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第84話 氷の対立





 氷ついた川を挟んで、クライさんとスイホさんは互いに拳銃を突きつけていた。


「クライ先輩……」

「……」


 クライさんはスイホさんに拳銃を向けたまま、ワタシとマウに目線をちらちらと向けている。

 まるで、ワタシがスイホさんと一緒にいることを気にしているように。


「クライ先輩……説明してください!! これはどういうことなんですか!?」

「……」


 スイホさんはクライさんを揺さぶるように、1歩ずつ川に近づいていく。

 それとともに、クライさんの腕の触れは大きくなっていく。




「……説明してほしいのは、こっちのセリフだよ。スイホちゃん」




 クライさんは拳銃を向けたまま、ポケットからなにかを取り出した。




「……!!」


 それとともに、スイホさんの拳銃を構える腕が震えた。




 それは写真……

 ちょうど、スイホさんの持っていた写真と背景がほとんど同じ。


 切り取られていた部分だ。

 写真から切り取られた、一部分だ。


 その写真に写っているのは……見切れている女の子の肩に手を当てる、背の低い男の子。そしてその隣に立つ、しっかりしていそうな5歳ぐらいの女の子。

 その女の子の面影は……スイホさんと重なる。




「……それがどうしたっていうんですか?」

「たしかにこれだけじゃあスイホちゃんに似ている子だけで済んでしまう……だけど、フジマルさんはしっかり残してくれていたんだ……!」


 写真を仕舞ったクライさんは拳銃を片手で構えたまま、親指でスマホの紋章を起動させる。


 そして、クライさんのスマホの紋章から、音声が聞こえてきた。











「ねえ本当に、これで終わりなのよね?」










「!!!?」




 スイホさんの顔は、一瞬で青く染まった。




 スマホの紋章に写る、イスに腰掛けてしゃべる……スイホさん自身の姿に。


 スマホの紋章から聞こえてきた、スイホさん自身の声に。




「今まで……私は君に尽くしてきた。君の作品作りに必要な紋章も、警察という立場であることを押し殺してまで、手に入れてきた……」


 スマホの紋章の中で、スイホさん……そのホログラムが、語りかける。

 その場所は、病院の裏側の世界……まるでテツヤさんの時と同じ、牢獄の中のようだった。


「これ以上やると……もう君も後戻りできないわよ!? それに、新しく入った彼……私たちのことを探ろうとしていたのよ!? それをどうして受け入れるの!? 彼が細工していることも、見て見ぬふりをするの!?」


 スイホさんが言っている“彼”は……きっとフジマルさんだ。

 フジマルさんは仮面の人間の一員に紛れ込み……裏側の世界とサバトをつなげて、他の黒魔術団が調査しやすいように行っていたはずだ。




「お願いだから……もう解放して……でも……あのことだけは……言わないで……」




 それを最後に、映像は止まった。










「お願い……言わないで……」




 雪の上で拳銃を構えていたスイホさんは、全身を震わせていた。

 雪の寒さではなく、内側からわき上がる寒さに、震えているように。


「さっき……ナルサさんから連絡があったんだ。人間の耳を、渡されたと。それで現場に向かっている途中、ある人から連絡を受けたんだ……フジマルさんの命が危ない……ことを……」


 こちらに向かってくるクライさんの震えは、収まっていった。

 まるで、迷いがなくなっていくように……


「その人物の指示に従って、瓜亜探偵事務所に向かった……そこから……その人物に……この映像を送ってもらえたんだ……そして……君の正体に気づき……イザホちゃんたちに危機が迫っていると考えた……」


 それで……ここまで追いかけてくれていたんだ……


 でも……ワタシはまだ、迷っていた。

 本当にスイホさんが……仮面の人間の……ひとり……?




「……ふ……ふざけないでよ……」


 スイホさんは……拳銃をクライさんに構え直し、ワタシたちの前に出た。


「ウソをつくのも大概にしてよ!!」


 ワタシとマウをかばうように……




 いや!! ワタシとマウがスイホさんの手にあることを……強調しているように!!




「あなたよ……あなたが捜査を攪乱させるために、こんな芝居をしているんでしょ!? だまされないわ……だまされな……ッ!?」




 突然、スイホさんは拳銃を投げ出した。




 その右の手の甲には……ナイフ。




「いいえ、あなたです……刑事のスイホさん」




 その声に、思わずクライさんまでもが横に振り向いた。


「ホウリちゃん!? まだ来ちゃダメだ!! ケガが治っていない!!」

「まだアタイは……動けます……」




 クライさんの横の木で座り込んでいたのは……ホウリさんだ。

 頭や腕からは赤くにじんだ包帯が巻かれている。


「……逃がしたのね……フジマルさんッ……!」

「!? スイホさん、どういうこと!?」


 そのスイホさんの言葉で、ワタシとマウはスイホさんから1歩後ろに離れた。


 今の言葉で、理解した。




 スイホさんは……仮面の人間だ……




「昨日、イザホさんに襲いかかった、黒魔術団のリーダー……彼に対する取り調べでわかったんです。羊の紋章を盗むように取引を行う際、そのリーダーと資金提供役のテツヤさんを引き合わせたのは……同じ児童養護施設で育った、友人だと」


 ホウリさんは、スイホさんに手出しをさせないように、バックパックの紋章からナイフを取り出して投げる構えを取っていた。


「フジマルさんの調査で先ほどの映像を見ていたアタイたちは、あなたの今の写真を彼に見せました。それでもしらばっくれる彼に……フジマルさんは、スイホさんとその彼が一緒に写っている写真の存在を思い出したんです。フジマルさんとあなたは……同じ養護施設で育った4人のおさなじみ……だったのですから」

「……」


 スイホさんは、もう震えることはなかった。

 頭が真っ白に、なっているみたい。


「その写真は、今は廃虚となっている養護施設に残っているかもしれない。そう考えたフジマルさんの案で、フジマルさんとアタイとシープルさん、そして手下のマネキンを連れたところ……妨害を受けました」

「そして……ホウリちゃんはひとり“サバト”と呼ばれる場所から抜け出して、瓜亜探偵事務所に逃げ込んで、助けを求めた……だよね?」


 クライさんは拳銃を構え直し、氷の川に踏み出した。


 氷で滑らないように……1歩づつ、1歩づつ、確実にこちらに近づいてくる。




「思えば……スイホちゃん、君にはおかしなところがいくつもあった……紋章研究所でイザホちゃんの正体が10年前の事件の死体であることがわかった時……テイさんと助手のアグスさんが驚いているのに、君は驚かなかった。そのくせ、後でショックを受けているように振る舞いだした……」


 たしかに、あの場で驚いていたのはテイさんとアグスさんのふたりだけ。

 クライさんはワタシの正体に先に気づいていたから、クライさんが驚いている様子は見逃してしまった。マウやフジマルさんが驚かなかったのは、前から知っていたから……

 だけど、スイホさんは驚かなかった。だけどテイさんたちが立ち去った後、ショックを受けたみたいな反応で、スイホさん自身も10年前の事件と関係があることをほのめかしていた……


「そして……紋章を紋章研究所から盗み出した職員を問い詰める際……職員は君が来たとたんに自白をした……そこも、引っかかっていたんだ」

「……なんでよ……なんで……こうなるのよ……」


 スイホさんは、その場で崩れ落ちた。


「今まで自分は……恐れていて言えなかった。父さんと同じように、決めつけで相手を不幸にするんじゃないかって……今でも、確実な証拠とは言えないって感じている……だけど、これ以上……犠牲者が増えていくのは……見たくない!!」


 こちら側まで渡れたクライさんは、崩れ落ちたスイホさんの前で、目線を合わせるためにしゃがみ込んだ。


「スイホちゃん……教えてほしい……なぜ……こんなことをしたのかを……」




 スイホさんは体を震わせながら、クライさんに目を向け……




 口を開こうとした……




「……!!」




 その瞬間、スイホさんは川に目を向けた。




 川が突然、青色に光始めたからだ。




「この光って……」「この氷の下に……」「紋章……が……!?」




 マウ、クライさん、ホウリさんも注目する、光り輝く氷の川。




 その氷の下にある紋章は……ビデオカメラの形をしていた。




 やがて、そのビデオカメラはホログラムを写し始めた。










 現われたのは、ふたりの人影のホログラム。




 ひとりは、背の高い体格の整った女性……ワタシの胴体である元の持ち主。


 もうひとりは、黒いローブ……ではなく、




 セーラー服を着た、スイホさんだった。




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