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第83話 傷ひとつで魔法は解ける



 サバトの紋章に触れて、ワタシたちは裏側の世界からサバトへと、移動した。




 降り立った場所は……どこかの建物の中。


 目の前の広場には、小さな滑り台につみきのクッション、ポップな星のマークが描かれた100cmほどの柵……


 まるで、子供たちが遊んだ後のような……保育園を思わせる、部屋だった。




 その中に、ひとつだけ……子供の部屋に似つかわしくないものがあった。




「この血……新しいよ……まだ固まっていない、新鮮な匂い……」


 部屋の隅のクローゼット。

 その前で広がっている血液の水たまりにマウは鼻を近づけて判断してくれた。


「このクローゼット……」


 スイホさんは、そのクローゼットに手を伸ばそうとして、取っ手の前で手を止めた。


「スイホさん、開けてみる?」

「……ええ、わかってる」


 まるでためらう気持ちを断ち切るように、スイホさんは勢いよくクローゼットを開いた。




「!!!」




 中から雪崩れのように出てきたのは、たくさんの手足、そして胴体。


 そのひとつひとつは死体よりも白く、指や肘などには球体関節が見られた。




「これって……マネキンだよね?」


 マウの言葉に、ワタシはこのパーツの山から胴体を探した。


 見つけて、その胴体を持ち上げてみると……思った通り、胸に紋章が埋め込まれた跡があった。

 今はその紋章に色はなく、銃弾のような穴で形は崩れてしまっているが。


「イザホ……これって、黒魔術団の……」


 マウの言葉に、ワタシはうなずく。

 昨日、サバトに初めて足を踏み入れた時……黒いローブを身に包んだマネキンが、入り口の門番をしていた。

 そして、フジマルさんと最後に会った際……




 ――問題ない! その証拠は、サバトにあるはずだ!――


 ――それに、他の黒魔術団の一員とともに調査を行うことになっている!――




 フジマルさんは……マネキンを連れて、この建物の調査に来ていたのかな?




「……」


 そんなマネキンの山に目もくれず、スイホさんはクローゼットの奥に視線を移していた。

 その眼球は、瞳孔を小さくさせて震えていた。




 クローゼットの中に、マネキンが着ていたと思われる黒いローブの山。


 その上にあったのは……横長の写真立て。


 写真立てには、写真は見当たらなかった。




「ねえスイホさん、その写真って……?」


 マウの声に、思わずワタシはスイホさんの手を見た。


 スイホさんはバックパックの紋章から、写真を取りだそうとしていた。

 ……取りだした写真をバックパックの紋章に戻そうとしているようにも、見えたけど。


「ああ……これは……さっきの裏側の世界で見つけたの」


 スイホさんはその写真を、写真立ての中に入れた。




 写真立ての中に収まった、写真。

 この子供部屋と同じ部屋で、ふたりの子供が写真を撮っている。


 1番右の男の子は……癖毛の髪形。元気いっぱいに握り拳を作ってウインクをしている。

 なぜだか、フジマルさんの姿と重ねてしまう。そのぐらい、フジマルさんとそっくりな5歳ぐらいの男の子だ。


 その隣の女の子は……長い白髪。その手は控えめに前に添えているものの、その目線は隣の男の子に向けられているように感じている。

 ちょうど、ワタシと同じ……ワタシの頭部である白髪の少女と重ね合わせる。たしか、白髪の少女はフジマルさんと仲良しだったんだよね。


 その女の子の肩に、男の子とは別の手が見えた。




 手の持ち主は……この写真には、写っていなかった。


 女の子から左側が……ちょうど、半分にわけて左側が……


 誰かによって切り取られていた。


 まっすぐな、切り取り線によって。




「スイホさんが拾った時には……この左側の写真はなかった?」


 マウにたずねられたスイホさんは、髪の毛から人差し指を離した。


「ええ。既に誰かに切り取られた後だった――」










「ァ゛ア゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッ」







 !?


「!!」「今のは!?」


 隣の部屋から、鳴き声が聞こえてきた!!





 それとともに、クローゼットの隣にあった扉が開かれる。


 そこから、4足歩行でやって来たのは……




「シープルさん!?」




 マウが駆け寄るとともに、猫のシープルさんは何も言わず、


 四足歩行で立ち止まり、威嚇の体勢に入った。




「……シープル……さん?」

「……シャアアアアアァァァァァァァァァァ」


 シープルさんは、ただうなるだけだった。

 言葉のひとつ、かけることもなく……それに、着ていたツナギもほとんど破けている。


 ……もしかして。


「フニャゴッ!!」


 ある予感が浮かんだ直後、スイホさんはシープルさんをつかもうと手を伸ばす!


 それを飛び上がって回避したシープルさんに、ワタシはシープルさんを覆うように飛び出して、捕まえた!!




 暴れるシープルさんの爪に気をつけながら、その胸を見てみる……


 服ははだけており、左胸があらわになっている。

 そこから、刃物によるものだと思われる傷が残っていた。


 幸い、傷は浅かった。あふれる血液も少量で済んでいる……


 だけど……




「……!! そ……そん……な……」




 マウは、シープルさんの胸を見て声を上げた。




 その場所には、知能の紋章が埋め込んだ跡が残っている……


 今はもう、光っていない。


 傷をつけられて、知能の紋章が機能をしていないんだ。


 シープルさんから、人間並の知能が……失われたんだ。




「シャアッ!!」


 !!


 シープルさんに引っかかれて……驚いて思わず手を離してしまった!


 ワタシの手から逃れたシープルさんは、4足歩行でその場から逃げ出してしまった。




「……」


 雨の降る窓から立ち去るシープルさんの背中を見て、マウはあぜんと口を開けていた。




「……イザホちゃん、マウくん。行くわよ」




 スイホさんはシープルさんに見向きもせず、


 拳銃を握りしめて、シープルさんが入ってきた扉の奥を見つめていた。




 その扉の奥には、右向きの羊が描かれた紋章……




 裏側の世界へと続く、羊の紋章だ。










 先ほどまでは、鳥羽差市から裏側の世界、そこからサバトに移動してきた。


 そして今は……羊の紋章を使って、サバトから裏側の世界へと、移動してきた。




 目の前に広がったのは、雪景色。


 そして、道を分断するように存在する、氷の川。


 その氷の川の向こうには……




「ッ!!」




 スイホさんは、氷の川の向こうにいる人物に、拳銃を向けた。










「どうして銃を向けているんです……クライ先輩!!」









 氷の川の向こうでは、クライさんが、


 先にスイホさんに拳銃を向けていた。







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