スイホさんの車に乗って瓜亜探偵事務所に向かっている最中、ワタシはマウの顔を見ていた。
そういえば、今朝のマウって……
ふとワタシは、食事を取る前に着替えようとした時のことを思い出した。
「あれ? ねえイザホ」
クローゼットを開けると、マウがクローゼットの内側の壁を指さした。
そこには、青、赤、青、赤、青……と、点滅を繰り返している紋章が埋め込まれている。
この紋章は……クリーニングの紋章だ。
ドラム式洗濯機の形をしているこの紋章は、その紋章が埋め込まれている空間の中にある衣服を、クリーニングで仕上げたように洗濯してくれる。
仕組みとしては、紋章から特別な風が吹き出し、その風が汚れを持ち運んでいくらしいけど……難しくてあまり理解できていない。
でも、動作をしていることを示す青と異常を示す赤が交互に点滅していることは……
「魔力が少なくなったのかな?」
紋章によっては、埋め込まれた魔力が少なくなってくるとこのように点滅して知らせるものもある。治療の紋章のように、いきなり消える直前になって点滅するものもあるけどね。
それにしても、どうしよっか……
クリーニングの紋章のおかげで、ワタシたちの衣服を洗濯するという手間が省けている。そのクリーニングの紋章が消えてしまうと、洗濯の詳しいやり方を知らないワタシにとって困ってしまう。
「ねえイザホ、紋章整備士を呼んでみようよ。たしか、このマンションは有名な紋章整備士の会社と連携していて、すぐに来てくれるんだって」
マウの提案に、ワタシはすぐにスマホの紋章を起動させた。
紋章技術士に仕事を依頼できるアプリを開く。このマンション・ヴェルケーロシニに引っ越してくる前に、あらかじめ入れておいていたんだ。
アプリで依頼すると、紋章整備士のひとりが30分後、ここに来ると連絡が来た。
先に朝食を作っちゃおうか。
今日の朝食はみそ汁にポテトサラダ、ウインナーに卵焼き……
そして、真ん中にくぼみのある白いご飯に……生卵。
ワタシは小鉢に入れていた卵を取り出すと、テーブルの表面に打ち付ける。
ヒビが入ったのを確認すると、ご飯の上空で両手を使い、卵を割った。
白身に包まれた黄身は、あらかじめ作っておいた白いご飯の真ん中のくぼみに着地した。
このくぼみはマウが提案してくれたもの。マウいわく、このくぼみを作ることで真ん中に卵が留まってくれるらしい。
「はいイザホ、お醤油」
マウから
マウと一緒に黄身を箸でつぶし、まぜた。
ご飯は黄色く染まった。
箸でご飯をつかみ、口に入れてみる……
舌に埋め込んだ味覚の紋章が、甘くふわふわした生卵の食感に醤油の風味を加えられた味を感知した。
皿洗いを終えた直後、玄関からピンポーンとインターホンが鳴った。
「ちょうど到着したみたいだね」
マウと顔を合わせて、うなずく。
早く紋章整備士さんに、クローゼットに埋め込んだクリーニングの紋章を埋め直してもらわないと……
…… 「……」
「……でー、早く教えてくれるー? 埋め込み直す場所ー。オイラ、早く帰りたいんだよねー」
……やって来たのは、二足歩行の黒猫のシープルさんだった。
昨日、瑠璃絵小中一貫校で出会ったばっかりだよね……
「はい、これでおーしまい」
紋章整備士のシープルさんの手によって、クローゼットの中のクリーニングの紋章は青色に戻った。
感謝の気持ちをこめてお辞儀をすると、一緒にお辞儀をしたマウが顔を上げる。
興味深そうに鼻をぷすぷすと鳴らしている。
「ねえシープルさん。シープルさんって紋章整備士に入るきっかけとか、ある?」
「それを聞いてどーするのー?」
「いや、まあ……シープルさんがどうしてその仕事やっているかなーって」
シープルさんは道具を片付けながら、何気なくマウを見る。
「……オイラは仕事をするために知能を与えられたんだよね」
「!!!」
マウ……?
「別に大丈夫だよー。めんどいと思いながら、やりがいはあるからさー」
そう言い残して、シープルさんは帰って行った。
マウはワタシの顔を見ていた。
なんだか……落ち込んでいる?
「あ……なんでもないよ。それよりも、早く出かける準備をしようよ」
それから、今にいたるわけだけど……
なんだか最近のマウって、時々戸惑ってちょっとだけ悲しそうな顔をすることがある気がする……