目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第122話 言葉にできない感情


「――ッッッッッAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」




 通路にノイズの混じった悲鳴が響き渡り、ウアは、隣の部屋へ続く扉を開いて、逃げ出してしまった。




「……クライさんッ!!」


 マウは一瞬だけウアを追いかけようとしたけど、その奥でうずくまるクライさんを見てすぐに駆け寄った。




 先ほどまでウアに殴られ続けていたクライさんは、おなかを押さえていたけど……




 ちゃんと、息をしている。

 死んでなんて、いなかった。




「……イザホちゃん、マウちゃん……」




 クライさんは、ワタシとマウに向かって、歯を食いしばりつつ笑みを浮かべた。




「……決着を……付けて……!! 終わらせるんじゃなくて……これからも……伝え続けられるように……!!」




 ワタシがマウの顔を見ると、マウはうなずいて答えてくれた。




「イザホ……ボクもいろんな感情で整理がつかないけど……だけど、過ぎたことからは解放してあげたい。ボクが引き取られた夫婦にずっと苦しめられて……イザホに打ち明けるまで、紋章のように残っていたように……」




 ワタシは、自身の胸に手を当てた。




 ワタシも……お母さまの存在や、葬儀場での出来事によって長い間囚われ続けていた……




 だけど、マウや鳥羽差市の住民たち、そしてお父さまとの出会いで……




 ワタシは、違った見方で見つめることができた。




 過去という作品を、別の視点から……別の考え方から、見られるようになった。




 ――それなら。




「イザホ! 行こう!!」




 ワタシはマウと一緒にうなずき、ウアが立ち去って行った部屋へと向かった。





「……ふたりとも……頼んだよ……」




 後ろを振り返ると、クライさんは壁にもたれかかって、笑みを浮かべていた。











 ワタシたちは開かれた扉の先にある、隣にある中世の城らしい通路を駆け抜ける。


 今度は逃げるためではなく――


 ウアに追いつくために……!!










 奥の扉を開いた先は、ワタシたちがこの城に入ってきた入り口のある、ホール。




「ウアッ!!」




 1階の入り口の前で、ウアがうずくまっていた……


 その姿を見ていると……一瞬だけ、ワタシの姿に見えた。


 まるで、マウを失った時のワタシを見た……ハナさんのように……


 ワタシはウアを見ていた。




「……ッ!!」


 2階からのマウの叫びに、ウアはこちらを向く……!


「……こナいで……殺……ジnキ……!!」


 殺人鬼……

 ウアにはワタシが、バフォメットに見えているのかな……


「ウア……」

「……コい!!? クRUなッ!!?」


 来い……来るな……

 ふたつの矛盾した言葉に、ウア自身が胸を押さえて困惑している。


「わTAシは……許セない……? うケイれる……? つRAイ……?? よROKOンダ……?? KAタキを……TORIタI……??? SAKUヒンを……TUKURIたI……???」


 ワタシとマウが近づくと、ノイズを撒き散らしながらウアは後ずさりをする。

 まるで……自分を見失っているように……


「……!!! ワタシHA!! サクヒンWOみせタイ!! サクヒンWOみてモラITAI!! ワタシGAかんジタKOTO!! せいちょうSITAアカシWO!! ミンナNIシッテもらいTAI!!」


 1度両手を広げ、誇らしげにワタシたちにその姿を見せる。


 しかし、その表情は徐々に不安という表情へと、崩れていった。


「……ダケド、ダレニ? ママ? ママはイナイ。パパ? パパもイナイ。ミンナ……ミンナ、ホントウにミテクレル? ヒトゴロシのサクヒンを、みてモラエル? ママが、みてクレナカッタのも、ばふぉめっと、ヒトゴロシだったKARA……?」


 再び、左胸を押さえてしゃがみ込んだ。


 それを見たマウが、ワタシのズボンの裾を掴む。


「……ウアは、自分を見失っているんだ……1番作品を見せたかった人が死んだことで……自分自身がやったことが正しかったのか……見失っているんだ……!!」


 見失っている……


 ワタシが……お母さまを傷つけてしまった時と……同じ……


「ミンナ、みてクレナイ。だったRA、ワタシHA? ワタシHAイッタイ……」




 ……ワタシは、階段を一歩、降りた。




「……!!」




 ウアから見たら、バフォメットお父さまが階段を下りてきているように、見えてるのかな。




「……YADA……こナイ……で……殺さなイ……で……殺して……ヤル……殺サナイで……殺しテ……YARU……」




 ワタシは、口を動かして言葉を出す。




 ウア、おまえの表現方法は、間違っている。


 ただ、間違えただけだった。


 おまえは許せないけど……

 その怒りで……認められなかったけど……




 自分を知ってほしいこと。




 その思いだけは、ワタシもオマージュしたい。




「……ア……アAA!!!」




 その言葉は、声帯を持たないワタシの口から出ることはなかった。


 そして、もう生きていたころの記憶が持っていた人格すら、保てなくなったウアには……届かなかった。




「UUUUUUUUUUUUUUUUUUUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」




 再び叫びだし、ウアは横にある扉に向かって駆けだした。


 その扉は、木製の板で打ち付けられている。


 その板を、ウアはバックパックの紋章から長剣を取り出し、たたき割る。




「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!」




 ノイズだらけの悲鳴を上げながら、扉を蹴り開け、その中に飛び込んだ。


 勢いで扉が閉まったものの、開いた瞬間に入ってきたのか、扉の前には少量の雪が落ちている。








 その扉の前に、ワタシはマウとともに立つ。


「……」




 ワタシも、ワタシを知ってほしい。




 フジマルさん……ハナさん……リズさん……イビルさん……ヴェルケーロシニの管理人さん……スイホさん……ナルサさん……テイさん……アグスさん……アンさん……テツヤさん……ジュンさん……コーウィンさん……パナラさん……シープルさん……ホウリさん……クライさん……お父さまバフォメット……


 10年前の事件によって悲しんでいた人たちが、


 この現代の事件で、悲しんだ人たちが、


 その人たちから、話を聞いた人たちが、




 10年前の事件から作られたワタシの存在を、認識している。


 作られたワタシでも、この世界に存在していることを、認識してくれている。




 そのことを、知ってほしい。


 これから消えなければならない、ウアの作り物に……


 せめてもの、紋章をあげたい。




 ワタシは、小さな手を左胸に埋め込んだ紋章に当てて、


 悲しみよりも、怒りよりも、


 もっと複雑で、もっと理解不能で、もっと不思議で、もっと暖かい……


 言葉にならない感情を……感じた。




「イザホ」




 ワタシは、隣のマウと顔を合わせる。


 マウはなにも言わず、うなずいて手を差し伸べてくれた。




 愛するマウと、一緒に……


 伝えなきゃ。この感情を。




 ワタシは大きな左手でマウの手を握り、




 その扉を開け、雪の大地へと踏み出した。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?