数分前、ワタシたちが広場でフジマルさんを待っている時……
「ねえ……イザホ……」
缶コーヒーを飲み終わったころ、隣でマウがもじもじしていた……
どうしたの?
「ボク……トイレに行きたいけど……この辺りにあるかな……」
たしかに、この辺りにはトイレが見当たらない。
ワタシは何かを食べてもトイレに行く必要はないけど、マウの場合は定期的にトイレに行かなきゃ病気になっちゃう。
ワタシはベンチから立ち上がり、スイホさんの背中をつつく。
スイホさんが振り返ると、ワタシはもじもじしているマウを指さして知らせる。
「もしかしてトイレ? トイレなら、下のぱなら広場のコテージの横に……」
「わかった!」
あ、マウが猛ダッシュで階段を下り始めた!
急いで後を追いかけよう。
ワタシはトイレに行く必要はないけど……
マウが漏らしてしまわないか、心配だった。
階段を下りて、ぱなら広場に降り立つ。
マウはコテージの横に設置された公衆トイレに飛び込み、鍵を閉めた。
とりあえず、これて一安心かな。
……?
マウを待っていると、楽しい音楽が聞こえてきた。
この音楽……聞いたことがある。
音楽が聞こえてくる大樹の後ろ側に回り込んでみよう……
――“埋め込めさせてよ君の恋を。ただ私はその紋章に触れたいだけなの”
「埋め込めさせてよ君の恋を。ただ私はその紋章に触れたいだけな――」
一瞬だけ風が強くなったとともに、「ハッ!!」と驚く大樹のパナラさんの声が響き渡った。
大樹の裏側には切り株があり、そこに小型のモニター。
そのモニターの中では、かわいらしい服を着たオオカミのぬいぐるみが歌って踊っていた。
「……イザホ、おまえ、どうして」
周りがなんだかポカポカしている上に、パナラさんの言葉も途切れ途切れになってる。そんなにビックリしたのかな?
「ねえイザホ、そこでなにしてるの?」
「なっ!!」
大樹のパナラさんの表側から、ひょこっとマウが顔を出した。
マウはモニターを目にすると不思議そうに鼻を動かしていた。
「……パナラさんも、ウンルン見てるの?」
「……わ、悪いか」
威圧感で恥ずかしさを隠しているパナラさんに、マウは自然に「全然」と首を振る。
「ボクたちもウンルン見てるよ。ねえイザホ」
安心させるために、マウと一緒に笑顔でうなずこう。
ウンルンってたしか……オオカミのぬいぐるみに人格や知能を埋め込んで生まれた、ぬいぐるみアイドル。今、もっとも注目されていると言っても過言ではないアイドル……だったっけ。
ワタシもウンルンを見ていると言っても、たまたま街灯テレビで見かけてから、興味を持ってウンルンのことについてスマホの紋章で調べたぐらい。曲も1回しか聞けてないけどね。
「そ……そうか……」
ホッと安心したような息が、風となってワタシの頬を通っていく。
「どうしてそんなに慌てていたの?」
「まあ、ワシにも他人から見られるイメージというものがあってな……どうしてもそれを壊されてしまうんじゃないかと心配していたんじゃ」
なんか不思議。
さっきまで堂々としていたパナラさんが、他の人からの視線を気にするなんて。
「なあ……ひとついいか?」
ワタシはマウと一緒にうなずく。
「おまえたちの用事が済んだ後でいい。今夜21時に……ワシと一緒にウンルンの曲を聴かないか? フジマルに誘っても、なかなか乗ってくれなかったからのう」
真夜中にウンルンの曲……
昨日、この辺りでバフォメットの目撃証言があったばかりだけど……
「イザホ、肝試しっぽいノリだけど、いいんじゃない?」
……マウにそんな言葉で例えられると、断れなくなっちゃった。
ワタシがうなずくと、喜ぶような枝の揺れる音が響き渡った。
「よし! それじゃあ21時から5時まで、ともにウンルンについて語り合おうぞ!」
え? 「は?」
21時から5時まで……
つまり……日にちをまたいで8時間も起き続けること!?
「ちょ、聞いてないよ!? そんなことしたら、寝不足になっちゃうよ!!」
「楽しみじゃなー、ウンルン仲間とともにウンルンについて語り合うの。まず手始めにライブ映像で3時間じゃろ? 次にウンルンの歴史について……」
……話を聞いてくれないことよりも、あんなに楽しそうにスケジュールを組み立てているのを聞いて、ワタシの中のパナラさんのイメージが崩れ落ちた。
仕方がないので、パナラさんが上の空のうちにスイホさんたちのところまで逃げ帰ることにした。