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第111話 濡れた羊





 児童養護施設の扉をくぐり、ワタシたち4人は目に入った階段を駆け上がる。


「イザホ!! あの部屋だよ!!」


 バックパックの紋章から懐中電灯を取り出しながら階段を上がりきると、明かりが漏れている扉を見つける!




 その扉を開けた先にあったのは……










 暗闇に包まれた、寝室。


 先ほどまで電気が付いていたはずなのに、電気はすっかり消えていた。


 壁際の2段ベッドに、真ん中に放置されたスケッチブックは……

 フジマルさんの右耳を見た後にローブの人物を追いかけた、あの裏側の世界に似ていた。


「マタ……逃ゲラレタ……?」

「いや……さっきまでは電気がついていたから……イザホちゃんをはじめとした自分たちがこの部屋に来た瞬間に……移動したんだ……!」


 クライさんがにらみつけるスケッチブックに埋め込まれた、羊の紋章。

 その羊の紋章に、マウは近寄る。


「まさか、またワナじゃないよね?」


 心配そうに鼻をブッブッとならすマウに対して、バフォメットは首を振る。


「今度ハ……ワレガ……先ニイク……」


 ワタシは前に出たバフォメットに一瞬だけ手を伸ばすものの、すぐに引っ込めた。

 フジマルさんのインパーソナルを追いかけるためには……あの羊の紋章を通る必要がある。

 ここでぐずぐずしている、暇なんてないんだ。


 バフォメットは羊の紋章に触れて、吸い込まれていった。




 …… 「……」「……」


 マウは、心配そうにワタシに顔を向けた。


「……バフォメット、遅いね」


 ワタシはしゃがんで、安心させるためにマウの頭をなでてあげる。

 だいじょうぶ。バフォメットは……きっと戻ってくる。その意味をこめて……




「!! イザホちゃん! マウちゃん!!」


 その時、羊の紋章から手が現われた!!




「……コノ先……出ルノ……手間カカル……」



 羊のヘルメットが、懐中電灯の光に当てられてキラキラと輝いている。


 ……羊の紋章から顔を出したバフォメットは、なぜか全身びしょぬれだった。













 再び羊の紋章に吸い込まれたバフォメットを追いかけて、ワタシたちも羊の紋章に触れ、裏側の世界へと……




 !! 「うわっ!!?」「な……!!」




 羊の紋章は、裏側の世界では天井についていた!!


 ワタシたちは重力に逆らえず、下へと落とされる……!!!




「あうっ」「……!!」




 だけど、バフォメットが受け止めてくれたおかげで、地面にたたきつけられることはなかった。


「それにしても……人ふたりにウサギ1匹を抱えられるって……」


 ワタシとバフォメットの手で板挟みになったクライさんは、不思議そうにバフォメットを見上げる。


「ねえ、それよりもここって……」


 ワタシの上に乗っているマウの言葉に、ワタシは手に持っている懐中電灯で、辺りを照らしてみる。




 ここは……コンクリートの壁に囲まれた空間。


 そして、バフォメットの下半身を向けてみると……



 半透明の液体が、海のように部屋中に広がっていた。





 クライさんは、手でその液体に触れた。


「この液体……ぬるぬるしている……」

「どうりで、バフォメットの体もぬるぬるしていると思ったよ」


 マウにつつかれているバフォメットは、ゆっくりと羊の紋章を見上げた。


「ヌルヌル……キライ……」


 ……ちょっぴり不機嫌そう。


「それにしても……この匂い、もしかして――」




 そのマウの言葉は、扉がたたきつけられる音によって止められた!


「なに!?」「……!!」「……」




 ワタシの持つ懐中電灯とは別の明かりが、ワタシたちを照らす。




 目の前に見える階段……




 その先に、開かれた扉から光が見えていた。











 扉の先をくくると……




「ここは……教会……?」




 クライさんの言葉とともに、ワタシたちは教会の内部を見渡した。


 床や壁は、ほこりひとつ落ちていない石造り。

 周りには大きな柱が何本も立っており、同じ石でできた屋根までもホコリが落ちてくる気配はない。


 それなのに、窓はすべて木の板で打ち付けられており、


 カーペットはおろか、ベンチすら見当たらない。


 明かりは天井にぶら下がった、ほのかに光る豆電球の照明だけ。


 後ろを振り返ってみると、誓いの言葉を述べる場所である講壇が存在せず、講壇があるべき場所に地下へと続く階段が存在していた。




「とても奇麗なのに……廃虚と思ってしまう……不思議な教会だ……」


 そうつぶやきながら、クライさんは先頭を歩いて行く。

 ワタシたちも、後に続こう……




「グ……ググ……」




 ……?

 ワタシが数歩歩いて後ろを振り返ってみると、バフォメットはまだ2歩しか歩いていなかった。

 まるで、滑りそうになっているのを必死に踏ん張っているみたい……


「そういえばバフォメット、体拭いたほうがいいんじゃない? さっき階段を上がる時も、転けそうでひやひやしてたよ」


 バフォメットは先ほどの液体を全身に被っていたため、全身が液体のぬめりに包まれている。ワタシたちはバフォメットに抱えられていたから、靴が滑りやすいということはなかったけど……

 マウの言葉通り、タオルで体を拭かないと転びそうだ。


「……ソレヨリモ……インパーソナル……追イカケル……」

「そうは言っても、インパーソナルの目の前で滑ったら危険だよ?」


 マウはタオルを取り出して、バフォメットに近づいていく……





「!!!」




 突然、バフォメットは後ろを振り向いた!!



「ミツケタ……!!」


 バフォメットは大きく蹴り上げると、その後ろから打ち上げられた人影が見えた!




 その空を舞う人影は……黒いローブを身にまとったフジマルさんのインパーソナル。




「すごい……!! 天井まで届きそうだ……!!」




 宙に浮かんだインパーソナルに対して、バフォメットはバランスを崩しかける……!


 それでも地面に手をついてふんばり、バックパックの紋章から手斧を取り出す!

 バフォメットなら、飛び上がって追撃もできそうだけど……液体をまとっている状態では難しそうだ。


「落チテクル……ソコヲ……!!」




 バフォメットは、インパーソナルをにらみつける……




 だけど、インパーソナルは落ちてこない。




「……!?」

「もしかして……天井裏に張り付いている……!!?」




 よく見てみると、天井の木材に刃物のような物を突き立てている!




「!! 何か取り出したよ!!?」





 ワタシは、インパーソナルが取り出したものを見ようと、義眼に集中させる……










 そして、見てしまった……





 見てしまった……




 フジマルさんの……インパーソナルの手に……ある……




 小さな……炎を……!!!




「彼女は、サバトを愛し、見たことのない鳥羽差市も愛していた」




 フジマルさんのインパーソナルは……


 まるで、手に持つ炎は怒りであると表現しているように……


 怒りを想像したものから生まれた、演義の言葉を……


 ぶつぶつとつぶやいて……!!




「私は……この鳥羽差市を愛しているッ!!」




 その小さな炎を手に、飛び降りた……!!!




「!!!」









 その小さな炎は……




 小さな……炎は……!!!











「クライさん……イザホ……!! あの液体は……灯油だったんだ!!」











 ああ……!!!





 バフォメットの体に、広がって……!!








 その体をつつみこむ……大きな炎となった……!!!








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