こんなにも、深かったっけ……?
そんな疑問が、胸の紋章に芽生えた直後だった。
水面に、左手が出た。
その直後、ワタシの視界が水中から、井戸の中へと変わる。
「イザホ!!」「イザホちゃん!!」
声のある方向に振り返る。
……!! マウ!! クライさん!!
ふたりは、石でできた足場の上でワタシに手を伸ばしてくれた……!!
「イザホ、ウアはいた!?」
ワタシの右手に、治療の紋章を埋め込んだ包帯を巻くマウ。
その質問にワタシはうなずいて、水の底をのぞく。
もはや、水面からはウアの姿は見えない……
「それにしても、いつまで上がり続けるんだ……?」
ワタシたちの乗っている石の足場は、水面とともに上がっていた。
上を見てみると、天井のサバトの紋章がこちらに迫ってくる……
いや、光輝いていないから、あれは模様だ……
「!! ねえ、あそこ!!」
マウが指さした場所は……窓のような大きさの穴。
「あれって、ボクたちが入ってきた暖炉だよね!?」
たしかにそうだ。あの場所からスイッチの紋章を触れたことで、この井戸の底まで落とされたのだ。
……ただ、あの穴……なぜか赤いような……
「……水の勢い……止まる気配がない……!」
「ウアのことも気になるけど、いったんあの穴に入らないと!!」
ちゅうちょしている暇はない。
マウとクライさんは長時間水の中にいると、酸素不足で窒息死してしまう! 酸素を補給する場所がなくなる前に、部屋を移動しないと!!
ワタシはマウを左腕でかかえ、クライさんとともに泳いで暖炉の穴まで向かった……
!!
人物画の部屋に戻ったワタシは、思わず尻餅をついた。
「……ちゃんと手を回していたってわけだね」「……」
絵画が……燃えている!!
テイさんが……テツヤさんが……フジマルさんが……ナルサさんが……スイホさんが……
お父さまが……燃えている!!
炎で!!
「イザホ!! しっかり――」
……マウの言葉でなんとか気を奮い立たせる。
炎は……やっぱり怖いけど……!! こんなところで、ひるんでいる場合じゃない――
「――!!? こほっ!」
!?
マウが咳き込んだ!? だいじょうぶ!!?
「け……けむりが……」「げほっ……マウちゃん……服を口と鼻に……!!」
クライさんはハンカチを取り出し、その場にしゃがんだ。マウも言われた通りにコートの襟を鼻に当てる。
炎に視線を奪われていたけど……この部屋、だんだんと充満してきている……!!?
「扉から……でないと……!!」
クライさんは、はいつくばりながら扉まで移動し、ノブに手をかける……
「……!!」
だけど、開かないみたい!!
ガチャガチャとノブを回す音が響く中、クライさんの姿すら煙で見えなくなっていく……!?
「クライさんッ! 入ってきた暖炉もふさがれて……けぽっ!!」
ワタシの足元で、マウが苦しそうにせきをする!
このままでは、煙が充満して……
煙に含まれている有毒な物質で、マウとクライさんが死んでしまう……!!
!!
なにかが……見えた……
ちらりと……煙の間に……
人物画を包む炎の中に……
光……?
「イザホ……?」「……」
……近づいてみるしかない。
ワタシは、炎に向かって足を一歩、踏み出す――
――ッ!!
胸の中に、葬儀の火葬場での出来事が再生される……
……もう一歩、踏み出す。
今度は、裏側の世界で炎に囲まれた出来事が再生される。
あの時、助けてくれたのは……お父さまだったっけ……
もう一歩、踏み出す。
そのお父さまが、目の前で燃え上がった光景。
そして、火が消され、胸の紋章をヤリで突かれるお父さまの光景が、再生された。
……どうして、怖がっていたんだろう。
たしかに、炎に包まれることだけは……怖い。
その炎で身を包まれ、焼きとかされ、形がワタシとは別の物となるのは……怖い。
だけど、なにも出来ないほど?
ワタシは被っている羊の頭をなでで、吹き出した。
目の前で、マウ……それにクライさんが死んだとしたら?
動かなくなったと……したら……?
「イザホ、なにか見つけたの?」「げほっ……まずい……充満してきた……」
少なくとも……お父さまの炎が消されて、目の前で機能を停止させられた方が……
火だるまになったお父さまよりも……怖かった。
ワタシは、バックパックの紋章からオノを取り出して……
目の前の炎に向かって、振り下ろした。
炎に包まれたテイさんの人物画が、真っ二つに割れ……
オノは、壁に埋め込まれた赤いスイッチの紋章に、突き刺さっていた。
「!!」「これは……!!?」
その瞬間、上空からなにかが振ってきた……!!
思わず、ワタシは羊の頭に手を当てる。
これは……赤い液体……?
「もしかして……」「スプリンクラー……!?」
天井を見ると、小さな穴が空いており、そこから赤い液体が降り注いでいた。
位置は違うのに、まるでテイさんからあふれた血液のようだった。
「でも……けぽっ……!」「まだ……足りないみたいだ……!」
スプリンクラーが吹き出した箇所は、テイさんの人物画があった場所の近くだけ。
ならば……!!
ワタシは、テツヤさんの顔面にオノを振り下ろした。
ワタシは、フジマルさんの顔面にオノを振り下ろした。
ワタシは、ナルサさんの顔面にオノを振り下ろした。
ワタシは、スイホさんの顔面にオノを振り下ろした。
5人の顔は真っ二つに割れ、
空からは血の雨が降り注いだ。
「火は止まった……」「だけど……この煙がまだ……!!」
煙の充満した部屋の中で、ワタシはある場所に目を向けた。
その位置は、
そこに向かって、ワタシはオノを投げた。
お父さまが真っ二つに割れるとともに、
近くの扉が、音を立てて開き始めた。
「……開いた!」「マウちゃん! 早くこっちに!!」
マウとクライさんは背を低くしたまま、赤い雨にぬれながらも扉の先に避難を始めた。
ワタシも、壁に刺さったあのオノを抜いて、早く脱出しなきゃ……!
オノを抜いて、ワタシは扉をくぐる。
マウたちは、ワタシよりも先に通路の奥へと向かっている……
冷静に考えると、煙がこの通路まで入ってきていることに気づく!
早くこの扉を閉めないと!! ワタシは後ろの扉に手を回す――
「10年前とそっくりだね」
……煙の中に、ウアの姿があった。
「それでいて、炎に立ち向かうというオリジナリティあふれる殺人鬼……とても、ステキだね」
その言葉とともに、ウアは部屋のテーブルの下に、手を回した……!!
次の瞬間、ウアの後ろの壁が崩れ、
大きな鉄球が、ウアの体を吹き飛ばした!!
!!!
ウアはワタシの体にぶつかり……!!
「イザホッ!!!」「イザホちゃん!!」
巻き込まれたワタシも、ウアとともに部屋から奥の通路へと吹き飛ばされる……!!
「!! クライさん!! よけてェッ!」「……!!!?」
ワタシの背中に、なにかがぶつかった。
その何かは、ワタシとウアの勢いを止めることができずに、ともに奥へと吹き飛ばされる……!!
!! 「ごほっ!!?」
奥の壁に激突し、ワタシたちは床に落ちる。
顔を上げると、【 わたしの原点 】と書かれた名札が目に入った。
「……ぉ……ぁ…………」
後ろで、うめき声……?
振り返ると……ッ!!
「……ッ…………」
真っ赤に染まったクライさんが、倒れていた。
クライさんは立ち上がろうと……握り拳を作る……
「……ぁ…………」
その瞬間、まるで糸が途切れたように……
クライさんは力を緩め、
動かなくなった。