車の外では、一足先に降りたマウが、駄菓子屋の前で手を振っている。
「イザホ、こっちこっち!」
……マウと出会って、1年。
……ワタシが作られて、9年が過ぎた。
もうすぐでワタシは、10歳の誕生日を迎える。
体は……作られてから、まったく変わっていないけど。
「ほら、イザホ。マウが呼んでいるわよ」
自動車の中で、運転席に座るお母さまに言われて、ワタシはシートベルトを外す。
今日、ワタシは久しぶりにお屋敷の外に出た。
それまでのワタシは、外に出たいとは思わなくなっていたけど……
だけど昨日、お母さまとマウに誘われて……なぜだかなんの抵抗もなく、うなずいていた。
行き先は、お屋敷の近くにある山奥の駄菓子屋。
お母さまがこの辺りに引っ越してから、よく訪れていた駄菓子屋なんだって。
「イザホ、早く選ぼうよ」
駄菓子屋の前に立っているTシャツに麦わら帽子のマウに、ワタシはうなずく。
その隣で、お母さまの小さくてやさしい笑い声が聞こえてくる。
マウは店内に入ると、トコトコと歩いて品物を眺め始めた。
ワタシもその横で、マウと一緒に食べる駄菓子を見つけないと……
「……イザホ、もしかして自動販売機が気になるの?」
マウに指摘されて、ワタシはなんども入り口の方に顔を向けていることに気がついた。
この駄菓子屋の前には、自動販売機が建っている。その中にはいろんな飲み物が入っていて……火葬場近くの建物でも見たその自動販売機が、実は前から気になっていた。
「イザホ、気になるなら自販機の飲み物でもいいわよ」
お母さまからも許してもらえたし……
ちょっと、見てみようかな?
外に出て、自動販売機の前に立つ。
いろんな飲み物があるけど……
なんとなくワタシは、金色の缶に目を引かれていた。
ただ単に、色合いで気になっただけだけど……
「イザホ、微糖の缶コーヒーが気になるの?」
これが缶コーヒー……
今まで……飲んだことがなかったけど……
ワタシは、お母さまからもらった100円玉を自動販売機に入れて、間違って別のものを買わないように一度左胸に手を当てて落ち着かせて、金色の缶の下にあるボタンを押した。
ガゴンと缶が落ちてきたので、取り出し口から缶を手に取ってみる。
このフタ……ブル……だっけ? これを立ち上げればいいんだよね……
プシュ
……!!!
その音を聞いた瞬間!!
ワタシの体に埋め込まれた紋章が……震えるような錯覚に陥った!!!
思わず、ワタシは近くのマウに目を向ける。
「イザホ、飲んでみてよ」
なんだか、わくわくしている目でワタシを見ている。
期待しているのかな? ワタシの反応に。
ブルを元の位置に戻すと、次にワタシの口をふさいでいたデニムマスクを下ろす。
マウが反応に期待するほど……なのかな……?
いったい……どんな味なんだろう……
ワタシは、缶の中に入っている液体を、喉に流し込んでみた。
……!!!
なに……? この味……
この舌に埋め込んだ、味覚の紋章から伝えられる情報は……
少し苦くて……だけど、ミルクの甘みがそれをちょうど心地よい苦さに包み込む。
その独特な味わいが……喉を上って鼻に埋め込んだ匂いを感知する紋章まで届く。
この味……この味が……
ワタシの紋章を……幸福にしてくれている……!!
「……」
……?
どうしたの? マウ。
「あ、いや……イザホが、すごく幸せそうな顔を見せたから……」
想定外の……反応……だったのかな?
「でも、なんだかホッとしたよ。イザホ……外にトラウマを持っていて、それを知っていて無理矢理連れ出したんじゃないかなって……思っちゃったから」
そっか。ワタシが外に出たがらなかったのは……葬儀場でのあの出来事……
あの出来事が、また繰り返すことを……恐れていたんだ。
……胸をなで下ろしているマウのしぐさが……一瞬だけ、マウ自身のことも言っているような気がした。
「それにしても、そんなにおいしかったの? 微糖の缶コーヒー」
もちろん!
ワタシは、自信満々にうなずいた。
こんなおいしい飲み物があるなんて……思いもよらなかったから。
「本物のコーヒーと、どっちがおいしい?」
本物……?
「イザホ……コーヒー飲んだこと、ないの?」
そういえば……ワタシは作られてから、コーヒーというものを飲んだことがなかった。
コーヒーというものが存在することは知っていたけど……実際に飲んだことは……
「えっとね……コーヒーはね……」
その時、どこかで誰かが倒れる音が聞こえてきた。
マウも、その耳を立ち上げる。
その音が聞こえてきたのは……
「駄菓子屋の中だ!!」
駄菓子屋の中を見て、ワタシの胸の中は真っ白になった。
駄菓子屋の店内で……苦しそうに胸を押さえて……倒れていたのは……
お母さま……だった……