前略。
(だ、だ、大ピンチです……)
葉月の身体がぶるりと震える。目の前には十歳の葉月より頭一つ分以上高い身長の二人組。
「ねえ。いま、時間ある? 一緒にお茶しない?」
「もしかして、一人? 文化祭で一人なんてつまらないよねー。一緒に回ろうよ」
中庭のイベントステージから流れる音楽は遠くなり、文化祭で盛り上がる周囲の喧騒も遠くなっていく。
葉月の額からは冷や汗が流れた。マズイ、非常にマズイ。
これでは、月矢に会いに行くどころではなくなってしまった。
そもそもの始まりは、葉月が家族の反対を押し切って、文化祭に来たことだった。
今日は葉月の愛する一番上のお兄様である月矢の通う高校ーー私立野ノ羽男子高等学校、の文化祭であった。
月矢には「来るな」と言われていたが、葉月は普段全寮制の高校に通う月矢にどうしても会いたくて、二番目のお兄様とお母様の制止を振り切り、こうしてやって来てしまった。
入り口でパンフレットを貰い、パンフレットに記載されてる地図を頼りに校内を歩いているまでは良かった。しかし、この高校は現理事長が山一つ分買い取り、学校を建てただけあってあまりにも広く、月矢がいるであろう、剣道部の袴カフェがある特別部活棟を目指すうちに学校西側にある森に入り混んでしまい、道に迷ってしまったのだった。
そのうちに見知らぬ男子生徒二人組――月矢の制服の袖に入っている学年別のラインの色が違うのでおそらくは上級生、に声を掛けられて、今に至っている。
「君、可愛いいね。スマホ持ってる? 連絡先を教えてよ」
「何? 緊張してるの? その顔も可愛いね」
お前、変態かよ。と笑い合う二人を前に、葉月は逃げ道を探していた。
葉月はスマホどころか、携帯電話の類は持っていない。
普段は使用人が何も言わずとも連絡を取ってくれたし、両親は今時の子供のように携帯電話を使用した犯罪に葉月を巻き込みたくないと、どれだけお願いをしても買ってくれなかった。
残された道は走って誰かを探しながら、大声で助けを呼ぶくらいだが、周囲は中庭のイベントステージから流れるカラオケ大会の音楽が響いている上に、屋台から聞こえる客呼びの声で葉月の声は掻き消されてしまうだろう。
「ねえ。聞いてる? それとも、シカトっすかー?」
男子生徒の一人が左手首を掴んだ時だった。
「お前たち、何をやっている!」
よく通る澄んだテノールボイス。
月矢が来たのかと、葉月は期待を胸に振り向いたのだった。