「――ッッッッッAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
通路にノイズの混じった悲鳴が響き渡り、ウアは、隣の部屋へ続く扉を開いて、逃げ出してしまった。
「……クライさんッ!!」
マウは一瞬だけウアを追いかけようとしたけど、その奥でうずくまるクライさんを見てすぐに駆け寄った。
先ほどまでウアに殴られ続けていたクライさんは、おなかを押さえていたけど……
ちゃんと、息をしている。
死んでなんて、いなかった。
「……イザホちゃん、マウちゃん……」
クライさんは、ワタシとマウに向かって、歯を食いしばりつつ笑みを浮かべた。
「……決着を……付けて……!! 終わらせるんじゃなくて……これからも……伝え続けられるように……!!」
ワタシがマウの顔を見ると、マウはうなずいて答えてくれた。
「イザホ……ボクもいろんな感情で整理がつかないけど……だけど、過ぎたことからは解放してあげたい。ボクが引き取られた夫婦にずっと苦しめられて……イザホに打ち明けるまで、紋章のように残っていたように……」
ワタシは、自身の胸に手を当てた。
ワタシも……お母さまの存在や、葬儀場での出来事によって長い間囚われ続けていた……
だけど、マウや鳥羽差市の住民たち、そしてお父さまとの出会いで……
ワタシは、違った見方で見つめることができた。
過去という作品を、別の視点から……別の考え方から、見られるようになった。
――それなら。
「イザホ! 行こう!!」
ワタシはマウと一緒にうなずき、ウアが立ち去って行った部屋へと向かった。
「……ふたりとも……頼んだよ……」
後ろを振り返ると、クライさんは壁にもたれかかって、笑みを浮かべていた。
ワタシたちは開かれた扉の先にある、隣にある中世の城らしい通路を駆け抜ける。
今度は逃げるためではなく――
ウアに追いつくために……!!
奥の扉を開いた先は、ワタシたちがこの城に入ってきた入り口のある、ホール。
「ウアッ!!」
1階の入り口の前で、ウアがうずくまっていた……
その姿を見ていると……一瞬だけ、ワタシの姿に見えた。
まるで、マウを失った時のワタシを見た……ハナさんのように……
ワタシはウアを見ていた。
「……ッ!!」
2階からのマウの叫びに、ウアはこちらを向く……!
「……こナいで……殺……ジnキ……!!」
殺人鬼……
ウアにはワタシが、バフォメットに見えているのかな……
「ウア……」
「……コい!!? クRUなッ!!?」
来い……来るな……
ふたつの矛盾した言葉に、ウア自身が胸を押さえて困惑している。
「わTAシは……許セない……? うケイれる……? つRAイ……?? よROKOンダ……?? KAタキを……TORIタI……??? SAKUヒンを……TUKURIたI……???」
ワタシとマウが近づくと、ノイズを撒き散らしながらウアは後ずさりをする。
まるで……自分を見失っているように……
「……!!! ワタシHA!! サクヒンWOみせタイ!! サクヒンWOみてモラITAI!! ワタシGAかんジタKOTO!! せいちょうSITAアカシWO!! ミンナNIシッテもらいTAI!!」
1度両手を広げ、誇らしげにワタシたちにその姿を見せる。
しかし、その表情は徐々に不安という表情へと、崩れていった。
「……ダケド、ダレニ? ママ? ママはイナイ。パパ? パパもイナイ。ミンナ……ミンナ、ホントウにミテクレル? ヒトゴロシのサクヒンを、みてモラエル? ママが、みてクレナカッタのも、ばふぉめっと、ヒトゴロシだったKARA……?」
再び、左胸を押さえてしゃがみ込んだ。
それを見たマウが、ワタシのズボンの裾を掴む。
「……ウアは、自分を見失っているんだ……1番作品を見せたかった人が死んだことで……自分自身がやったことが正しかったのか……見失っているんだ……!!」
見失っている……
ワタシが……お母さまを傷つけてしまった時と……同じ……
「ミンナ、みてクレナイ。だったRA、ワタシHA? ワタシHAイッタイ……」
……ワタシは、階段を一歩、降りた。
「……!!」
ウアから見たら、
「……YADA……こナイ……で……殺さなイ……で……殺して……ヤル……殺サナイで……殺しテ……YARU……」
ワタシは、口を動かして言葉を出す。
ウア、おまえの表現方法は、間違っている。
ただ、間違えただけだった。
おまえは許せないけど……
その怒りで……認められなかったけど……
自分を知ってほしいこと。
その思いだけは、ワタシもオマージュしたい。
「……ア……アAA!!!」
その言葉は、声帯を持たないワタシの口から出ることはなかった。
そして、もう生きていたころの記憶が持っていた人格すら、保てなくなったウアには……届かなかった。
「UUUUUUUUUUUUUUUUUUUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
再び叫びだし、ウアは横にある扉に向かって駆けだした。
その扉は、木製の板で打ち付けられている。
その板を、ウアはバックパックの紋章から長剣を取り出し、たたき割る。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!」
ノイズだらけの悲鳴を上げながら、扉を蹴り開け、その中に飛び込んだ。
勢いで扉が閉まったものの、開いた瞬間に入ってきたのか、扉の前には少量の雪が落ちている。
その扉の前に、ワタシはマウとともに立つ。
「……」
ワタシも、ワタシを知ってほしい。
フジマルさん……ハナさん……リズさん……イビルさん……ヴェルケーロシニの管理人さん……スイホさん……ナルサさん……テイさん……アグスさん……アンさん……テツヤさん……ジュンさん……コーウィンさん……パナラさん……シープルさん……ホウリさん……クライさん……
10年前の事件によって悲しんでいた人たちが、
この現代の事件で、悲しんだ人たちが、
その人たちから、話を聞いた人たちが、
10年前の事件から作られたワタシの存在を、認識している。
作られたワタシでも、この世界に存在していることを、認識してくれている。
そのことを、知ってほしい。
これから消えなければならない、ウアの作り物に……
せめてもの、紋章をあげたい。
ワタシは、小さな手を左胸に埋め込んだ紋章に当てて、
悲しみよりも、怒りよりも、
もっと複雑で、もっと理解不能で、もっと不思議で、もっと暖かい……
言葉にならない感情を……感じた。
「イザホ」
ワタシは、隣のマウと顔を合わせる。
マウはなにも言わず、うなずいて手を差し伸べてくれた。
愛するマウと、一緒に……
伝えなきゃ。この感情を。
ワタシは大きな左手でマウの手を握り、
その扉を開け、雪の大地へと踏み出した。