土曜日。強行軍初日だ。
僕は夕樹乃さんと一緒に、早朝の駒場を出発して羽田から朝イチの飛行機に乗った。香川県の高松空港へのフライト。果たして、ゆっくりうどんを食べる時間はあるだろうか。
離陸時のGと浮遊感がクセになる気持ちよさ。僕はこのひと時がとても好きだ。でも、なぜかわからない。普段の僕は、よほど地球の重力に苦しんでるんだろうか。体重は少ない方なんだけどなあ。
シートベルトのランプが消えた。しばらくは自動操縦なのだろう。僕がベルトを外して背伸びをしていると、夕樹乃さんが僕に尋ねた。
「どうしてラジオの日程を移したの?」昨日は僕の部屋で少し打ち合わせをした後、イチャついてて聞きそびれてしまったのだと言う。
「到着した日に、高知の魅力を聞かれたって分かるわけないじゃん」
「普段なら本やネットの情報から上手くでっち上げてるのに、急にどうしちゃったの?」不思議そうに僕の顔を覗き込む彼女。
「調べものしてたとき、ラジオ番組のHPや公式アカウントを見たんだ。それで、この人たちに嘘をつきたくない、そう思っただけ」
「ふうん」腑に落ちない顔で自分の髪をいじくり回している。
「だから、延泊して、君と一緒に観光して、ちゃんと現地の様子を知ろうと思った。その後なら、現地の本当の感想を話せるでしょ?」
「なるほど……。そういうことだったのね。でも、一体どういう風の吹き回し?」
「さすがの人間嫌いな僕でも、己の在り方について思う処があったというわけだよ」
「玲央くんも成長したってことかしら?」何故か嬉しそうに言う夕樹乃さん。
「なによ、その上から目線」
「だって私、玲央くんのお姉さんだもん」
「ちぇ、面白くないなあ。お姉さんなら普通に褒めてよ」
「えらいぞ~玲央きゅん~」
「それ本気で普通に褒めてるつもり?」
「ええ」
相変わらずふざけたことを言う彼女にお仕置きをすることにした。
彼女の鼻先にスマホを突き付けて、今しがた録音した声を再生してやった。
『えらいぞ~玲央きゅん~』『えらいぞ~玲央きゅん~』『えらいぞ~玲央きゅん~』『えらいぞ~玲央きゅん~』『えらいぞ~玲央きゅん~』
「きゃ~~やめてえええ~~」
どうやら、自分の声を聞くのは相当恥ずかしいらしい。
僕は自分が出演したテレビやラジオを視聴してるから別に気にならないんだけど。
「反省しないと、到着するまでヘビロテしてやるぞ~~」
「きゃああ~~~ごめんなさいごめんなさい~~~」
全力でイヤイヤをする夕樹乃さん。
「うむ。わかったんならいいです」
「きゅう~」
分からせ完了。四年分の意趣返しをじっくりたっぷりしてやりますよ、僕は。
「ところで、今日の玲央さんのスケジュールだけど」
唐突に仕事の話を始める夕樹乃さん。恥ずかしさを引きずりたくないからなのか。相変わらず切替えの早い彼女。そんなクールなところも素敵だよ~。あ~~、夕樹乃さん好き好き。
昨日から予定が変更されていないことは、駒場の自宅で確認済。今から何か変えられたら、たまったもんじゃない。
到着後、書店に直行してこまごました準備や、合間にテレビ局の取材。香川でのスケジュールが大幅に変更されてしまったので、急遽番組内容をご当地グルメの紹介などから、サイン会密着取材のドキュメンタリーに切り替えたんだそうな。思ったより臨機応変に対応してるものだと感心した。
というわけで、空港にテレビ局が迎えに来る。そう、到着した時からすでにカメラは回っている。あまり夕樹乃さんを写されたくないんだが、ちょっと無理だろうな。なんとか僕にカメラが向きっぱなしになるよう全力を尽くさなければ。ああ、すんごい疲れそう。
神経をゴリゴリと擦り減らしながら、サイン会は終了。
ファーストフード店で急いで食事をして、次は新聞社主催のイベント会場に移動だ。地元図書館でのトークショウ。館内に設けられたささやかな会場には、本に興味のあるお客さんが来ていて、雰囲気もよく盛況だ。イベントの進行は新聞社の文芸担当者。地元の歴史に触れつつ、インタビューを受けた。もちろん予習済だからすらすら口から言葉が出てくる。こんなイヤミな優等生の自分が今日ほど便利だと思ったことはない。
イベントが終了すると、新聞社の車でそのまま社屋に連れていかれた。
「え……ヘリ、ですか」
僕と夕樹乃さんは、新聞社ビルの屋上にあるヘリポートにいた。
「ヘリ、ですね」と夕樹乃さん。
そこにはヘリコプターが停まっていた。
あああ……。
僕らの姿を認めると、ヘリから年配の男性が降りて近づいてきた。香川の新聞社の人といくつか言葉を交わすと、僕らに話しかけてきた。
「ここからは、我々高知の人間がアテンド致します。山崎先生とご担当の岬様」
「よ、よろしくお願いします」
彼が手を差し出してきたので握手を交わす。この人は香川のテレビ局の人だそうな。テレビ局、新聞社、そしてまたテレビ局にリレーされる僕と夕樹乃さん。なんかもう疲れた。