「クライ……さん……」
ワタシの背中で、クライさんは動かなくなった……
体中を……赤くそめて……
ワタシたちが激突した壁は……赤い液体がべったりとついている……
鉄球に吹き飛ばされたウアとぶつかり、ともに飛ばされたワタシに巻き込まれたクライさんは……
壁にたたきつけられた上に、ワタシたちに押しつぶされた……!!
「……死んじゃったね」
!!
ワタシの下で倒れているのは……ウアだ!!
「クライさん、死んじゃったね」
「ッ!! ……ウア……!!!」
ッ!!
直後、羊の頭に振動が伝わり、不意打ちを食らったワタシは横に倒された!
ウアがワタシの顔に肘打ちをしてどかしたんだ!
「ねえイザホ」
ウアは、左の手のひらに埋め込まれたバックパックから長剣を取り出して……
「クライさんはもう、生き返らないよ。たとえ、記憶を移植したとしても……それはただ、再現しただけ……移植しても、みんな悲しいことから避ける……みんな、忘れようとするんだよ」
刃物の先端を、倒れているワタシに向ける……
「このままじゃあ、みんなクライさんのこと、忘れちゃうよ? クライさんだけじゃない。わたしが作品を作るために死んじゃった、フジマルさんたちも。そして……イザホ、キミのことだって、いつかはみんなから避けられちゃう……でしょう?」
「ふざけるなっ!!」
その叫びが聞こえた瞬間、マウが飛び上がった!
「おまえから始めて……自らたくさんの人の……命を奪って……!! なにを言っているんだッ!!」
ウアの頭に目掛けて、スタンロットの紋章を埋め込んだ右手を振り下ろすッ――
「!?」
「そうだよ。この【 章紋のトバサ 】を作ったのはわたし。だって、わたしの作品だもの」
――ウアが1回転をしたと思うと……!!
その腕に、マウが抱えられていた!!
あの瞬間に、マウをつかんで……腕に抱きかかえた!!?
しかも……
「は……ぐ……」
マウの手足が、糸によって拘束されている!!
その糸は……ウアの両肩に埋め込まれたバックパックの紋章から出ている!!
「だいじょうぶ、キミは殺さない。10年前のバフォメットは、わたしという傍観者だけを生かしてくれた。そのアイデアは、オマージュとして受け継ぐの」
「……ボクの目の前で……イザホが……!!?」
マウはウアの言葉に動揺して、糸をふりほどこうともがく……!!
そんなマウを見て……ウアは……
笑った。
ワタシのマウが……苦しむ姿を見て……!!
「あの時のわたしも、なにもできないまま、目の前でみんなが殺されるのを見ることしかできなかった……だけど、廃虚に飾られたみんなを見て……わたしは、その景色を受け入れることにしたの。そうすることで、あんな目になったみんなを受け入れられることが――」
ワタシは、オノをウアの頭部に振り下ろした!!
「!!」
床に、金属の落ちる音が響き渡った。
ッッ!!
そのオノを……両手で受け止められた!!?
冷静に考えれば……マウを縛る糸を、ウアは手で握っていない!! バックパックの紋章が胸に埋め込まれているから、マウを手で持つ必要がない!!
「イザホ、安心していいよ」
そのままウアに、オノを取り上げられて……!!
「マウは、これから役目を終えるあなたをオマージュして、これからも生き続けるのだから」
そのオノで、ワタシの頭部をたたき割られた!!
勢いで、ワタシは地面に倒される。
床には、ウアの持っていた長剣が落ちていた。
オノを受け止める際に、落としたんだ……
その長剣の近くには、羊の頭の破片……
そして、赤い皮膚が、落ちている。
長剣に反射された羊の頭は、半分に割れており、
ワタシの顔は、左半分の人骨が露出している。
人骨の空洞の中に収まった、目の紋章が埋め込まれた義眼は、まるで機械のようなまなざしを反射するワタシの顔を見つめていた。
「これでもう、解放されるよ。10年前の事件の代わりという……ね」
長剣を手にとって、ウアはワタシに刃を向ける。
「これで……みんな、忘れられないような……作品が作れる……わたしの……ママだって……」
!! 「ママ……?」
マウの言葉に、ウアはニッコリうなずく。
そのウアの後ろに見えるのは……作品を見て喜ぶハナさんが描かれた絵画……
【 ママのささえ、わたしのささえ 】
「そう。始まりは、ママがわたしの作品を見てくれたことなの」
ウアは懐かしむように、目を細めた。
「ママは、パパが死んだことにわたしよりも落ち込んでいた……その時、作品を見せると……あんなに喜んでくれたの」
だけどその目の奥にある義眼は、しっかりとワタシを捉えていて、ゆっくりと長剣の先を近づけていく。
「だけど、見てくれたのはそれだけ。それ以降は、見向きもしてくれなくなったの。まるで、目をそらすようにね」
……たしかに、ハナさんはウアの作品を見ないようになっていた。
だけど……!!
「だけど、きっとこの作品は気に入ってくれるはず!! その思いをこめて……イザホ、キミの左腕を……作品にこめる、キミが10年前の事件から解放されたという事実を……わたしにオマージュさせて!」
ウアは、勢いよく長剣を突きつけた。
直後、銃声によって、長剣が飛ばされた!!
「……!!?」「……え?」
長剣はくるくると周り、床に突き刺さる。
その側にいたのは……
「……あれ、生きてたの?」「クライさん!!?」
拳銃を手にうずくまっている……クライさんだ!!
「……おかげさまで……気を失っていたよ……受け身が取れなかったら……死んでたかも……」
ゆっくりと、クライさんは体を起こす。
「本当に……すごい作品だよね……計算されつくした……紋章の配置……だ……」
「どうもありがと。でもクライさん、結局あなたは死んでもらうよ? わたしの作品を……楽しんでもらってからね!」
それとともに、拳銃を床に置き……
「だけど……ウア。キミの作品は、ハナさんにはもう届かない」
「……? そんなことないよ。ママにだって、楽しんでもらえる――」
スマホの紋章を、起動させた。
「――ッッ!!?」
クライさんのスマホの紋章に映し出されたのは……
アスファルトにたたきつけられ、大量の血液を撒き散らした……
ハナさんの写真だった。
「……マ……マ……?」
その写真を見たウアは、声の紋章から震える声を出す。
「これは現場検証用に撮っておいた写真……ハナさんが手にしていた遺書には……こう言い残していた……」
クライさんはどこか哀れみの感情を持ちながら、それを隠すような力強さで、ウアをにらむ。
「……“ウアを、止めてください”」
「あ……」
それを聞いたウアは、大きく目を見開いた。
「ハナさんは……事件に目を向けようとしたわけじゃない……! ……ひとりでウアちゃんを育てられるように……不器用ながらでも強くなろうとした……結果なんだ!!」
「あ……ああ……!!」
その動揺から、両眼の義眼の焦点も、合わなくなっている気がする……
「ウアちゃん……キミはみんなが事件のことを目を向けないようにしているって言ったよね……」
赤く染まったその体を起こし、静かにウアさんに近づくクライさん。
「だけど……少なくとも……自分はずっと苦しめられていた……10年前の事件で……父さんが堕落したきっかけとなったあの事件で……!!」
「……ウソ……ウソ……!」
さっきまでとは打って変わり、首を振りながら後ずさりをするウア。
「……忘れるわけなんて、ないよ!!」
それまでウアの胸で黙っていたマウは、なにかを思い出したように耳を立て、声の紋章を青色に光らせる。
「ボクとイザホは、10年前の事件を知っている人たちと出会った!! テイさん、ホウリさん、ジュンさん、テツヤさん、フジマルさん、スイホさん……そして、ハナさんも!! 表向きには出さないようにしても!! その記憶は……紋章のように残り続けているんだ!」
……死体だから息をしないのに、ウアは体を震わせ、肩を上下させていた。
記憶の紋章に残った……習性があるから?
人間と同じように……動揺しているから?
「ウアちゃん……」
「……ッ!!」
クライさんの言葉にさえ、ウアはおびえた義眼を硬直させた。
「紋章に取りつかれていたのは……キミなんだよ……」
そう答えて、クライさんはウアの肩をつかんだ――
「――
音割れしたスピーカーのような声が、通路上に響き渡った。
その瞬間、ウアは手に持った長剣を絵画のハナさんに突き刺した!!
そして、胸元で拘束しているマウをつかみ、糸を引きちぎり――!!
「わわっ!!?」
後ろに、投げ捨てた!!
すぐにワタシは飛びついて受け止める!!
「うぐっ!!」
その瞬間、クライさんの悲鳴が響き渡る!
「違うッ!! ちがうっ! 違ウッ! TIGAUU!!」
ウアはクライさんを押し倒していて……なんども殴りつけていた……!!
「ママは!! 気づいてないだけっ!! わかってないダケッ!! わたしのサクヒンヲッ!! わかっテナイDAKEE!! さくひんヲミタラッ!! ミルメモKAWARU!! ママガワタシノサクヒンヲRIKAIシテ!! ミズカラ死ヲERBUNANNTEE!! ソンナワケナイ!! SONNNAWAKENAAIIII!! SINNZINAAAAAAAIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!!!!」
そっか……
ウアも……人間だったんだ……
少なくとも……ワタシよりも……はっきりとした人格……感情を持ってる。
作り物では表わしきれない、少しだけ醜い感情……
とても奇麗な物であろうとしても……なりきれていない者……
ワタシの胸の中で、先ほどまで渦巻いていた感情の他に、ある感情が添えられた。
「DAMARE!! DAMARE!!! DAMA――」
通路に響いたなにかが突き刺さる音に、ウアは体を硬直させた。
「――ッ!!」
「……イザホ?」「イザホ……ちゃ……ん……?」
ワタシは絵画の中のハナさんに突き刺さったオノを手にとって……
再び、壁に突き刺したのだ。
……あの時のお父さまは、こんな感じにオノを向けていたのかな。
「――A……AAAA……!!」
ワタシは、オノを引き抜き、
左腕でオノをウアに向け、
右腕を翼をはためかせるように、上げる。
10年前の
右半分の顔は、羊の頭。
左半分の顔は、人骨。
お父さまから受け継いだオマージュと、ワタシのオリジナリティを、意識して。
安心して。
解放されるべきは、おまえなんだから。
【