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第90話 作品となった男の作品




 紋章研究所の職員であるアグスさん……

 医者であるジュンさんと、犬のナースであるコーウィンさん……

 紋章ファッションデザイナーのナルサさんに……

 刑事のクライさん……

 そして、ワタシ……



 ワタシたち6人は、エレベーターで地下5階に向かい、会議室の扉を開いた。




「このビデオの紋章に、テツヤさんの死体の映像を映し出すっす」


 アグスさんはスマホの紋章を操作して、テーブルの上に埋め込まれているビデオの紋章に押し当てる。


 すると、テーブルの上に……横たわるテツヤさんのホログラムが浮かび上がった。

 その体には、いくつかの紋章が光っている。


「このホログラムは、アタシたちが死体から紋章を埋め込まれている箇所を読み取って、そのデータをアグスさんに送ったものです」


 コーウィンさんの説明を聞くように、ナルサさんはうなずいている。


 その目は、メガネのないテツヤさんの目を……


 眼球もまぶたもない、テツヤさんの目元の穴を、のぞいていた。


「この人が……スイちゃんの仲間だった……」

「ああ。鳥羽差瑠渡絵私立小中一貫校とばさるどえしりつしょうちゅういっかんこうの教師で、最初に殺された女子高校生の担任……そして、俺様の友人だった男だ」


 ジュンさんの言葉に、ナルサさんは「ご、ごめんなさい」と頭を下げる。


「気にすることはねえよ。もう友人とは思ってねえからな。それよりも助手さんよ、手がかりの紋章の説明から入ってくれ」


 アグスさんは「ええ」と答え、テツヤさんのホログラムの……




 左手を指さした。




「……スマホの紋章……ですか……?」


 目をこらすクライさんに、アグスさんは「よく見てくださいっす」と答える。




 ……たしかによく見ると、形に少し違和感を感じる。

 まるで……ふちが太いような……




「この紋章の裏には……別の紋章が埋め込まれているっす」


 アグスさんは再びスマホの紋章を操作して、ビデオの紋章に触れる。


 すると、ホログラムは左腕だけになり、


 さらに手のひらに埋め込まれているスマホの紋章が消え……




 現われたのは、ビデオの紋章だった。




 それを見たクライさんは、うなり始める。


「まさか……スマホの紋章とかぶせるように……?」

「ああ、スマホの紋章を埋め込んだ手のひら……その裏側、つまり皮膚の裏にビデオの紋章を埋め込んでいたっす」


 アグスさんの説明に続いて、ジュンさんがうなずく。


「そのことを聞いた俺様は、手術で手のひらの皮膚を切り取ってそこの助手さんに送り届けた。まったく、命を救うことの次に責任重大な仕事だったぜ」

「おつかれさまっす。それにしても、調べるまでこのように体の裏側に重ねるとは思わなかったっす……外国では犯罪に使うために、非合法な手術で埋め込む事例は聞いたこともあるっすけど、日本では……」


 ワタシは思わず、クライさんと顔を合わせた。


 サバトだ。

 テツヤさんはスイホさんの紹介で、サバトの黒魔術団と取引をしていた。鳥羽差市の法律が通用しないサバトなら、非合法な手術が使えてもおかしくはない。


「それで、そのビデオの紋章は……?」

「これっす。少々グロいかもしれないっすけど……」




 アグスさんが取り出したのは、ケースに入った赤い肉片。

 その真ん中では、ビデオの紋章が緑色に輝いていた。












「では……行くっすよ」


 ワタシはうなずく。「……」「お願いします」「ああ、始めてくれ」「心の準備はできていますよ」


 ゴム手袋をしたアグスさんは、周りに立つワタシたちに確認をとると、テーブルの上に置かれているものに目を向ける。



 テツヤさんの手のひらの肉片。


 その肉片に埋め込まれたビデオの紋章に、アグスさんの手が触れ、


 緑色から、青色へと変わった。




 青色へと色が変化しても、ホログラムは出てこなかった。


 それでも、声はちゃんと出てきた。まるで録音機のように。











「……この記録は、アンくん。君にささげる」




 聞こえてきたテツヤさんの声は、まるで目線を下げているようだった。

 アンさんは……テツヤさんが務めている瑠渡絵小中一貫校に通う小学生。リズさんとウアさん……ふたりと仲がよかった。

 リズさんがサバトに避難する前日、ワタシはリズさんの依頼でアンさんと出会っていたっけ。


「アンくん。君は生まれながらの紋章アレルギーを持っていて、それが原因で周りになじめなかっただろう。安心してくれ。君の将来を作り上げる、“砂場”を作ったんだ」


 ワタシを含めた、この場にいる6人は互いに目を合わせた。


「入り口となる紋章はふたつ存在する。そのうちのひとつは私の宝物……この声を聞いたら、君の物となる宝物だ」


 これが……手がかり!

 きっと、裏側の世界へと続く、羊の紋章だ!!


「この砂場は、君に与えた本からつながる場所よりも素晴らしいものとなっている。きっと、君も気に入るはずさ。ぜひその場ではなく、あの場所で見てほしい。その場所は、私の机に保管している」




 そこまで言って、テツヤさんの声は不気味に笑い始めた。


 まるで、底からこみ上げてくる楽しみを、漏らすように。




「ああ……この声がアンくんに届けたということは、私はちゃんとあの人の役目を果たしたんだ……あの人からの影響を、受けることができたんだ……あの人の意思を、引き継げたんだ……」


 その息づかいは、興奮しているように荒くなっている。


「このビデオの紋章を……アンくんに見せるまで……作品になるつもりはない……! 私が……あの人の作品の魅力を受け継いだ……作品を作るんだ……! そして……アンくんが……もっとすごい作品を作ってくれる……! 魔力を持った紋章の埋め込められない……他人からの悪質な紋章を受け付けず、ただ私のような正しい紋章だけを埋め込む……純粋無垢なアンくんが作る作品……!! ああ!! 想像するだけで……素晴らしい!!」


 ……


「ああ……私のかわいいアンくん……!! 私の意思を継いでくれるアンくん……!! ああ……!! アンくん……!! アンくん……!! アンくん……」




 ビデオの紋章は、それ以降、なにもしゃべらなかった。




 テツヤさんの宝物……


 ワタシは胸の中で、テツヤさんが訪問販売で買った30万円のツボの形を再生した。







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