そうして、わたしは山に入った。
かぐや姫に会う為にーー想いを伝える為に。
しかし、月下美人の花はなかなか見つからず、また空腹と疲労から諦めかけた時だった。
何日か山を迷った末に、わたしはようやく月下美人の花を見つけた。
その花は月明かりを浴びて、まるでその月明かりを鏡の様に白く輝き照らす、美しい花であった。こんな花を、わたしはこれまで見たことがなかった。
触れるのも躊躇われる程、白く美しい花で、わたしは思わず、自分の両掌を見つめて、手についた土や泥をズボンで拭こうと試みたーーそれでも、手にこびりついた土や泥汚れは消えなかったが。
こんな土で汚れた手で触れて、花が汚してしまうのでは無いかと、わたしは不安になりながらも、その花を丁寧に手折る。
手折った時に、花は周囲に白い光を散らしながら、わたしの手の中に収まった。
わたしは萎れないように手巾で茎の切断面を優しく包み込むと、来た道を引き返した。
ここに来る時は何日も道に迷いながら辿り着いたというのに、下山した時はまだ夜が明け切る前であった。
わたしはかぐや姫の屋敷へと急いだ。両手の中では、今もまだ月下美人の花は白い光を放っていたのだった。
途中、何度も転びそうになりながらも、ようやく、かぐや姫の屋敷へとわたしは戻ってきた。
山に向かう前と、屋敷は最後に訪れた夜と何も変わっていないように見えた。
ただ、最後に訪れた時よりも、どこか屋敷内は静かな気がした。
わたしはあの時のように、かぐや姫の部屋の近くへとやってきた。
そうして、わたしはかぐや姫の部屋から、聞こえてくる悲壮な声を聞いたのだった。
「……残念ですが、彼女はもう……」
「いいや、まだ望みはある! 今日、屋敷を立った使用人達が花を探しに行ったまま、まだ戻っていない。見つかれば、まだ、まだ……」
「旦那様……」
あの時と同じ医師と主人の声であった。その叫ぶような悲痛なやりとりに、わたしは察してしまった。
わたしは顔を深く伏せると、後ろ向きに腕を大きく振り上げた。
そして、持っていた月下美人の花を真上のテラスに向けて投げ入れた。
白い花は粉雪の様な白く細かい光を撒き散らしながら大きな弧を描いて、そしてテラスの中へと消えていく。
わたしはそれを見届けると、足音を立てないように、そっと屋敷から立ち去った。
やがて、朝日が昇って、幾人もの慟哭が屋敷の外まで聞こえてきた。
屋敷から離れながら、わたしは静かに目を閉じる。
閉じた両目から溢れたモノが、そっと顎へと流れていくのを感じたのだった。