ウアが待ち受ける、裏側の世界……
その城の中で、ワタシたちは横に絵画が並んだ部屋で、絵画を見ていた。
今、目の前にある絵画は、10年前の様子を描いた、死体に囲まれるウアが描かれている。
その下には――
【 わたしの原点 】
こう書かれた、名札が飾られていた。
「タイトルまでつけちゃって……本当に、美術館って感じだね」
マウはその隣の絵画に目を向けた。
【 ママのささえ、わたしのささえ 】
その絵に写っていたのは……ハナさん。
乱れた髪で、額縁を壁に飾っていた。
窓から差し込む光は、まるで次の道を示しているように。
ハナさんの頬は、輝いていた。
「ささえ……ハナさんとウアちゃんの……ってわけか……」
クライさんは、名札に書かれたタイトルを見てつぶやき、マウに顔を向ける。
「10年前の事件は……ウアちゃんが引き起こしたわけでは……ないんだよね……?」
「うん。10年前の事件の被害者……彼らのうち5人を殺害したのは、バフォメット。そして、ひとりはスイホさんだったよ」
マウの言葉に、クライさんは納得するようにうなずいていた。
それとともに、マウはなにかに気づいたように耳を立てる。
「イザホ……よく考えたら、ウアさんも10年前の事件で父親を失っていたよね」
……ウアは、父親を失った。
ウアの目の前で……バフォメットに殺された……
それを見ていたのなら、どうして笑顔で死体たちと戯れることができるの?
どうして悲しみを知っていたのに、再び同じことを繰り返していたの?
「それにしても、ハナさん……なんだか、生き生きしているね」
マウの言葉に、もう一度その絵画にワタシたちは注目する。
「イザホちゃん……キミが行った行動によってイザホのお母さんが喜んでいるのを見たら……どう思う……?」
クライさんの言葉に、ワタシは胸に手を当てて考えてみる。
ワタシがお母さまの家事を手伝った時……お母さまは、ワタシのことを褒めてくれた……
ワタシは、お母さまの役に立っている。お母さまの、支えになっている……
それを実感することが、ワタシの人格の紋章を満たしてくれて、また次も力になりたいと思う……
!!
「イザホ、なにかわかった?」
不思議そうに見つめてくるマウに対して、ワタシはうなずく。
きっと……ウアも同じだったのだ。
「ウアちゃんは……書いた絵を見て喜ぶハナさんの顔を見て……作品に情熱をかけることに目覚めた……この絵のタイトルの……“ささえ”には……そんな意味が込められている気がする……」
クライさんは、その隣の絵と比べながら呟いていた。
隣の絵画では、幼いウアが奥に向かって橋を渡っている。
その橋は、全て絵画によって出来ていた。
ウアの足元には【 ママのささえ、わたしのささえ 】が、
その手前には、【 わたしの原点 】が描かれている。
タイトルは――
【 積み重ねの橋 】
「こんなに絵の才能があるのに……どうして……10年前の事件と同じことを……」
クライさんが首をかしげる横で、マウはその次の絵に目を向けていた。
「どうやら、ウアはボクたちにそれを教えるために、この部屋に絵を飾っているんだね」
次の絵は、暗闇に立ち去って行く女性……ハナさんが描かれていた。
その足元には、たくさんの絵画。
ハナさんは絵画を見ることなく、ただ奥へと、立ち去って行く。
その手前には、手を伸ばす女の子の手があった。
タイトルは――
【 離れていく希望 】
「どうして……ウアちゃんの絵を見て希望をもらっていたハナさんが……」
「……ねえイザホ、キミはなにか知っているって顔をしているね」
振り向いたマウに、ワタシはうなずく。
そして、知能の紋章からハナさんの言葉を思い出し、スマホの紋章に書き込む。
“この絵を見た時、あたしは決心した。ひとりでも、ウアを育てるために頑張るって……ウアのために、強くなろう……って。
でも本当は……ただ忘れたかっただけだった。あたしは親から引き継いだ会社の仕事に取り組みすぎて……ウアを放置していた。ウアが作品を見せに来ても、あたしは見向きもしなかった……ウアに甘えちゃいけないって……思って……”
「ハナさんは……ウアちゃんのために強くなろうとして……甘えないようにするために……無視をしていた……」
「だけど、ウアにとってはハナさんの思いは伝わらず、見捨てられたように考えた……」
その隣の絵に、ワタシは顔を向ける。
次の絵は、最後の絵だった。
女の子……ウアが、必死に手を伸ばしている絵。
足元には、ぐしゃぐしゃになった絵画たち。
そして、その反対側……ウアが手を伸ばす先にいたのは……羊の頭だった。
タイトルは――
【 表現の模索 】
「その表現として選んだのが……殺人だったの?」
マウはその絵に描かれているウアに、話しかけた。
絵の中のウアは、答えることはない。
ワタシたちはこの絵を見て、答えのない妄想を考えなければならない。
「……自分の父さんも……すれ違っていた……」
クライさんが、今まで見た絵画の方向に向かってつぶやく。
「犯人ではないと主張していた……ホウリさんの父親と……犯人と決めつけていた……自分の父さん。それぞれ本当のことを言っているのに……かみ合わず……あんな結果になった……」
「……なるほどね」
クライさんの言葉にマウは納得したようにうなずいて、【 離れていく希望 】を眺めていた。
ワタシは、胸に手を当てて記憶を再生する。
言い方は悪いものの最後まで大学の職員のことを考えていた弁護士と、真面目に振る舞おうとした結果行き過ぎた正義となってしまったスイホさん。
単に自分の芸術を信じて作品を書いた教師のテツヤさんと、それを10年前の事件と結び付けて見てしまった周りの人たち。
母親のために紋章に惹かれるようになった紋章研究所のテイさんと、紋章を嫌っていたためにテイさんとケンカをしてしまった母親。
サバトの元締め故に全てを話すことができなかったリズさんと、ウアを殺したのはリズさんではないかと疑い避けるようになった小学生のアンさん。
そのことを悔やみ生き急ぐようになったフジマルさんと、姉が殺されたのはフジマルさんのせいだと考えるようになった白髪の少女の弟。
作った女性の願いをかなえようとして訳も分からず殺害してしまった
自分を強く見せようとウアを頼らないようにしていたハナさんと、それを見てもっといい作品を作ろうとしたウア。
みんな、作品のように自分の思っていることを表現して、
それを間違った解釈で読み取られてしまい、悲劇へと変わった。
本当に、本人が教えないと……伝わらないのかな。
だけど……どうして……?
ワタシはその考えを……肯定できなかった。
「……」
そんなワタシを、マウはじっと見つめていた。
ワタシはこのことを忘れるように首を振って、マウとクライさんとともに、【 表現の模索 】の横にある扉に手をかけた。
次の部屋に入って、目に入ったのは……
フジマルさんの、人物画だった。