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サイドストーリーNo.17 コインスナックで語る夢

 鳥羽差署から瓜亜探偵事務所に向かっている道中、ふと昨日のクライさんとの会話を思い出した。

 あれは確かワタシたちの部屋でホウリさんと遭遇する前……不笠木総合病院からマンションへ帰っている時だった。




「ねえイザホ……たしかご飯、炊いていなかったよね」


 マンション・ヴェルケーロシニの前で移動用ホウキから降りたワタシは、マウの言葉で気づいた。

 昨日から1004号室に戻っていないため、米を炊いていなかったんだっけ……


 今から炊くと、眠る前になりそうだし……


 それに、ワタシのプラスチックの胃袋は、空腹を感じていた。


「……イザホ、今日はあそこで晩ご飯にしない?」


 マウは、誘惑に勝てなかったみたい。


 マンション・ヴェルケーロシニの向かい側にある、コインスナックの誘惑に。


 もちろん、ワタシだってその誘惑に勝てるはずがない。





 コインスナックに入ると、ふいに懐かしさを感じた。


「なんだか、久しぶりってかんじ……たしか、マンション・ヴェルケーロシニに引っ越して来て翌日だっけ?」


 マウの言葉に、うなずく。

 たしかそのぐらいの時期だ。ラーメンやうどんが売っていることに衝撃を受けて……鳥羽差市で初めて微糖の缶コーヒーを飲んで……


 ……フジマルさんと鳥羽差市で出会ったのも、ここだっけ。




「……イザホちゃん? マウちゃん?」

「わー、びっくりした」


 いつのまにか、ワタシたちの後ろにクライさんがいた。









 ワタシとマウは、クライさんとともにイートインスペースに座った。


「ふーふー……チーズではなくハムにしたけど、やっぱり熱々だなあ、このトースト」


 隣の席でマウは息を吹きかけて、トーストを一口食べる。


「ふたりは……いつもここにくるの……?」


 隣でラーメンを箸で掴んだクライさんが、たずねる。


「ううん。ボクたちはこれで2回目。クライさんは?」

「自分は……初めてだけど……前からフジマルさんに……よく誘われていたから……」


 そういえば、フジマルさんと鳥羽差市で出会ったのも、ここが初めてだったなあ……




「ねえクライさん。ちょっと深入りしちゃうけど……クライさんって、初めてフジマルさんと出会ったころのこと、覚えている?」


 マウがトーストの入ったほっぺたを膨らませながらたずねると、クライさんはラーメンの麺を伸ばしたまま、窓の上側に目線を向けた。


「たしか……自分が警察にいたころから……フジマルさんのウワサは聞いたことあるけど……

「フジマルさんのウワサ?」

「うん……結構フジマルさん……無茶していたから……署内ではすっかり有名で……」


 へえ……そんなこともあったんだ。

 胸に手を当ててみても、どうだろう……想像できるような……できないような……


「実際にあったのは……スイホちゃんが刑事になってから……かな……ある捜査の時に……スイホちゃんがフジマルさんを頼ったのが……きっかけで……」

「スイホさん、フジマルさんとはその前からあったの?」

「うん……子供のころの付き合いだったけど……どちらかというと……まるで兄弟みたいだった……ふたりのやり取りを……聞いていると……」


 いつかはスイホさんに聞いてみたいな。子供のころのフジマルさんのことを。




 クライさんは麺をすすった後、神妙そうに残ったスープをのぞき込んでいた。


「……当時……昔の父さんの姿が忘れられなくて……なんとなくなってしまった刑事を……やめようと思ったことがある……」

「もしかして……」

「うん……フジマルさんのおかげで……やめずに続けているんだ」


 クライさんは器を持って、スープを飲み干した。


「フジマルさんは言っていた……夢があれば、次々と自分のやりたいことが……見つかるって」


 夢……?

 夢を持つって……記憶から生まれる映像を持つとは、一体……?


「イザホ、眠る時に見る方ではなく、目標という意味の夢だよ」


 マウに表情を読み取られて、思わず胸の中がさくらんぼ色に染まるような恥ずかしさを感じた。

 顔を両手で隠さずにはいられない。


「それで……クライさんには、夢があるの?」

「うん……自分は……」


 クライさんの目が、一瞬だけ輝いた。




「自分は……リア充になりたい……」




 ? 「……???」


 リア充……?


「ああ……リア充って言っても……誰かと恋人になるとか……だけは限らないんだ……ただ……充実感が感じられるような……フジマルさんのような……人になりたい」

「あ、そっちかあ」


 マウは納得したようにうなずいているけど……

 リア充って、なに? マウはどんな意味だと思ってたの?


「あ、イザホ。リア充ってのは……」

「……イザホちゃんとマウちゃん……みたいな関係……かな」


 クライさんからの横やりで、マウはほっぺをさくらんぼ色にして黙っちゃった。


 そして、興奮したように体を揺らしている……




 ……だから、リア充って、なに?

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