わたしが目を開けると、そこはいつもと変わらぬ病室で、目の前には1人の男子が「おせろ」を挟んで座っていたのだった。
「それで、じいちゃんはどうしたの?」
今年で小学6年生になるわたしの孫は、呆れたように机に肘をつきながら、黒色の石を空いていた升目に置いた。
「あの後、傷心のままに下宿に帰ったが、やはり傷が大きくてな。丁度、実家の畑を継がないかと親父に言われて、そのまま、実家に帰ったんだ」
「ふ~ん」と返すと、孫は肘をついたまま、わたしが置いた白色の石を次々とひっくり返して黒色にしていったのだった。
パチパチと、白色が黒色に変わる音だけが室内に響いていた。
「だが、あそこで実家に戻らなければ、その後にあった戦争でも生きていられなかっただろうし、戦場に行って生き延びられなかった。おまえ達とも出会えなかったろうな」
「じゃあ、その屋敷って、戦争で燃えたんだ」
「ああ」
噂でしか聞いていないが、あの屋敷があった辺りも戦争の時に空襲に遭った。たまたま、疎開する前夜だったそうで、屋敷ごと屋敷に関係する者の大半が亡くなったらしい。
「じいちゃんも大変だったんだね~」
孫はやる気無さそうに、「おせろ」の石を弄っていた。
実家に戻ったわたしは、親が見つけてきた相手と見合いをした。結婚して、子供が生まれて、 今は孫も出来て、幸せな日々を過ごしている。
数年前に妻に先立たれずっと一人暮らしをしていたが、数ヶ月前から足の調子が悪くなった。病院で検査をしたところ、手術をするように勧められた。今は手術も終わり、術後の調子も良く、退院の準備を進めているところであった。
満ち足りた日々を送っていたーーあの「かぐや姫」の事を除けば。
結局、彼女はあの地で人生を終えてしまったのだろうか。
元の世界に帰る事も、家族に会う事も出来ずに。
とうとう、彼女に想いを伝えるどころか、彼女について何も知らないままに、歳を重ねてしまった。
いや、違うか。
彼女について知ってしまえば、彼女の事を思い出して辛くなるから、敢えて知らないままにしてきたのだ。
そうした方が、わたしは幸せでいられる。
想いを馳せていた、あの頃のままでいられるからだ。
例えば、身体が老いて、天に召される時が来たとしても。