ワタシはマウ、スイホさんとともに、裏側の世界に足を踏み入れた。
足元に、雪の触感が広がる。
空を見上げると、曇り空から雪が降っていた。
「ここって……誰かの家?」
マウの言葉に、後ろを振り向いてみる。
そこに立っていたのは、比較的新しい木製の建物。
三角屋根で、2階ぐらいの高さがある大きさの家だ。
「この中に、ヤツは逃げ込んだのかしら……」
スイホさんは家を見上げながら、バックパックの紋章からなにかを取り出した。
「!! スイホさん、それって……」
「ええ。拳銃よ」
スイホさんの手には、黒く光る拳銃が握られていた。
いわゆるピストルだ。こんな近くで見るのは初めてだけど……
「今まで裏側の世界になんども足を踏み入れたふたりには、重々わかっていると思うけど……この先は人殺しが潜んでいると思われる建物よ……油断しないで」
スイホさんは拳銃を構えたまま、玄関の扉に手をかけた。
中の玄関には、別の部屋へと続く2枚の扉、それに2階へと続くらせん階段が設置されていた。
「イザホちゃんにマウくん……ふたりには危険かもしれないけど……」
スイホさんは髪の毛に人差し指を巻きながら、1階の扉に目を向けた。
「ここは手分けして探さない? 固まっていたら、ヤツが逃げ出す可能性があるわ」
ワタシはマウと一緒に向き合って、うなずいた。
スイホさんの言っていることも、もっともだ。
「それじゃあ、ボクたちは1階を見ればいいかな?」
「うーん、できれば2階を頼めるかしら。万が一ヤツが玄関から逃げ出す時に、1番近いのが1階になるの。だから、1階は私に任せて」
ワタシとマウはうなずいて、階段を上り始めた。
2階は吹き抜けとなっており、1階の玄関の様子が見られる。
別の部屋に続いていると思われる扉を見つけたワタシたちは、その扉を開ける前に、一度1階の様子を見てみることにした。
玄関に近い方の扉の前で、スイホさんがまだ残っていた。
まるで、心配しているかのように。じっとワタシたちを見ている……
「スイホさん! こっちはだいじょうぶだから!!」
マウの声がけに、ようやくスイホさんは決心がついたようにうなずいた。
「わかったわ! 2階の方、頼んだわよ!!」
そして、ワタシとマウは2階の扉を開いた。
それとともに、下からスイホさんが扉を開いた音が聞こえてきた。
扉の中は、ほとんどまっくらだった。
わずかに、奥のカーテンから光が漏れていて、この部屋の中にシルエットが見えることは理解できる。
「イザホ……懐中電灯、取り出す?」
マウからの問いかけに、ワタシは首を振った。
これは……きっと犯人がワタシたちに見せているんだ。今までの裏側の世界でも、絵画や人形を使ってなにかを表現したものを、ワタシたちに見せてきたように。
ワタシはシルエットに体が当たらないように避けて、窓の側に立つ。
そして、カーテンを広げた。
窓から差し込む光は、まるで朝日のように部屋に差し込んできた。
この部屋は寝室のようで、壁際には2つの二段ベッドが置かれている。
その側にあったのは……小さな女の子の人形。
窓から差し込む光が、人形の両手を照らす。
その両手には、首の形をしたアクリルスタンドが乗っていた。
アクリル板に描かれた絵は黒色の影絵になっているけど、きっと、白髪の少女の頭を再現しているんだ。
女の子の人形の側には、10年前の事件の被害者たちのパーツ……の影絵が描かれたアクリルスタンドが設置されていた。
そのうち、右手のアクリルスタンドに、文字が書かれていた。
“もうそろそろ、気がついた?”
その右手の指先は、女の子が着ているスカートに向けられていた。
そのスカートにも、文字が書かれていた。
“わたしに、気がついてくれた?”
この部屋は、10年前の事件を再現したものだ。
死体と戯れる女の子の様子を、再現したものだ。
それなら……この文字の意味は……?
「!! ねえイザホ、ベッドの裏側に、なにかあるよ?」
ワタシがその文字を見ていると、ベッドを指さすマウに呼びかけられた。
その方向を見てみると、たしかに人影のようなものが壁と別途の間に立っていた。
……これも、人形かな?
近くで見てみると、やっぱり人形だった。
その人形は黒いローブを着ていて、ベッドの角に手を当てて顔を出していた。
まるで、アクリルスタンドを持った女の子を、影からのぞいているみたいに。
ベッドの角から出ていたのは、黒いローブの人形だけではなかった。
大きな袋が、ベッドの角からはみ出している。
人がひとり、入れそうな……黒い袋だった。
「まるで、死体袋みたいだよね……これ」
ワタシは、その袋に手を伸ばしてみた。
「え」
その瞬間、足元から鋭い音が聞こえてきた。
床が割れた、音だ。
「まーた落ちるのー!!?」
落ちそうになったワタシはなにかをつかめたけど、
そのなにかと、ワタシの体にしがみついたマウとともに、下の階へと落ちてしまった。
「きゃあ!?」
机の上にたたきつけられるとともに、スイホさんの悲鳴が聞こえてきた。
周りを調べて見ると、どうやらここは大きなダイニングルームのようだった。
ワタシたちが乗っているテーブルは奥のイスを見るのに目を細める必要があるほど長い。
スイホさんはなにか作業をしていたようで、ハサミを手にあぜんとワタシたちを見ていた。
……幸い、この前の廃虚のように首の骨が折れることはなかったみたい。
マウは……だいじょうぶ?
「いててて……痛っ!!」
マウの左手から、赤い血液があふれ出ていた。
左手のスマホの紋章に、木片が深々と突き刺さっていたんだ。2階の床の木片かな。
「マウくん!? 触らないで!! 今医療品、取り出すから!!」
スイホさんは、急いでバックパックの紋章に手を入れた。
……そう思っていたら、スイホさんの手が止まった。
スイホさんは、ワタシが握っている……黒い袋。
その黒い袋からこぼれた中身を、じっと見つめていた。
黒い袋から飛び出していたのは、写真立て。
そこに写っていたのは……体格の整った、色黒の女性。
そして……その隣に立っていたのは……
ボサボサの髪で目元を隠した、学生服姿の男性……
「この人……今日、見たよ」
痛みを忘れたように、マウが写真立てを見ていた。
すぐに胸の中に、フジマルさんの耳を持って1004号室の玄関に立っていた人物が再生される。
「……ナル……くん……」
スイホさんは、ぽつりとつぶやいた。