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第117話 井戸の底の最高傑作





「フジマルさんッ!!?」


 その部屋に入った時、マウは驚いたように三日月の白目が出していたけど、すぐに目を細めた。




 目の前に現われたフジマルさんは、石造りの壁に掛けられた、人物画だ。


「……この部屋って……」


 クライさんも、現場検証でこの部屋……正確には、この裏側の世界の元となった、裏側の世界に来ていたんだ。




「……ボクたちがハナさんを追いかけて入った裏側の世界も、こんな部屋があったよね」




 ワタシたちの目の前にあったのは、奥まで続くダイニングテーブル。


 そして、壁に飾られた人物画たち。


 再現された場所とはいえ、ワタシたちはこの部屋に見覚えがある。


 人物画の人物が、一部変えられていることをのぞけば。




「あの時、並べられていた人物画……みんな、出会うことができるなんて……ボクは正直思っていなかったよ」


 あの時並べられていたのは……刑事のスイホさんにクライさん、紋章研究所の所長であるテイさん、医者のジュンさん、紋章ファッションデザイナーのナルサさん、教師のテツヤさん……そして、ウアにバフォメットだった。


「でも……あの時とは……顔ぶれが違う……」





 この裏側の世界の人物画は……


 ワタシたちの向いている壁に飾られていたのは、右からそれぞれ――


 四角いメガネをかけたオールバックの髪形の男性――テツヤさん。

 モッズコートを着た無造作ヘアーの男性――フジマルさん。

 外ハネボブカットのまっすぐな目をしたスーツの女性――スイホさん。


 入ってきた扉を閉め、後ろを振り返ると、左からそれぞれ――


 ポニーテールにTシャツという軽い服装の女性――テイさん。

 目をボサボサの前髪で隠した男性――ナルサさん。


 このふたつの人物画の間には、ワタシたちが入ってきた扉が立っていた。




 そして、扉を奥に右を見てみると……




 セーラー服を着た、おさげの少女――ウア。




 その反対側には……




 複数のヤリによって串刺しにされた羊頭の大男――バフォメットお父さま……!!




 まるで、前の裏側の世界から……10年の時が、この部屋だけ立っていたような錯覚に陥いるような部屋の中。




 ワタシは胸の中に渦巻く殺意怒りを、被っている羊のヘルメットをなでて落ち着かせた。




「ジュンさんとクライさんがいなくなって、代わりにフジマルさんが入ってきているね」


 マウはフジマルさんの人物画をのぞきながら、複雑そうにつぶやく。


「そういえば……マウちゃん……フジマルさんは……この事件で狙われているのは6人って……言ってたよね……?」


 クライさんの言葉に、マウはうなずく。

 今日の朝、瓜亜探偵事務所で缶コーヒーを飲みながら待っていた時、マウがクライさんにあらかじめ情報を交換してくれたんだ。


「うん。あの時はウアも含まれていたからね。それを考えても……どうして人物画の数が減っているんだろう?」


 ふたりと一緒に改めて部屋を見渡していると、


 ワタシの義眼に、バフォメットの下にあるものが目に入った。




 それは、暖炉。


 火のつけられていない暖炉の奥に輝くのは、緑色の光……


 スイッチの紋章だ。




「そういえば……前のこの部屋も、このスイッチの紋章に触れて次の部屋への道が開いたよね」


 暖炉を前に、マウが鼓舞するように腕を振り回す。

 たしかあの時、紋章に触れると……テイさんの人物画が落ちたんだっけ。まさか、そのテイさんが次の犠牲者……いや、最初の犠牲者になるとは思わなかったけど……


「それじゃあ、押してくるね」「うん……油断しないで……」


 マウは暖炉の中に入り込み、その奥に見えるスイッチの紋章に触れる。




 !!!




 それとともに、マウの姿が……!!




 ワタシは、マウに向かって手を伸ばした。




 それとともに、浮遊感を感じて……




「イザホちゃん!! マウちゃん!!」







 ワタシはマウとともに、暗闇の中へと落下していった。











「……ッ!!」




 上を見上げると、クライさんもともに体を乗り出して、一緒に落ちてきていた。







 落ちてきた暖炉は、もうあんなに小さくなっている。











 そう思った瞬間、ワタシたちの体は水に包まれた。











「だーかーらー! 言っているでしょー!! しっけ、いやー!!」


 部屋の中央にあった陸に上がり、マウはぶるぶると毛並みについた水滴をはたき落としていた。


「でも……この裏側の世界に来るときも……ぬれてたよね……」

「あれは心構えができてたからだいじょうぶだったのー!」


 マウとクライさんがしゃべっている間に、ワタシは周りを懐中電灯で照らしてみた……




 ワタシたちが立っている陸の周りは、水で囲まれている。

 さっき感じた深さは……底が見えなかったような気がする。


 そこから光を上に向けると……まるで井戸の底のような、石造りの壁……




 !!




 その光に、見覚えのある金髪とノーズリーフトップスが写った。




 懐中電灯の光で照らされていたのは、人物画……




 リズさんの、人物画だった。




「!! クライさん、あれ!!」「……!!?」


 後ろでマウが、ワタシと反対方向を指さした。


 クライさんが懐中電灯の光で照らした先には……




 ウェーブロングの整った顔つきの男性――医者のジュンさん。




「ということは……」




 クライさんの懐中電灯の光は、その左に向けられた。




 そこにあった、3つ目の人物画は……




 髪を後ろ髪を束ねている暗い顔のスーツの男――クライさん。




 リズさんとジュンさん、そしてクライさん……


 この3人はまだ生きているけど、元々ウアに狙われるはずだった……!!










「どんなに素晴らしい材料でも、作品を作る時には捨てることもあるの」








 突然、聞こえてきたのは……


「!!」「ウアちゃん……!!」









「まさか、フジマルさんが10年前の事件とつながっていた人だったなんて、思っていなかったなあ……それだったら、フジマルさんがスパイでやってきた時にすぐ顔を描けばよかったかな?」









 ウアの声に、ワタシたちは互いに背を合わせる。







「そんなに怖がらなくてもいいのに。わたしの作品を見せるまでは、まだ作品にしないよ?」










 その言葉とともに、上空に光が見えた。




 見上げてみると、高い天井にスポットライトが当てられていた。




 そのスポットライトに当たっているのは……




 額縁に飾られた、紋章。




 右に向いた羊の頭の形をした、紋章。







「サバトの紋章……わたしが、もっとも影響を受けた、紋章。ママの会社でサバトのウワサを聞いて、わたしは気になってスイホに頼んだんだ」









 そのスポットライトが、ゆっくりと、下に降りていく。






「わたしね、よく名前を反転する癖があるみたい。鳥羽差市の全体を描いた【イケンエ・ケルェヴー】みたいに。最初は特に理由もなく、つけていただけなのに……」









 …… 「……」「……」









「だけどね、このタイトルを……褒められたことがあったの。うれしかった。まるで紋章みたいに自信が埋め込まれた。単なるお世辞じゃないってわかったのは、その人自身も作品に取り入れたいって言ってくれたから……」











 スポットライトは、ワタシたちの前に照らされた。










「だから、この作品は自信を持って名付けるの!! サバトの裏側、鳥羽差市……その裏側!! みんな……わたしのママまでも……目を背けていた10年前の事件が!! この作品で!!! 永遠に語り継がれるの!!!!」









 赤いカーテンに包まれた、巨大な額縁。







「イザホ、あなたに見せてあげる!! そして、その見たという事実が、この作品の敬意オマージュとなるのッッ!!」








 その下の札に、書かれた文字は……
















【  章紋のトバサ  】

















 そして、そのカーテンが今、開かれた。









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