地下に降りる前……シープルさんを待っている間、ワタシは部屋の出口の扉に耳を当ててみた。
「イザホさん……なにをしているのですか?」
ホウリさんは、ワタシの行動に首をかしげている。
「ホウリさん、イザホは気になることがあるとじっとしていられないんだ」
マウはそう説明してくれると、ベッドから飛び降りてこちらに近づいてきた。
「どーせなら、ボクも聞き耳立てちゃおーっと」
ワタシの横でマウは、長い耳を壁につけた。
ドン
なにかを打ち付けているような音が、聞こえてくる。
ドン ドン
その音はリズムよく、繰り返している。
まるで、なにかをたたきつけているかのように。
金物で、骨のように固いなにかを、たたいているかのように。
「ああ……イザホを狙撃したやつは……」
ドン ドン ドン
シープルさんの声とともに、そのリズムは速くなる。
「もう……心配することはないだろう……」
ドン ドン ドン
「今、なにをしているのか……簡単だ……さっき言っていた……」
ドン ドン――
――ぶしゃあ……
「ちっ、しくじった!」
……なにかが、つぶれたような音がしたような気がする。
「ああ、シープルさん! だいじょうぶです! 私がやりますって!」
シープルさんとは別の、男性の声が聞こえてきた。
「めんどくせえなあ……このままでいい。この位置から変わるのがめんどくさい」
「すみません、シープルさん。いつもお世話になっているのに、油絵の道具を入れる棚の修理を任せてしまって……」
「どうせ今断っても、あとで頼んでくるだろうからな。電話を行いながらなら無駄にはならない」
やがて、カチャカチャと道具を片付けるような音が聞こえてきた。
「それにしても……まだ使ってないのか? 赤色の絵の具。しくじって金槌でチューブをぶつけてしまったが、ここまで飛び散ってしまうんだからな」
「私の作品、冷たい色をよく使うので……」
シープルさんのため息をつく声が、聞こえてきた。
「……ん? いや、こっちの話だ。カタギのじいさんが危なっかしい手つきで棚の修理をしていたから、変わりにやっていただけだ……で、あのチラシの顔は――」
ふと横を見ると、マウに続いてホウリさんまでが聞き耳を立てていた。
「……くすっ」
「わあ、いつの間に」
マウが壁から耳を離して、小さく笑っているホウリさんを見る。
「シープルさんって、よくわかりませんよね。鳥羽差市では怠け者のように振る舞って、サバトではまるで人を殺してそうな言葉使いで……だけど、めんどくさいと言いながらやさしいところもあるんですから」
「鳥羽差市では臆病な上に勘違いからすぐ叫び出すのに、サバトでは落ち着いているホウリさんには言われたくないと思うよ」