出版社の廊下で、夕樹乃と上司が物陰から玲央一行を見ている。
「あの女子高生です。山崎先生は、従妹だと言っていました」
「隣の男は?」
「彼女の兄です。恐らくカモフラージュのために同行しているのでしょう」
「目的は?」
「ただの社会見学のようです。彼女はライトノベル作家を目指しているそうなので」
まるでスパイのようだな、と夕樹乃は思った。
「ほう。ま、高校生にはありがちな話だが。小娘に取られるとは君らしくない」
「お言葉ですが、四年も思わせぶりな態度を続けるのは、さすがに作戦としてムリがあったのでは。山崎先生は……とっくに私のことを諦めていたんです」
夕樹乃は露骨にイヤな顔をして言った。確かに恋敵なのではあるが、玲央にとって従妹で幼なじみで女子高生で……と、今から参戦してもまるきり勝てる気がしない。
「それは君の手落ちではないのかね」
「まさか。いつでも彼を落とすことは可能でしたよ。彼は――今でも私を愛しています。だからこそ、希望と絶望の行き来に疲れ果てて親戚の子に手を出したんじゃないですか。完全に貴方の作戦ミスです」
まさに痛恨、とでも言いたそうな眼の前の男の様子に、それ見たことかと声に出して言いそうになる夕樹乃。
色恋に疎いならハニトラなんて立案しなければよかったのに。
「ふうむ……どうしたものか」
「どうしたものか、じゃありませんよ。まったく……。これならまだ最初から付き合っておけば。女子高生と付き合うなって言ったらすごい怒らせちゃって、関係がマイナスになってしまったじゃないですか」
夕樹乃は上司を睨んだ。上司はうう、と唸って頭を抱えた。
「とにかく、何でもいいから取り返せ」
「は? 何言ってるんですか。嫌われてるのにどうやって? 不倫の相手なんて貴方だけでもたくさんなのに、もう手遅れですよ……」
「親御さんがどうなってもいいのか?」
「と言われても、無理なものは……あ、もう行かなくては」
「がんばれよ、夕樹乃」
無責任な、と捨て台詞を残して、夕樹乃は玲央たちの元に戻っていった。これから新刊の表紙の打ち合わせが待っている。切替えなければ、と。
――こんなはずじゃなかったのに。私の愛しの玲央さん……。