶望に染まった顔をしている彼女と目線を合わす。

「あなたの腕についてるそのブレスレット、私が送ったものよ」

「えっ…」

「あなたが女の子ってことがバレたら、どうなるのかしら」

私の言葉に、彼女はあからさまに嫌悪感を滲ませながらこっちを睨んだ。口をもごもごさせて何か言いたげだったが、何を言い返しても無駄だと思ったのか、再びぎゅっと口を閉ざしてしまった。

「何が目的?」

「私は星空蒼をずっと推してるの。握手会もライブも全部参加してるし、配信だって全部見てる」

「あ、ありが、と…?」

「だから、私の言うことを聞いて欲しいの。星空蒼として」

「まさか、それが目的…?」

「嫌なら別に、私は構わないわ」

そう言って教室を出ようとすると、予想通り慌てて追いかけてきた彼女に、グッと腕を掴まれた。

「構わないって、ちょっと待ってよ!」

「なに?」

「私が女の子だってこと、みんなに言いふらされると困るんだ。メンバーだって気づいてないし、もしも世間に知られて大騒ぎになったら、きっとグループのみんなに迷惑かけちゃうし…」

「あら。それは大変ね」

私がわざと興味がなさそうに返事をすると、彼女は、はぁ…と長いため息をついて、腕を組んだまま考え込むように俯いてしまった。

彼女はスターセーバーの副リーダーを務めている。そう簡単には、自分のためにグループを危険に晒すような真似はできないはずだ。

2人の間に気まずい沈黙が流れ始めた時、ちょうど授業開始5分前の予鈴が鳴った。それと同時に彼女は顔を上げると、こっちを真っ直ぐに見つめてきた。

「分かった。でもその代わり、私の秘密は絶対に言いふらさないで」

「もちろんよ。約束は守るわ」

彼女はまた深いため息をついて、サッと近くの椅子に座った。机に肘をついてこっちを見上げる顔にはさっきみたいに怯えた様子はなくて、むしろ私に対して呆れたような雰囲気すら感じられた。

「でもさ、言うこと聞くって、具体的に何すればいいのさ」

「一緒に遊びに出かけるとか、呼んだらうちに来るとか。そんな難しいことを頼むつもりは無いわ」

「それくらいならまぁ…」

私は煮え切らない返事をしている彼女の手を取って立ち上がらせた。もうすぐお昼休みが終わってしまう。それまでに本校舎の方に戻らなければならない。

「じゃ、そういうことで。LINEするから、呼んだらちゃんと来なさいよ」

「ちょ、待ってよ」

「なに?まだ何かあるの?」

「私たち、まだ連絡先交換してないでしょ。どうやって呼ぶつもりなの」

「ぁっ…」

すっかり忘れていた。呼んだら来い、なんて偉そうに言ったくせに、彼女に指摘されてしまったのが恥ずかしくて、あっという間に顔が熱を帯びていくのが自分でも分かった。

「ふはっ。月宮さんってさ、しっかりしてるように見えて、案外おっちょこちょいなの?」

「うるさい…」

彼女は面白そうな顔で笑いながらこっちを覗き込んでくる。私は赤くなってるのがバレないように慌てて彼女から顔を逸らした。

「連絡先交換するから、早くスマホ出しなさいよ」

「はいよ〜」

彼女はブレザーのポケットからスマホを取り出した。スマホは、シンプルなクマの絵が描かれた透明なケースにいれられている。どこにでもいる、普通の女の子が使うようなスマホケース。

「配信の時のスマホと違う…」

「え?あー、あれは仕事用のやつだからね。普段はこっち」

「ふーん」

「そんなとこまで見てくれてるの?すごいね」

長い前髪の間から見えた彼女の目は、ひどく嬉しそうに笑っていて、そんな彼女の笑顔に胸がドキッと跳ねた。

LINEを交換して2人で教室を出ようとした時、チャイムが鳴った。

「え」

「あ、やべ」

2人で顔を見合わせる。冷や汗をかく私とは対照的に、こっちを見てニヤッと笑った彼女。

「あーあ」

「急がなきゃ!」

「もう間に合わないよ。月宮さん」

今から全力で走れば、授業に間に合うことはないが、少し遅れてしまったくらいで済む。それなのに彼女は、急ぐことはおろか、授業に向かおうとすらしていない。

「なんでそんな余裕なの?」

「適当に嘘つけばいいじゃん。保健室行ってたとかさ」

「そんなのバレるわよ」

「いいから、こっちおいで」

今度は私の手がとられた。嘘をついて授業を休むことに乗り気ではなかったが、なんとなく繋がれた手を振り解けなくて、私は彼女に手を引かれたまま保健室へと連れて行かれた。

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