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第81話 寝室のキャンパス




 ワタシはマウ、スイホさんとともに、裏側の世界に足を踏み入れた。


 足元に、雪の触感が広がる。


 空を見上げると、曇り空から雪が降っていた。




「ここって……誰かの家?」




 マウの言葉に、後ろを振り向いてみる。


 そこに立っていたのは、比較的新しい木製の建物。

 三角屋根で、2階ぐらいの高さがある大きさの家だ。


「この中に、ヤツは逃げ込んだのかしら……」


 スイホさんは家を見上げながら、バックパックの紋章からなにかを取り出した。


「!! スイホさん、それって……」

「ええ。拳銃よ」


 スイホさんの手には、黒く光る拳銃が握られていた。

 いわゆるピストルだ。こんな近くで見るのは初めてだけど……


「今まで裏側の世界になんども足を踏み入れたふたりには、重々わかっていると思うけど……この先は人殺しが潜んでいると思われる建物よ……油断しないで」


 スイホさんは拳銃を構えたまま、玄関の扉に手をかけた。










 中の玄関には、別の部屋へと続く2枚の扉、それに2階へと続くらせん階段が設置されていた。


「イザホちゃんにマウくん……ふたりには危険かもしれないけど……」


 スイホさんは髪の毛に人差し指を巻きながら、1階の扉に目を向けた。


「ここは手分けして探さない? 固まっていたら、ヤツが逃げ出す可能性があるわ」


 ワタシはマウと一緒に向き合って、うなずいた。

 スイホさんの言っていることも、もっともだ。


「それじゃあ、ボクたちは1階を見ればいいかな?」

「うーん、できれば2階を頼めるかしら。万が一ヤツが玄関から逃げ出す時に、1番近いのが1階になるの。だから、1階は私に任せて」


 ワタシとマウはうなずいて、階段を上り始めた。




 2階は吹き抜けとなっており、1階の玄関の様子が見られる。


 別の部屋に続いていると思われる扉を見つけたワタシたちは、その扉を開ける前に、一度1階の様子を見てみることにした。




 玄関に近い方の扉の前で、スイホさんがまだ残っていた。

 まるで、心配しているかのように。じっとワタシたちを見ている……



「スイホさん! こっちはだいじょうぶだから!!」


 マウの声がけに、ようやくスイホさんは決心がついたようにうなずいた。


「わかったわ! 2階の方、頼んだわよ!!」


 そして、ワタシとマウは2階の扉を開いた。

 それとともに、下からスイホさんが扉を開いた音が聞こえてきた。











 扉の中は、ほとんどまっくらだった。


 わずかに、奥のカーテンから光が漏れていて、この部屋の中にシルエットが見えることは理解できる。


「イザホ……懐中電灯、取り出す?」


 マウからの問いかけに、ワタシは首を振った。

 これは……きっと犯人がワタシたちに見せているんだ。今までの裏側の世界でも、絵画や人形を使ってなにかを表現したものを、ワタシたちに見せてきたように。


 ワタシはシルエットに体が当たらないように避けて、窓の側に立つ。


 そして、カーテンを広げた。




 窓から差し込む光は、まるで朝日のように部屋に差し込んできた。


 この部屋は寝室のようで、壁際には2つの二段ベッドが置かれている。


 その側にあったのは……小さな女の子の人形。

 窓から差し込む光が、人形の両手を照らす。


 その両手には、首の形をしたアクリルスタンドが乗っていた。


 アクリル板に描かれた絵は黒色の影絵になっているけど、きっと、白髪の少女の頭を再現しているんだ。


 女の子の人形の側には、10年前の事件の被害者たちのパーツ……の影絵が描かれたアクリルスタンドが設置されていた。




 そのうち、右手のアクリルスタンドに、文字が書かれていた。




 “もうそろそろ、気がついた?”




 その右手の指先は、女の子が着ているスカートに向けられていた。


 そのスカートにも、文字が書かれていた。




 “わたしに、気がついてくれた?”




 この部屋は、10年前の事件を再現したものだ。


 死体と戯れる女の子の様子を、再現したものだ。


 それなら……この文字の意味は……?




「!! ねえイザホ、ベッドの裏側に、なにかあるよ?」




 ワタシがその文字を見ていると、ベッドを指さすマウに呼びかけられた。


 その方向を見てみると、たしかに人影のようなものが壁と別途の間に立っていた。

 ……これも、人形かな?




 近くで見てみると、やっぱり人形だった。


 その人形は黒いローブを着ていて、ベッドの角に手を当てて顔を出していた。

 まるで、アクリルスタンドを持った女の子を、影からのぞいているみたいに。


 ベッドの角から出ていたのは、黒いローブの人形だけではなかった。


 大きな袋が、ベッドの角からはみ出している。

 人がひとり、入れそうな……黒い袋だった。


「まるで、死体袋みたいだよね……これ」


 ワタシは、その袋に手を伸ばしてみた。




「え」




 その瞬間、足元から鋭い音が聞こえてきた。


 床が割れた、音だ。




「まーた落ちるのー!!?」




 落ちそうになったワタシはなにかをつかめたけど、




 そのなにかと、ワタシの体にしがみついたマウとともに、下の階へと落ちてしまった。










「きゃあ!?」


 机の上にたたきつけられるとともに、スイホさんの悲鳴が聞こえてきた。


 周りを調べて見ると、どうやらここは大きなダイニングルームのようだった。

 ワタシたちが乗っているテーブルは奥のイスを見るのに目を細める必要があるほど長い。

 スイホさんはなにか作業をしていたようで、ハサミを手にあぜんとワタシたちを見ていた。


 ……幸い、この前の廃虚のように首の骨が折れることはなかったみたい。

 マウは……だいじょうぶ?


「いててて……痛っ!!」


 マウの左手から、赤い血液があふれ出ていた。

 左手のスマホの紋章に、木片が深々と突き刺さっていたんだ。2階の床の木片かな。


「マウくん!? 触らないで!! 今医療品、取り出すから!!」


 スイホさんは、急いでバックパックの紋章に手を入れた。




 ……そう思っていたら、スイホさんの手が止まった。




 スイホさんは、ワタシが握っている……黒い袋。


 その黒い袋からこぼれた中身を、じっと見つめていた。




 黒い袋から飛び出していたのは、写真立て。


 そこに写っていたのは……体格の整った、色黒の女性。


 そして……その隣に立っていたのは……




 ボサボサの髪で目元を隠した、学生服姿の男性……




「この人……今日、見たよ」


 痛みを忘れたように、マウが写真立てを見ていた。

 すぐに胸の中に、フジマルさんの耳を持って1004号室の玄関に立っていた人物が再生される。




「……ナル……くん……」


 スイホさんは、ぽつりとつぶやいた。









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