鳥羽差署から瓜亜探偵事務所に向かっている道中、ふと昨日のクライさんとの会話を思い出した。
あれは確かワタシたちの部屋でホウリさんと遭遇する前……不笠木総合病院からマンションへ帰っている時だった。
「ねえイザホ……たしかご飯、炊いていなかったよね」
マンション・ヴェルケーロシニの前で移動用ホウキから降りたワタシは、マウの言葉で気づいた。
昨日から1004号室に戻っていないため、米を炊いていなかったんだっけ……
今から炊くと、眠る前になりそうだし……
それに、ワタシのプラスチックの胃袋は、空腹を感じていた。
「……イザホ、今日はあそこで晩ご飯にしない?」
マウは、誘惑に勝てなかったみたい。
マンション・ヴェルケーロシニの向かい側にある、コインスナックの誘惑に。
もちろん、ワタシだってその誘惑に勝てるはずがない。
コインスナックに入ると、ふいに懐かしさを感じた。
「なんだか、久しぶりってかんじ……たしか、マンション・ヴェルケーロシニに引っ越して来て翌日だっけ?」
マウの言葉に、うなずく。
たしかそのぐらいの時期だ。ラーメンやうどんが売っていることに衝撃を受けて……鳥羽差市で初めて微糖の缶コーヒーを飲んで……
……フジマルさんと鳥羽差市で出会ったのも、ここだっけ。
「……イザホちゃん? マウちゃん?」
「わー、びっくりした」
いつのまにか、ワタシたちの後ろにクライさんがいた。
ワタシとマウは、クライさんとともにイートインスペースに座った。
「ふーふー……チーズではなくハムにしたけど、やっぱり熱々だなあ、このトースト」
隣の席でマウは息を吹きかけて、トーストを一口食べる。
「ふたりは……いつもここにくるの……?」
隣でラーメンを箸で掴んだクライさんが、たずねる。
「ううん。ボクたちはこれで2回目。クライさんは?」
「自分は……初めてだけど……前からフジマルさんに……よく誘われていたから……」
そういえば、フジマルさんと鳥羽差市で出会ったのも、ここが初めてだったなあ……
「ねえクライさん。ちょっと深入りしちゃうけど……クライさんって、初めてフジマルさんと出会ったころのこと、覚えている?」
マウがトーストの入ったほっぺたを膨らませながらたずねると、クライさんはラーメンの麺を伸ばしたまま、窓の上側に目線を向けた。
「たしか……自分が警察にいたころから……フジマルさんのウワサは聞いたことあるけど……
「フジマルさんのウワサ?」
「うん……結構フジマルさん……無茶していたから……署内ではすっかり有名で……」
へえ……そんなこともあったんだ。
胸に手を当ててみても、どうだろう……想像できるような……できないような……
「実際にあったのは……スイホちゃんが刑事になってから……かな……ある捜査の時に……スイホちゃんがフジマルさんを頼ったのが……きっかけで……」
「スイホさん、フジマルさんとはその前からあったの?」
「うん……子供のころの付き合いだったけど……どちらかというと……まるで兄弟みたいだった……ふたりのやり取りを……聞いていると……」
いつかはスイホさんに聞いてみたいな。子供のころのフジマルさんのことを。
クライさんは麺をすすった後、神妙そうに残ったスープをのぞき込んでいた。
「……当時……昔の父さんの姿が忘れられなくて……なんとなくなってしまった刑事を……やめようと思ったことがある……」
「もしかして……」
「うん……フジマルさんのおかげで……やめずに続けているんだ」
クライさんは器を持って、スープを飲み干した。
「フジマルさんは言っていた……夢があれば、次々と自分のやりたいことが……見つかるって」
夢……?
夢を持つって……記憶から生まれる映像を持つとは、一体……?
「イザホ、眠る時に見る方ではなく、目標という意味の夢だよ」
マウに表情を読み取られて、思わず胸の中がさくらんぼ色に染まるような恥ずかしさを感じた。
顔を両手で隠さずにはいられない。
「それで……クライさんには、夢があるの?」
「うん……自分は……」
クライさんの目が、一瞬だけ輝いた。
「自分は……リア充になりたい……」
? 「……???」
リア充……?
「ああ……リア充って言っても……誰かと恋人になるとか……だけは限らないんだ……ただ……充実感が感じられるような……フジマルさんのような……人になりたい」
「あ、そっちかあ」
マウは納得したようにうなずいているけど……
リア充って、なに? マウはどんな意味だと思ってたの?
「あ、イザホ。リア充ってのは……」
「……イザホちゃんとマウちゃん……みたいな関係……かな」
クライさんからの横やりで、マウはほっぺをさくらんぼ色にして黙っちゃった。
そして、興奮したように体を揺らしている……
……だから、リア充って、なに?