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第120話 人物画たちの血祭り




 こんなにも、深かったっけ……?




 そんな疑問が、胸の紋章に芽生えた直後だった。




 水面に、左手が出た。


 その直後、ワタシの視界が水中から、井戸の中へと変わる。




「イザホ!!」「イザホちゃん!!」




 声のある方向に振り返る。


 ……!! マウ!! クライさん!!


 ふたりは、石でできた足場の上でワタシに手を伸ばしてくれた……!!





「イザホ、ウアはいた!?」


 ワタシの右手に、治療の紋章を埋め込んだ包帯を巻くマウ。

 その質問にワタシはうなずいて、水の底をのぞく。


 もはや、水面からはウアの姿は見えない……




「それにしても、いつまで上がり続けるんだ……?」




 ワタシたちの乗っている石の足場は、水面とともに上がっていた。


 上を見てみると、天井のサバトの紋章がこちらに迫ってくる……

 いや、光輝いていないから、あれは模様だ……




「!! ねえ、あそこ!!」




 マウが指さした場所は……窓のような大きさの穴。




「あれって、ボクたちが入ってきた暖炉だよね!?」




 たしかにそうだ。あの場所からスイッチの紋章を触れたことで、この井戸の底まで落とされたのだ。




 ……ただ、あの穴……なぜか赤いような……




「……水の勢い……止まる気配がない……!」

「ウアのことも気になるけど、いったんあの穴に入らないと!!」




 ちゅうちょしている暇はない。

 マウとクライさんは長時間水の中にいると、酸素不足で窒息死してしまう! 酸素を補給する場所がなくなる前に、部屋を移動しないと!!




 ワタシはマウを左腕でかかえ、クライさんとともに泳いで暖炉の穴まで向かった……










 !!




 人物画の部屋に戻ったワタシは、思わず尻餅をついた。




「……ちゃんと手を回していたってわけだね」「……」




 絵画が……燃えている!!




 テイさんが……テツヤさんが……フジマルさんが……ナルサさんが……スイホさんが……




 お父さまが……燃えている!!





 炎で!!




「イザホ!! しっかり――」


 ……マウの言葉でなんとか気を奮い立たせる。

 炎は……やっぱり怖いけど……!! こんなところで、ひるんでいる場合じゃない――


「――!!? こほっ!」


 !?

 マウが咳き込んだ!? だいじょうぶ!!?


「け……けむりが……」「げほっ……マウちゃん……服を口と鼻に……!!」


 クライさんはハンカチを取り出し、その場にしゃがんだ。マウも言われた通りにコートの襟を鼻に当てる。

 炎に視線を奪われていたけど……この部屋、だんだんと充満してきている……!!?


「扉から……でないと……!!」


 クライさんは、はいつくばりながら扉まで移動し、ノブに手をかける……


「……!!」


 だけど、開かないみたい!!

 ガチャガチャとノブを回す音が響く中、クライさんの姿すら煙で見えなくなっていく……!?


「クライさんッ! 入ってきた暖炉もふさがれて……けぽっ!!」


 ワタシの足元で、マウが苦しそうにせきをする!




 このままでは、煙が充満して……


 煙に含まれている有毒な物質で、マウとクライさんが死んでしまう……!!




 !!


 なにかが……見えた……


 ちらりと……煙の間に……




 人物画を包む炎の中に……




 光……?




「イザホ……?」「……」




 ……近づいてみるしかない。


 ワタシは、炎に向かって足を一歩、踏み出す――




 ――ッ!!


 胸の中に、葬儀の火葬場での出来事が再生される……




 ……もう一歩、踏み出す。




 今度は、裏側の世界で炎に囲まれた出来事が再生される。


 あの時、助けてくれたのは……お父さまだったっけ……




 もう一歩、踏み出す。




 そのお父さまが、目の前で燃え上がった光景。

 そして、火が消され、胸の紋章をヤリで突かれるお父さまの光景が、再生された。




 ……どうして、怖がっていたんだろう。


 たしかに、炎に包まれることだけは……怖い。


 その炎で身を包まれ、焼きとかされ、形がワタシとは別の物となるのは……怖い。




 だけど、なにも出来ないほど?




 ワタシは被っている羊の頭をなでで、吹き出した。




 目の前で、マウ……それにクライさんが死んだとしたら?


 動かなくなったと……したら……?




「イザホ、なにか見つけたの?」「げほっ……まずい……充満してきた……」




 少なくとも……お父さまの炎が消されて、目の前で機能を停止させられた方が……


 火だるまになったお父さまよりも……怖かった。




 ワタシは、バックパックの紋章からオノを取り出して……




 目の前の炎に向かって、振り下ろした。








 炎に包まれたテイさんの人物画が、真っ二つに割れ……




 オノは、壁に埋め込まれた赤いスイッチの紋章に、突き刺さっていた。







「!!」「これは……!!?」







 その瞬間、上空からなにかが振ってきた……!!




 思わず、ワタシは羊の頭に手を当てる。

 これは……赤い液体……?




「もしかして……」「スプリンクラー……!?」




 天井を見ると、小さな穴が空いており、そこから赤い液体が降り注いでいた。


 位置は違うのに、まるでテイさんからあふれた血液のようだった。




「でも……けぽっ……!」「まだ……足りないみたいだ……!」




 スプリンクラーが吹き出した箇所は、テイさんの人物画があった場所の近くだけ。


 ならば……!!




 ワタシは、テツヤさんの顔面にオノを振り下ろした。




 ワタシは、フジマルさんの顔面にオノを振り下ろした。




 ワタシは、ナルサさんの顔面にオノを振り下ろした。




 ワタシは、スイホさんの顔面にオノを振り下ろした。




 5人の顔は真っ二つに割れ、


 空からは血の雨が降り注いだ。





「火は止まった……」「だけど……この煙がまだ……!!」




 煙の充満した部屋の中で、ワタシはある場所に目を向けた。










 その位置は、バフォメットお父さまの人物画。




 そこに向かって、ワタシはオノを投げた。






 お父さまが真っ二つに割れるとともに、


 近くの扉が、音を立てて開き始めた。









「……開いた!」「マウちゃん! 早くこっちに!!」




 マウとクライさんは背を低くしたまま、赤い雨にぬれながらも扉の先に避難を始めた。


 ワタシも、壁に刺さったあのオノを抜いて、早く脱出しなきゃ……!










 オノを抜いて、ワタシは扉をくぐる。


 マウたちは、ワタシよりも先に通路の奥へと向かっている……


 冷静に考えると、煙がこの通路まで入ってきていることに気づく!

 早くこの扉を閉めないと!! ワタシは後ろの扉に手を回す――









「10年前とそっくりだね」








 ……煙の中に、ウアの姿があった。







「それでいて、炎に立ち向かうというオリジナリティあふれる殺人鬼……とても、ステキだね」







 その言葉とともに、ウアは部屋のテーブルの下に、手を回した……!!








 次の瞬間、ウアの後ろの壁が崩れ、


 大きな鉄球が、ウアの体を吹き飛ばした!!




 !!!


 ウアはワタシの体にぶつかり……!!




「イザホッ!!!」「イザホちゃん!!」




 巻き込まれたワタシも、ウアとともに部屋から奥の通路へと吹き飛ばされる……!!











「!! クライさん!! よけてェッ!」「……!!!?」








 ワタシの背中に、なにかがぶつかった。




 その何かは、ワタシとウアの勢いを止めることができずに、ともに奥へと吹き飛ばされる……!!







 !! 「ごほっ!!?」




 奥の壁に激突し、ワタシたちは床に落ちる。


 顔を上げると、【  わたしの原点  】と書かれた名札が目に入った。




「……ぉ……ぁ…………」




 後ろで、うめき声……?


 振り返ると……ッ!!




「……ッ…………」




 真っ赤に染まったクライさんが、倒れていた。




 クライさんは立ち上がろうと……握り拳を作る……




「……ぁ…………」




 その瞬間、まるで糸が途切れたように……




 クライさんは力を緩め、









 動かなくなった。







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