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幕間2 姫と騎士

「待たせてごめんね、有人くん」

 動き出した車の中で、運転席の有人に裕実が声をかけた。

 有人は助手席の彼女をバックミラー越しにちらと見ただけで、また前方に意識を向けた。玲央のマンション前から出発した車は、首都高に乗るため幹線道路に向かっている。カーステレオからは浪漫飛行が流れていた。

「いや……。別れの挨拶を急くような野暮はしない」

「よかったの? 私といるってことは、まともな生活を諦めるということよ」

「むしろ棚ぼただ。俺はあんたとなら運命を共にしても、後悔はないよ」

「ホントに?」

「ああ。裕実姉さんと一緒なら、地獄だってエンジョイしてみせるさ」

「うふふ、楽しくなりそうね」

 交差点で信号待ちをしていると、目の前をパトカーが数台、行き過ぎる。

「警察署の前にでも引っ越そうかしら」

「悪い冗談だ。誰が敵かも分からないのに」

「それもそうね……それにしても」

「ん?」

「こんなにカッコよくなってて驚いちゃった」

「そりゃカッコもつけるでしょうが」

 パトカーの一団が通り過ぎ、信号が変わった。

 有人はアクセルを踏んだ。

「どうして?」

「これから俺はあんたの男になるんだから」

 有人はカーステレオから流れる音楽に合わせて、ハンドルを指先で叩いて拍子を取っている。明らかに浮かれていた。

「私がキミの女になるんだと思ってたけど」

「あんたは俺の姫で、俺はあんたのナイトだから」

「有人くんって案外ロマンチストだったのね」

「知らなかったか? ふふ」

「うん、知らなかった」

 二人の乗った車は、首都高に上った。

「俺、言えなくてさ。ずっと」

「なにを?」

「中学の頃から、裕実姉さんのこと好きだった」

「ホントに?」

「ガキだったし、せめて高校くらいになってから告白しようと思ってたんだが……その矢先におばさんがあんなことになって」有人は嘆息した。

「機会を逸した、と。ごめんね」

「問題ない。今は一番近くにいるから」

「ポジティブね」

「玲央からあんたを護れるか、と問われたとき、俺は心が沸き立った。あいつにゃ悪いがな」

「相変わらず正直な子ね」

 はは、と有人が笑う。

「嬉しいんだ。俺はあんたを護り切って、運命に勝ってみせる」

 裕実はバッグからパスポートを取り出した。

「成田までどのくらいかしら」

「一時間くらいかな」

「未希ちゃん……いいの?」

「玲央がいる。これで少しは俺の苦労も分かるだろうさ」

「不安だわ~……」

「ところで、裕実姉さんは……どうなんだ?」

「えっと?」

「俺と……」

「なるんでしょ? 私のパートナーに」

「そのつもりだが一応、当人の意志を確認しておこうかと」

 裕実はシフトレバーに乗せられた有人の手に、自分の手を重ねた。

「よろしくお願いします、有人くん」

「よろしく、裕実姉さん」

 有人は左手を返し、重ねられた裕実の手を握った。

「玲央には悪いことしたな」

「どのみち、あの子とは添い遂げられない運命だから」

「あいつにゃ言えねえな……」

 裕実はバッグの中から玲央の写真を取り出して、愛おしそうに撫でた。

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