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第94話 廃虚に飾られていた作品の捉え方


 辺鳥へんとり自然公園にたどり着いたワタシたちは、入り口のふもと広場を抜け、コテージのあるぱなら広場を通過して……


 旧紋章研究所と呼ばれている廃虚を、5人で見上げた。





「この玄関……あの写真と同じだ!」


 はじめて来るであろうナルサさんの声に、ワタシはバックパックの紋章に仕舞っていた写真を取り出して見比べてみた。

 この写真が示している場所が旧紋章研究所であることは、間違いなかった。


「イビルさん……なにか思い出せましたか……?」

「ああ……少し待ってくれ……」


 イビルさんはおでこに手を当てて、思い出そうとうなる。




「……ここの2階だ」


 イビルさんは、ひとりで歩き始めた。




「ここの2階……ちょうど10年前に、死体が発見された場所に向かおう」










 ワタシたちは旧紋章研究所の中に足を踏み入れた。


 この前来た時には、階段を上がろうとした時に床が落ちて、上がれなかったけど……




 その穴をまたいで、ワタシは階段に足を乗せる。


 後ろでは、ナルサさんたちも後に続いていた。


「こんな穴が空いてあるなんて……足元に注意しないと」

「まあ……結構ひどい目にあったからね……」


 ……クライさんがこちらを見てきたので、思わず首に手を当てちゃった。




 2階に上がり、廊下を進んでいると……


「ここだ」


 と、イビルさんが足を止めた。


「この部屋は……自分がスイホさんと一緒に現場検証した部屋だ」


 クライさんも足を止めて、その部屋の扉を見つめていた。

 その隣で、ホウリさんが扉とクライさんを交互に目を向ける。


「この部屋で……検証を?」

「はい……阿比咲クレストコーポレーションの方にある紋章研究所で盗まれた道具……その行方を追って……スイホさんと来ていました……」


 たしか、部屋の中はホコリだらけだったのに、1カ所だけ物が持ち運ばれたように奇麗な場所があったはず。ワタシとマウが不笠木総合病院にいたときに電話をかけてきたスイホさんから、そのことを聞いている。


 その時、ふとクライさんは口に片手をそえて眉をひそめた。


「……もしかして……あの時なにか持ち運ばれた形跡があったのは……スイホちゃんが……」

「クライさん、早く行きましょう。早くスイちゃんに会って――」


 クライさんの考察する声を、ナルサさんが遮る。

 ……やっぱりナルサさん、早くスイホさんに会いたいのかな。




「――そのことも、聞かないと!! スイちゃんには……聞きたいことが洗いざらい、吐いてもらいたいんだ!!」




 その言葉に、ホウリさんの顔色が変わった。




「……やっぱりこれから洗いざらい吐かされるんですねええええええ!! クライさああああん!! どうせアタイが、どうせアタイが犯人と決めつけているのよおおお!!」









 ……騒ぎ出したホウリさんはクライさんに任せて、ワタシとナルサさん、イビルさんの3人は先に部屋に入ることにした。

 さっきのホウリさんを見て、ちょっぴり懐かしく感じちゃったけど……今はマウを探すことが先決だ。

 ホウリさんの気持ちがわかるクライさんが、うまくなだめてくれることを祈ろう。




「ここが……10年前に死体があった場所……」




 ガラスのない廃虚の窓。


 無意識に、ワタシはその窓に目を向けていた。




 ――夢ってさ、自分の記憶を元にして作られるんだよ? 自分が見たことや聞いたことのない未来のことなんて、夢に出てくることはないよ――




 たしかに、夢とは違う場所だった。


 リズさんの言葉が再生され、ワタシは胸に手を当てる。




 ワタシがこの鳥羽差市に入った時に見た、10年前の出来事を再現した夢……


 お母さまから聞いた事件の様子は、窓から光が差し込んでいて、中の様子も明るかった。

 だけどワタシの義眼で見たこの部屋は想像していたよりも暗く、黒ずんでいた。




 それに……今、胸の中で思い浮かべた10年前の景色は、




 どの死体のパーツも、無念さを訴えていた。




 今朝、ハナさんに見せてもらった……幼いウアさんが書いた、事件の様子。


 その中では、白髪の少女は笑顔だった。




 ……ワタシは、その笑顔が想像できない。




 マウも……10年前の事件……その被害者のように……




 ……悩んでいる場合なんて、ないんだってば。


 ワタシがその考えを払うように頭を振ると、胸の中に別の感情が生まれた。




 それは……このような事件を引き起こした……存在に対して……









「……イビルさん?」


 ナルサさんの声で我に返ると、ワタシの横をイビルさんが横切った。




「たしかこの部屋の奥に……非常口があったずだ……」




 暗くてよくわからなかったけど、たしかに奥に扉らしきものが見えていた。


 まるで引き寄せられるように歩いて行くイビルさんに、ワタシとナルサさんも後に続く。









 暗闇に包まれた非常階段に、ワタシの懐中電灯の光が照らされる。


「この非常階段にあるのなら、どうしてこの階段で上がらなかったんです?」

「……私はこの非常階段を、2階からしか使わなかった……ような気がする」


 イビルさんがおでこに手を当てながら、壁に向かって歩き始めたので急いで照らしてあげよう。

 暗闇のままでは、落ちてしまうかもしれないから。




「たしか……ここに……!!」




 イビルさんが壁の一部に、押し込むように手のひらを当てる。




 するとカチリという音。


 イビルさんが手を離すと、壁から正方形の形の物体が伸びてきた。




 その物体を抜き取ると、奥には緑色に光る二重丸の紋章が……


「イビルさん、この施設があったのは10年以上も前のはずですよね? どうしてまだ魔力が残っているんです?」

「それは今、私も思った……理由は、考えられるが」


 紋章をのぞき込むイビルさんの返答に、ナルサさんは納得したようにうなずいた。


 ワタシもその紋章が今も存在している理由がわかる。

 ここ最近に……誰かがここに訪れていたということだ。




 その紋章に、イビルさんが触れる。


 それとともに、紋章は緑色から青色へと変わり……




 ……なにも起きなかった。




「……これでいい。あとは地下に向かうだけだ」


 正方形の物体を壁に戻し、自信満々に階段を下りるイビルさん。それにナルサさんは「……本当にこれでいいの?」とワタシに顔を向ける。

 それはわからないけど……今はイビルさんの記憶だけが頼りだ。


 ワタシは、イビルさんの前を懐中電灯で照らしてあげた。




 イビルさんの足は、すぐに止まった。




 下の踊り場に……誰かがいたからだ。




「ぇく……ぇく……」




 その誰かは地面にひざまつき、




 頭を抱えて、泣き声を漏らしていた。




「ス……!!」


 ワタシの横では、ナルサさんが体を震わせていた。




 それとともに、ゆっくりと目の前の人物は顔を上げた。




「……スイちゃん!!」




 ナルサさんは、スイホさんに向かって階段を飛び降りた。


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